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モノレールから降りると、しばらく歩いて二人で向かった千葉ポートタワーの入り口で入場料を払い、エスカレーターに上がると階上へと上がって行く。「笹岡はさ、こういう所は部活の連中とかと来たりしないの。」
「しないよ。遠征来る時は練習ばっかりだし、部活の事ずっと話してるだけだからね」
「へー。そんなもん」
「いや、お前もそうじゃないの?顧問居るしさ。学校みたいなもんだから…自由なんてあるわけないだろ」
「ふーん」
「…もう2時じゃん。サワグチは腹空かないの」
笹岡はスマホを見ながら言う。
「ここで何か食べる?3階にレストランあるみたいだよ」
「お前金、持ってるの」
「だから、持ってるって。一文なしでお前のところ、ぶら下がりに来ると思ってるのおまえ」
思ってるっつーの、と思いながら怜は笹岡の方を見下ろしている。エスカレーターが2階に着く頃、怜は前を向き直して歩き出す。
けれどちょっと前に頭を絞めていたような笹岡に対する不可解は大分なくなっている気がした。一方で笹岡はすっかり毒気を抜かれたような顔をしている。怜は今は笹岡をからかってやろうという余裕すら湧いて来ている気がした…
「ここ、来た事あるの。」笹岡は呟く。
「ん。一、二回かなあ。俺達が行ってたのはもっと南の方だから。でもここは、モノレール乗りたくて来たなって思い出はあるかな。」
「ふーん。なんかさ、こういうとこ来ると、日本人ってほんと城が好きなんだなってそう思わない」
「あー。確かに。」
気づくとまた、笹岡は怜の手を握っている。
「でもさあ、こう言う建物の中に入るの俺、好きなんだよね」
「うーんまあ」怜は自分の顔のすぐ下にある、笹岡の頭を見ながら言う。「俺も。」
「なんや、これ」
怜は目の前に装飾されているハートの飾りや椅子なんかを見て言う。
「ここさ、二階は恋人の聖地って呼ばれてるらしいよ。ほら」
怜は笹岡が指差した土産品を見る。
「…ふーん。」
「来た事ないの?ここ」
「…いや、覚えてない」
それから、眼下に広がる千葉の街並みを二人で見下ろす。
自分達が普段住んでいる場所とは違い、大きく広がる海と草木、それから、無機質でユニークな機器が、珍しい動物みたいにゆっくりと動き海の周りに集まっているみたいに見えて、何となく心が落ち着いた。確かに観光名所とされているのもよく分かる。
小さい頃は、ごく当たり前にある場所だと思って来ていた所だったが、それは父や父の家族の思い出から切り離されては出てこなかった印象だったのが、いま初めて、一人でその風景に出会わされているような感じがした。
笹岡も同じような事を考えているのか、無言のままで景色を食い入るように眺めている。
あまり誰かと手を繋いで外を出歩いた経験のない怜は、笹岡から握り締められている手を一体どうすればいいのか考え、戸惑ってもいた。
「笹岡は、腹減ってるの」
「まあ、ちょっとね。でもどっちでもいいよ。サワグチに合わせる」
笹岡が怜の顔を笑顔で見つめてくる。
なんて返せばいいのか分からず、怜は取り敢えず目を逸らして、また外の景色に目をやる。
周りにぽつぽつと居る観光客達も、歩き回ったり、外を眺めたり、皆二人と同じような事をしている。
「言った方がいいかなぁ。」
笹岡がぼそっと呟く。
「…何?」
そう言った笹岡も、今は外を眺めている。それから、怜の言ったことが聞こえないかのように「俺、女を好きになった事ないんだよね。」と呟く。
「…ふーん」
…まあ、改めて、言われるまでもなく何となく分かっていた気がする。
寧ろ、言いたくないのは何故なのかと、怜ですら感じていたのかもしれない。
