テラーノベル
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リリアンナの言葉は、あまりにも静かだった。
けれど、その一言は確かに、ランディリックの胸の奥へ深く深く沈み込んでいった。
――何を食べても、何の味もしなかった。
ただ、それだけのことのように聞こえる。
だが――。
それが、どれほどの時間をかけて彼女を蝕んできたものなのかは、考えるまでもなかった。
ランディリックは、ゆっくりと視線を落とした。
テーブルの上。
切り分けられたミチュポムの実。
その鮮やかな赤が、やけに目に刺さる。
(……気づかなかった)
その事実だけが、重く沈む。
あれほど近くにいた。
あれほど見ていた。
彼女の一挙手一投足を、取りこぼすまいと。
そうしてきたはずだった。
――それなのに。
決定的なものを、見逃していた。
胸の奥で、鈍い痛みが広がる。
言い訳は、いくらでも思いつく。
彼女は、隠していたのだろう。
誰にも悟られぬよう、慎重に。
そうせざるを得なかったから。
王都の……あの屋敷で、あの環境で。
――だとしても。
それはここへ連れて来てからも変わらなかったということだ。
リリアンナとともに食卓を囲んだことは一度や二度ではない。
寝付けないリリアンナに、蜂蜜入りのホットミルクを手ずから作って飲ませたこともある。
なのに――。
(僕は、何を見ていたんだ……)
奥歯を、わずかに噛みしめる。
どんなに言い訳を重ねたところで、リリアンナの苦しみに気付けなかった時点で、同じだ。
彼女が抱えていたものに、触れられなかったという事実は、何ひとつ変わらない。
ふと、記憶がよぎる。
食事の席での彼女の様子。
控えめで、静かで、けれど決して不自然ではなかった。
差し出されたものを、丁寧に口に運び、小さく頷き、柔らかく微笑む。
――あれを、疑う理由などなかった。
そう思っていた。
だが。
(違う)
疑う理由がなかったのではない。
あった。
ほんのわずかに、だが確かに。
食事の席で、ふとリリアンナの手が止まることがあった。
味を確かめるように、ほんの一瞬だけ視線を落とすことも。
だが、ランディリックが問いかければ、彼女はすぐに微笑んだ。
――何でもありません、と。
そうして、本当に何事もなかったかのように、また口に食べ物を運んでいた。
それ以上を、こちらに考えさせない見事な仕草だった。
だから、ランディリックは踏み込まなかった。
見えていた違和感に、あえて手を伸ばさなかった。
見ているつもりで。
守っているつもりで。
ただ、彼女が見せる範囲だけをなぞっていた。
胸の奥で、何かが軋む。
自分自身に対しての、苛立ちに似た感情が、遅れて湧き上がる。
(リリーは食べるのが大好きな少女だったはずだ)
なのに、それを奪われていることに気付かなかった自分のことが、ランディリックは心底許せなかった。
だが、それと同時にもうひとつ、別の感情がふと顔を出す。
テーブルの上のミチュポム。
その赤が、かつての苦い記憶を引きずり出す。
――あらかたの調べはついていた。
リリアンナの両親の死が、ただの金銭目当ての強盗などではないことも。
二人の死に、恐らくはリリアンナの父の弟・ダーレンがいるであろうことも。
ウールウォード伯爵夫妻が亡くなってすぐ、ダーレンがリリアンナがいるウールウォード邸に異例の速さで到着できたのだって、おそらくそうなることをダーレン自身が知っていたからだ。
芙月みひろ
コメント
2件
ダーレン、まじか!!!
今度は、ダーレンにリリアンナが狙われちゃうのかな?