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「千葉公園とかは?」荷物をロッカーに入れ終わった笹岡は振り返り、怜に向かって言う。
若干、浮かれた様子でもある。
怜はというと千葉に着いてから、笹岡から連絡があり、それから落ち合うまでになった流れが急すぎて、未だずっと、笹岡に流されっぱなしで無抵抗でもある自分が不可解でもあった。
恋バナについては、笹岡が嘘をついているかも知れないとも思っていたのだが、ともかくいきなりそんな形で打ち明けられた理由もよく分からなかった。
「なあ。」
「ん?なに。」
「人見てるよ。」
怜、笹岡が繋いでいた自分の手を持て余したままで言う。
「嫌だったら辞めるけど」
怜は、大きくため息を吐く。
そのせいで笹岡は怜の方を見る。
「……聞いてもいいのかなあ。あのさ、」
…一昨日にLINEで送られてきた恋バナ。それから、先日の生徒会長との密会。それから、ごく最近の大会で女子生徒とあったトラブル。一体、どれが本当の笹岡なのか、それからどの話題にどこまで突っ込んでいいのか、分からない。分からないのに、笹岡が何一つ隠さないような顔で、ぐいぐい来ることに、どうしても苛立つ。
怜は笹岡の困惑している顔を見て、(どの話題から切り出せばいいのか。てか俺のことを聞けばいいのか。俺と、笹岡のこと)一瞬そう思う。
ーお前ってホモなのーー
が、それだって始まりは、生徒会長との一件から来て、しかも単に逃げ場所扱いされていただけじゃないかと思い当たる。
怜は笹岡の真面目な顔を見つめる。
怜の顔が何かもの言いたげに映ったようで、今ここで、明らかに乱入者である笹岡は若干身を縮めているようにも見える。
「…さっき、行ったんだよね。千葉公園は。だから、それ以外にして」
「…うん」
二人は未だ、ロッカーの近くに立ち止まり、行き先を決める事もなく駅構内の人の流れを眺めている。
「どうする?」
笹岡が言う。会った時の勢いは既に失せている。行き交う人達を見ながら、自分のバックを抱え直している。何を話すでもない時には妙にしおらしくなっているのが、なんだか変にかわいいと思った。
モノレールに乗って、千葉ポートタワーへと向かう。あまり乗ることのない、高い場所から間近に見える街の眺めに、笹岡のみならず怜もわくわくしている。
「サワグチはさ、千葉ってよく来るの」
「うーん。よくってわけじゃないんだけど、うちの父さんが昔はよく連れてきてくれたんだよね」
「へえ。お婆ちゃんの家とかかな。家族みんなで来たりしていたの。」
笹岡は、機嫌が良さそうに窓の景色を眺めながら言う。
「いや。昔はね。でも婆ちゃん達は父さんが若い頃に亡くなって、父さんも5年前に死んじゃってるんだよね。うち」
「え。そうなの」
「うん」
「まじか…」
笹岡は窓に思い切りくっ付けていた手を離し、俯く。
怜は笹岡が項垂れている頭を見ながら「でも別に、感傷とかはもうとっくに、無いよ。
…一人で来た時どんな感じがするのか、本当に来れるのかわからなかったから、来てみたかっただけ」
「ふうん。成程な」
「うん。それに、父だけでなくって妹とか、俺にとっての良い思い出の場所でもあるし。でも笹岡にとっても、ある意味で特別な場所なんだろ。」
笹岡は身動きもせず、窓の方に視線を向けたままでいる。
「…サワグチはきっと、俺って物凄い無神経だと思ってるだろ」
「うん。」
「……」
「ぷっ」
「いや、俺…」
はははは!と怜が堪えきれずに笑い出す。
「…いやごめん。お前ってさ、うるさいのに、やり返されたら妙に打たれ弱いな」
「…はあ。そりゃ、そうだろ。
俺はなあ…俺なりに勇気を出して…いや。そうじゃなくって。たしかに、サワグチの言う通りだな。お前の話、全然聞かないでいいと思って…なんでだろ」
モノレールが揺れるのを感じながら、流れていく景色の中でいつも見ていた笹岡の顔を怜は見る。
学校で見る時と変わらない笑い方。短くて細い猫っ毛のような髪質と、白い肌。遠くからでもすぐにそれと分かるようになってきたこの、怜よりも少し低く、骨格が普通の男子よりも薄そうでいて、意外とがっしりしている背格好。
そうだ、この姿を、俺は学校でたまに探していたんだな。
いったいいつから…
「お前ってさ、ホモなの?」
怜は口をついて出た言葉に、若干自分でもたじろぐ。
「いや、ホモってか、同性愛者だったり、するの。そういう事?あの時のLINEとか、生徒会長の事とか」
笹岡は怜の顔を真剣な顔で見ている。なんとなく、怜も口にしたこともなかった話題だったので、これまで笹岡がどうのというよりも、自分がそれについて全く知らなかったせいでどう切り出していいのか分からなかったのだと思う。
「…別に気持ち悪いとか思ってるわけじゃなくて。
お前の事、全く知らないから。それなのにお前が、いつも行く先々に…」
「うん」
「ん、なに?」
「確かにな。最初っから、メーワクかけ通しだったかもな。俺、やっぱり普通じゃなかったのかもしれない。」
「何が?」
そのとき、モノレールが駅に着く。
ドアが開き、車内に乗っている人の半分くらいが同じ場所で降りるようで、ゾロゾロと外へ流れていく。
「行こう」
笹岡はそう言うと怜に向かって手を差し出す。
怜が、笹岡の顔を見たまま黙っていると、笹岡は笑って怜の宙ぶらりんだった手を取って、モノレールの外へと歩き出した。