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「セ、セドリック様!」
踏んでしまった足の無事?を確認してから、すぐに顔を上げもう一度よく見て、セドリック様であることを確認した。
わたしに足を踏まれたはずなのに痛そうな表情などは一切見せず、いつものようにメガネをクイッとして全くの無表情で前を見据えて微動だにしない。
いつの間にか、わたしの背後に立っているセドリック様。一体いつからおられたのだろう。
「あ、足は大丈夫ですか?」
セドリック様はひとつ頷くと、強引にわたしの肩を抱き寄せた。
「セドリック様、どうされましたか?わたし、いま職務中なので」
それでも肩を抱き寄せようとしただけに留まらず、力づくで抱きしめようとするので、行き交う人に見られている恥ずかしさと、さっきまで他の女性の肩を抱いていたセドリック様への反抗心で、両手を突っ張り全力でセドリック様を拒否した。
明らかにセドリック様の様子がおかしい。
助けを求めるようにプジョル様に視線を送った。
長年の同僚であるわたしにしかわからないぐらいの微妙な変化だったけど、余裕そうに口角を上げられた。
「プジョル殿!!私の妻に気安く触れようとしないでください」
「彼女が困っているではないですか。離してあげてください」
訳もなくわたしを抱き寄せようとするセドリック様から、プジョル様がわたしの肩を掴み引き剥がしてくださった。
「セドリック殿が私に嫉妬ですか?いまの貴殿にそんな権利はないと思いますけどね。いろいろと貴殿にもご事情がおありでしょう。職務を全うしようとする貴殿にどうこう言うつもりはありませんがせめて「名ばかりの妻」にだけでもいまの事情を説明をしても差し支えはないのでは?彼女は貴殿のことで深く傷ついていますよ」
プジョル様の「名ばかり妻」と言うその言葉を聞いたセドリック様はわたしの方を見て、何かを言いかけようとしたがすぐに言葉を飲み込まれたようだった。
振り向けば、さっきようやく落ち着いたと思われたプジョル様の頭のてっぺんから足の先まで炎に包まれているような雰囲気がまた再燃しているではないか!
プジョル様、こんなわたしのためにセドリック様に喝を入れてくださって、代わりに怒ってくださっているんですね!ありがとうございます。
わたし達の少し後ろでは、セドリック様にエスコートされていた例の女性が心配そうにこちらを見ておられる。
すごく綺麗な女性で、立っているだけで華がある。
立っているだけでその辺の雑草に紛れてしまうわたしとはタイプが違う。
彼女と目が合い、わたしが軽く会釈をすると彼女も申し訳なさそうな表情で会釈を返してきてくれた。
悪い人ではなさそう。
しばらく、睨み合いのような沈黙が続いて、その沈黙を破るようにプジョル様がセドリック様の腕を掴まれた。
「耳を拝借するぞ」
プジョル様はそう言うと、引きずるようにセドリック様を少し離れたところに連れて行かれた。
どうやら、女性陣には聞かれたくない話をするようだ。
いつもシェリーの横に我が物顔でいる憎たらしいシェリーの上司。
それにシェリーはすっかりなかったことにしようとしているけど、俺の恋敵でもある。
優雅な大人の雰囲気を纏わせ、男の俺から見ても綺麗な顔立ちでシェリーと同じ青い瞳のそんな男がこの目の前にいる。
公爵家三男で皇太子殿下のお気に入りでもあり、従兄弟であるアーサー・プジョルだ。
俺はシェリーからこの危険な男を振り払いたいだけなのに、なぜかいま俺はこの男に腕を掴まれ、ふたりで秘密の話となった。
「昨晩もさっきもあそこにいる女性と一緒だったんだろう。理由は言うな。なんとなく察しはついている。ただ、シェリー嬢が2度も目撃しているんだぞ」
「シェリーが?」
プジョル殿が深く頷く。
「気づいていなかったのか?昨晩はシェリー嬢に会ってないのか?昨夕に目撃した時もかなりショックを受けていたが、さすがに今日は泣いていたぞ。これ以上、シェリー嬢を泣かせるなら、いまの任務を降りろ」
「……任務のことをご存じなのですね。皇太子殿下からお聞きになられたのですか?」
「ああ、まあな。そういうことにしておいてくれ。俺もその任務、手伝わせてくれよ」
「えっ?」
思ってもみない申し出に拍子抜けするが、きっとこれにはお互い認識齟齬があるはずだ。
任務の内容や条件がわかっていたら、そんな申し出はできないはずだ。
「私を手伝ったら、プジョル殿が不利になるとわかっていてもですか?」
「ああ、わかっているつもりだ」
一体、どういうつもりなんだ。
「シェリー嬢を泣かせるな。これ以上、泣かせるようなら本気で俺がセドリック殿から奪いに行っても良いんだぞ」
このハイスペック男にそんな脅しをかけられて、平気な男なんているものか。
それでも俺はそんな脅しには屈しないつもりだ。
シェリーのことで「諦める」なんて、ある訳ないだろう。
「そんなことはさせない」
プジョル殿を睨み返したが、逆に倍以上の凄みで睨みを返された。
「シェリー嬢の愛するものがこのまま仕事で貴殿に気持ちがなくてもか?」
「私は先日、ようやくシェリーに手を好きになってもらえました。最近、やっと私の一部を好きになったもらえたのですから、諦める訳がないでしょう」
その言葉を聞いたプジョル殿がなぜか、表情を緩めてお腹を抱えて笑い出した。
「俺、やっぱりセドリック殿のこと好きだわ」
「私は困ります」
思わずメガネを掛け直す。
「いまは時間がないが、セドリック殿と私の情報の擦り合わせが必要だな」
「そうですね。近いうちに打合せを2人でお願いします」
「わかった。まずはさっき全力でシェリー嬢に拒否されてたところからがんばってくれ。セドリック殿からの連絡を待っている」
そう言うと、言いたいことを言い切ったのかプジョル殿は笑いながらさっさとシェリーの元に戻って行ったのだった。