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あれから、セドリック様は例の女性の肩や腰をわたしの目の前で抱くことはなかったけれど、ふたりで馬車へと消えていき、わたしはプジョル様と無言で歩きながら職場に戻った。
プジョル様の機嫌はなぜか良くなっていて、室長から命じられたプジョル様の機嫌をなんとかするという極秘任務はなんとか完遂できたようだ。
業務終了後、いつものようにセドリック様と待ち合わせしている裏門に行くと、仕事人間のセドリック様が珍しくさっさと定時で上がったのか、ベンチに座って本を読んで待っておられた。
昼間の知らない女性の肩を抱くセドリック様が頭から離れず、掛ける言葉が見つからない。
ゆっくり近づくとセドリック様がわたしの足音に気づいて、読んでいた本を閉じて少し悲しそうな表情で微笑まれると、すぐに無表情に戻りいつものようにメガネをクイッとされて、わたしに掛ける言葉を探しているようだった。
「お待たせしてしまいました」
わたしがそう言うとセドリック様は小さく頷いた。
「帰ろうか」と言う消えそうな呟きのようなセドリック様の言葉に沈黙のまま頷き、2人で並んでそのまま屋敷に帰る。
並んで歩いて帰る最中、チラチラとわたしを見ては、話すきっかけをセドリック様は探しておられるようだった。
「シェリー、昨日も今日もすまなかった。プジョル殿から聞いた。俺が女性といるところを見たと」
セドリック様がようやくわたしに話しかけられたと思ったら、謝罪を口にされた。
「セドリック様に謝って頂くことではありませんよ」
わたしは謝罪されると思っていなかったから少し動揺をしていた。
でも、隣で歩くセドリック様の顔は見たくない。
きっとこれも嫉妬なのだろう。もやもやしたような拗ねたような気持ちが胸に広がり、セドリック様を見れずただ正面を見続けた。
「わたし達は白い結婚ですし、このままだと10ヶ月後には離婚できます。セドリック様は次の本物の奥様をお探しになられたと理解しています。だから、謝れる必要はないんですよ。わたしはプジョル様のおっしゃった通り「名ばかり妻」ですから」
正面だけを真っ直ぐ見て答える。
いまは口を開いても卑屈な言葉しか出てこない。
わたし、やっぱり拗ねている?
「違う。そうじゃない。シェリーは「名ばかり妻」なんかではない!今は詳しくは言えないが彼女とはそういう関係ではないんだ」
セドリック様が真剣な眼差しでわたしの顔を覗き込み訴えってくる。
(わたしにいまは言えないって…)
胸にズキっとなにかが刺さったのに、覗き込んできたセドリック様と目が合いその瞬間、頬が熱くなった。
(恋とはなんとも厄介なものね。なんだか腹が立つのに頬は熱くなるし、セドリック様にはなんでも話してもらいたいし、頼られたいし、セドリック様の全てを独占したい気分になるなんて)
「セドリック様、報告があります」
わたしは覚悟を決めて横を向き立ち止まり、セドリック様を真っ直ぐに見た。
「なに?」
少し緊張気味にセドリック様も立ち止まって構えたのがわかった。
わたしは自分からも人からも告白したりとかされた経験はない。
だから、なんと切り出して良いのか全くわからない。
恋愛の落ちこぼれだから、業務連絡のような言い方しか経験不足で思いつかない。
いや、それしか出来ない。
「報告します。わたしはセドリック様の指や手が好きです」
「知ってる」
少し強張った表情で、力強く答えてくださった。
「わたしは昨日も今日もセドリック様に触れられている女性を見て、みっともなく嫉妬しました」
「えっ?」
「プジョル様に指摘されて初めて自分の気持ちに気づいたのです」
唇が震えているのが自分でわかった。
瞳の奥から込み上げてくるものがあって、視界がぼやける。
涙を堪えようと意識して息を大きく吸い込んだ。
「あなたの指にその手に背中に、メガネをクイする癖にあなたの全てに恋してます。セドリック様の愛するものがわかれば離婚ですよね。だから今はセドリック様が誰をなにを愛しているのかは考えません。わたしの気持ちだけを押しつけます」
唖然として固まったままのセドリック様。
わたしは自分の気持ちをさらけ出した恥ずかしさで死にそうに恥ずかしいし、まだ唇が震えている。
頬に一筋の涙が伝う。
気がつけば屋敷の前だった。
思わずひとりで早足で玄関扉に駆け寄り、扉を開けた。
その話題はそこまでになった。
エムアルさんとリオさんのふたりに心配をかけまいと、わたし達はなにもなかったようにいつものように振る舞い屋敷へと入っていった。
夜、寝る準備を整えて寝室に行くと、セドリックはまだ寝室に来られていなかった。
さっきのわたしの業務報告のような甘い雰囲気は一切ない告白からふたりきりにはなっていない。
どんな顔をしてセドリック様を待てば良いのだろうか。
このままいっそのこと、先にベットに入って眠ってしまおうか。
今夜もセドリック様の背中が冷たいのは耐えられない。
ふぅと大きくため息をつき、ベランダにつながる大きなガラス窓から大通りが見える外をぼんやりと眺めた。
その窓ガラスのガラス越しにわたしを見つめるセドリック様と目が合った。
慌てて後ろを振り返るとセドリック様が立っていた。
「いつの間に…」
セドリック様がゆっくりと歩いて来られて、わたしを優しく包み込むように抱きしめられた。
「シェリー、さっきは告白をありがとう。すごく嬉しかった。少しだけ俺に時間をくれないか。全てが終わったら、シェリーに話したいことがある」
愛おしいそうにわたしの髪に触れて掬い、また触れて掬い、髪の毛にキスを落とす。
「シェリーは仕事よりも俺を愛してる?」
「いいえ。セドリック様に恋をしています。愛しているのは仕事です」
セドリック様が頬を染めて照れながら、優しく微笑まれた。
「それでもいいよ。シェリーが初めて恋したのが俺だなんて、こんなうれしいことはないだろう。シェリーにとって初めての男になれた。過去の俺に声高らかに教えてやりたいよ」
「なんだか、その言葉には語弊があると思うのですが…」
最後まで言わせてもらえず、セドリック様の唇で塞がれた。
まるで食べられるかのような口づけだった。