テラーノベル
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「黒川さん! 付箋を百枚顔面に貼ったら、自分の吐息で舞って視界がゼロです! 相手の手が何も見えません!」
後輩の栗栖が泣きながら叫んだ。
「心の目で見なさい! 相手の指先の動き、呼吸の乱れ、オフィスに漂う文房具のインクの気配で察するんです。視覚に頼るようでは、ビジネスの戦場では生き残れませんよ!」
黒川自身も、段ボールを何層にも重ねた鎧を纏い、毎日トレーニングに励んだ。
コピー用紙五百枚の束。
デスクトップPC。
連結された十年分の社史。
「重い。だけど、この重みが……責任という名のドレスなのね……」
彼女たちはオフィスという名の戦場で、取り返しのつかない何かに目覚め始めていた。
「さあ! 皆様お待たせいたしました! 歴史の転換点を、今ここで目撃せよ! 第一回『装甲野球拳』社内大会、ついに決勝戦です!」
実況担当の広報部・高橋も、連日続く地下倉庫の狂気に当てられたのか、普段の冷静さをどこかに置き忘れていた。
会場の講堂は満員だった。
冷や汗を拭う役員たち。
未知の熱狂に期待を寄せる数百人の社員たち。
「決勝のカードは、この競技の生みの親・企画開発部の黒川! 対するは、鉄の理性を誇る最強の刺客、大河内専務です!」
専務がステージに現れた瞬間、会場が静まり返った。
彼はすでに高級スーツを脱ぎ捨て、競技用の初期装備を纏っていた。
胸にはノートPCを内蔵したアタッシュケースが防弾チョッキのように固定されている。
両脚には大量の電話線が巻き付けられていた。
「ジャン、ケン、ポン!」
「アウトォー! 黒川選手、初手から三連敗! 装備追加です!」
しかし黒川は不敵に笑った。
「コピー用紙五百枚入りの束を四つ、ガムテープでガチガチに固定! 十キロ以上の荷重が追加されました! しかし彼女は止まらない! 膝を震わせながらも、重厚にステップを踏んでいます!」
対する専務も、わざと負けを選ぶかのようにパーを出し続けた。
「見てください専務を! 敗北のたびに『社史・全二十巻』を腹部に固定! さらに首からは社員証ストラップ二百本がジャラジャラと鳴り響く!」
黒川の呼吸が荒くなってきた。
「野球するなら、こういう具合にしやしゃんせ」
歌に合わせて踊るのが、だんだん難しくなってくる。
膝が笑う。
汗が目に入る。
#お仕事
#秘密
しかし正面の専務は違った。
数十キロ分の備品を纏いながら、淀みなく踊り続けている。
「……なぜ」
黒川は息を切らしながら呟いた。
「なぜ専務は、こんな重荷を背負って、なお踊れるの……?」
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