笹岡は外の景色に見入ったままだ。
「でもおかしいんだけど俺、自分の事が変だと思った事は一回もないの。
だってまず、人間だけだろ。こんなにいっぱい決まりを作って、それ守って暮らしてるのって」
「…まあ、そうかも知んない」
笹岡は、怜の方を見ると繋いでいた手を離して、窓に背を向けてもたれ掛かる。
「俺はさ、寧ろ一体なんで、そんなに誰かを簡単に好きになれるんだろうって、女子とか男子を見て思ってたな。
…サワグチは…」
怜は笹岡の方を見る。
「聞いたよ。佐藤から告白されたんだろ。」
「へ。」
「いや、クラスの女子が騒いでたからさ。
そういうの、女子って好きだよな。皆んなで集まって悩み相談みたいな事」
「ふーん。まあ、告白なんてされてはいないんだけどね。」
「そうなの?」
「うん。ユウは、家が近かったから、幼馴染みたいなものだよ。でも高校に上がってからは、クラスも別だしそんなに話してないし…」
「幼なじみ?」
「え、うん。」
「ふーん。じゃあ、小中学校も同じだったんだ」
「そうだけど…でもさあ、俺はユウが考えてることってよく分からないんだよな。いつも怒ってるっていうか、機嫌悪いから俺からも、どう話しかけていいのか分からないし
でもそっちではそんな話になってるの?」
「うん。それ、だけど気持ちの裏返しって事なんじゃないの?」
笹岡は床を見つめたままで言う。
なんとなく、離したばかりの手がすかすかする感じがする。
「…いや、仮にそうだとしても、俺そういうの突っ込みたくないから。だいたい、ユウの問題だろ。そんなの」
笹岡は怜の顔を横目で見つめた後で、ため息を吐いて俯く。
「…サワグチってさ、冷たい奴なんだな」
「はあ?」
「…」
「そんな事思う?だけど別に、無視とかなんてしてないよ。家にもあいつ、最近来てるし」
「はあ。
…やっぱな。」
「ん?」
「いや、なんでも…。けど佐藤って結構、ああ見えて大胆なやつと思ってた」
「いや、だから、親も顔見知りだし…情報が入って来るんだよ。色々。それであいつもたまに気軽に来るっていう、そういう仲なの」
笹岡はフフ、と笑う。
「…まあ、それはいいか。移動する?上、まだあるんだろうし」
怜は笹岡の背中を見て、ちょっと考えてみる。「じゃお前は、どうなんだよ。」
「ん」
「…生徒会長とどうなったの?
ゆすられてる、って言ってたけどさ、あの後、お前…」
電車の中で、わざわざ煽るような事をしてたと思った。
怜も、笹岡が言っている事を今ひとつ信用出来ないでいたのだ。
「ああ。」
「俺、気づいた。お前ってさ、結構言う事はぐらかしてるよな。」
「俺が?」
怜は頷く。「そうだよ。お前、全部話すみたいな素振りしてるのに、核心に来るといつもそっぽ向いてるんだよ」
笹岡は顔を上げ、怜の方を見る。
ホモとか、ホモでないだとかーー
そう言う事でもないのかもしれない。
「ほら。女子から追いかけられてたろ。ちょっと前。お前がそうやって相手をおちょくって、向こうが真剣になったらはぐらかしてって事、結構やってるんじゃないの?」
「…」
「まああれは、状況がちょっと違うか。でも、俺はよく知らないけどさ。会長とかも、なんであんなに怒ってたんだろうって俺は不思議だったんだ」
「…」
「でも、お前見てるとさ…」
「サワグチ。」
「ん」
「それ、違うよ。少なくとも俺は、一回も相手が好きって素振りした事なんてないから。」
「ふーん。」
「…」
「じゃあ、何?」
「…うーん。でも確かに、相手との温度差があるせいで話がこんがらがるって事は多いな。」
「…」
「それで、俺が代案を出した事はあったよ。どうしても、切り上げたくなって。それくらい、本当にしつこいからさ。」
…なんでそんな事なったんだよ。怜は内心そう思う。