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灼けつく夏の陽射しが、容赦なく肌に降り注ぐ。
俺はいつも通り、朝早く
店の前に並べた鉢植えに、ひとつひとつ丁寧に水をやっていた。
パンジーの紫、三色菫の黄色
そして、ふっくらと蕾を膨らませたチューリップ
色とりどりの花たちが、朝の光を浴びて輝いていた。
この穏やかな時間が何よりも好きだ。
最近は、この日常が以前よりずっと温かく感じられるようになった。
犬飼仁さん
あの、少し怖そうな雰囲気のαの男性
最初はΩである自分が、元若頭なんていう凄みのある
異色の経歴を持つ人と関わるなんて考えもしなかったけれど。
でも、焼肉をご馳走した夜
ストーカーから助けてくれた日
知れば知るほど、彼の優しさや、まっすぐな心に惹かれていった。
打ち明けた重い過去も、彼はただ静かに聞いてくれた。
否定もせず、下手に同情もせず
ただ話を聞いてくれ、アドバイスさえくれた。
そのことが、どれほど嬉しかったか。
なんて、バカみたいに単純なくらい
仁さんのことを考えて、少し口元が緩んだ。
彼の存在が、長年凍てついていた心の奥をゆっくりと溶かしていくような気がしていた。
そんなことを考えていた、ほんの一瞬だった。
突然、後ろから
甘くて鼻につくような奇妙な匂いがしたかと思うと、柔らかい布のようなものが口と鼻を覆い尽くした。
「……っ!?」
反射的に息を止めた
それも束の間、肺が酸素を求めて苦しくなる。
同時に、強い力で両腕を掴まれ、身動きが取れなくなった。
身体が浮き上がるような感覚。
もがこうと手足を動かすが、相手の力はびくともしない。
頭がクラクラする……この匂いは…薬品?
(うそ…う、嘘だ嘘だ…っ)
必死で抵抗しながら、視界の端に映るものに気がついた。
黒いスーツを纏った量産型の男
視界に入るだけでも三人はいて
そして、すぐ傍には、まるで獲物を待ち構えていたかのように不気味な黒いワゴン車が停車していた。
窓は真っ黒で、中が全く見えない。
「静かにしる、お前が試験体006の花宮楓だということは調べが着いている。」
耳元で低い、感情のない声が響いた。
ゾッと背筋が冷える。
この言葉遣い、この冷たさ。
まるで、俺のことを人間ではない何かとして見ているみたいだ。
抗おうとする俺の目の前に、冷たい金属の塊が突きつけられた。
銃……?!
目の前が真っ暗になるような感覚に襲われた。
頭の中に、あの日の光景が鮮やかにフラッシュバックする。
薄暗い部屋、薬品の匂い
そして、俺のフェロモンを値踏みするような
あの忌まわしい男たちの視線
抗っても無駄だ。無力だ。
力が、身体から、心から、一気に抜けていく。
眠気はなかったが、抵抗力を奪うだけなのだろう。
やっぱりあの男・岩渕の組員で間違いない
あの男に俺は妙に気に入られている、試験対象として。
変なところで気味が悪いほどに優しく、私は無害だよと主張をしてくるような男だ。
そんなことを考えているうちにも俺は男たちにガムテープで口を塞がれ
あっけない。
あまりにも、あっけなかった。
数秒の間に、俺の日常は唐突に終わりを告げたの だ。
あっさりと担ぎ上げられ、まるで荷物のように
黒いワゴン車の後ろのリアゲートに押し込まれた。
背中を打ち付け、膝を抱えるような体勢にさせられる。
乱暴にドアが閉められ、外の光が遮断された。
暗い車内
運転席こそよく見えないが
後部座席から、俺を連れ去った三人がこちらを覗き込むように見て銃口を俺に向けてき
「抵抗するだけ無駄だ」とだけ言って再び前を向いた。
(逃げられない、どこにも……っ)
そう確言するには容易だった。
車が音もなく滑り出す。
スモークガラス越しに、俺の愛する花屋が
俺の花たちがどんどん遠ざかっていくのが見えた。
置いていかれる。
俺だけ、この暗闇に連れて行かれる。
まただ。
14年前の、あの地獄が
今、再び現実になろうとしている。
あの組織・「リプロダクションスレイヴ」で間違いない。
声に出そうとしても、喉が張り付いたようで音にならない。
どうしよう、誰か……
そんなとき、ふと仁さんの言っていた
『またあいつらに連れ去られそうになったら、すぐに110番をかけて、そのままスマホをポケットに突っ込んどいて。』
という言葉を思い出した。
震える手で、ズボンのポケットを探る。
指先がスマホに触れた時、僅かな希望が胸に灯った。
(落ち着け、大丈夫…できる、やるしかない…)
心の中で何度も繰り返す。
焦りと恐怖で思考が麻痺しそうになるのを、必死に抑え込んだ。
手が震えるせいで、ロック解除すらままならない。
何度も失敗し、焦燥感が募る。
(早く…早くしなきゃ……っ!)
ようやくロックを解除し、震える指で110番を押した
通話開始の音
心臓が爆発しそうに高鳴る
なるべく音を小さくし、再びズボンの奥深くにスマホを入れた
鼻腔にはまだ、あの甘ったるい
嫌な薬品の匂いがこびりついているようだった。
ズボンのポケットに押しこんだスマホが、ちゃんと110番に繋がっているだろうか
声が聞こえたりはしないだろうか
呼吸音で気づかれたりしないだろうか
心臓が耳元で激しく脈打つ音が、自分の不安を増幅させる。
(……仁さん…っ)
助けて、なんて言えない
今ここにいるのは自分だけ
それに、お客さんがいるときに襲われなくてまだ良かったのかもしれない。
あの店に悪い噂が立つよりはよっぽどマシか。
とにかく今は自分にできることをするしかない
銃もナイフも暗闇もビビるなと言う方が無理があるが
震えていただけじゃ何も守れない
プライドの高い声は、ただ胸の奥で響くだけだった。
車の低いエンジン音だけが、耳にまとわりついて離れなかった。
車は滑らかに、しかし確実に、未知の方向へと進んでいった。
時折、男たちが短い言葉を交わすのが聞こえるが
それも感情のない、機械的な声だ。
俺には、今どこを走っているのか全く見当がつかない。
ただ、俺が愛する日常から
どんどん遠ざかっていくという事実だけが鉛のように重くのしかかる。
一体どれくらいの時間が経ったんだろう。
数分だったかもしれないし、数十分だったのかもしれない。
感覚が曖昧になり始めていたその時
車がゆっくりと速度を落とし、やがて完全に停車した。
(着いた…?)
緊張で全身が硬直する。
車が止まった場所は、意外にも騒がしく
感覚で言えば、新宿歌舞伎町……辺りか?
後部座席のドアが乱暴に開けられた。
夏の強い陽射しは遮られ、目に飛び込んできたのは
コンクリート打ちっぱなしの無機質な建物と、それに続く地下へのスロープだった。
「ほら、降りろ」
低い声に促され、身体を押し出されるように車から降りる。
すぐに両脇を男たちに抱えられ
地面に足がついたかと思えば
目の前に現れたのは「NyanNyanラボ」とピンクの看板が象徴の二階建てBARが目の前に立っていた。
そうして俺はほとんど引きずるような形で建物の中へと連行された。
エレベーターでB1階まで下がると
冷たい空気が肌を刺す。
鼻孔を満たすのは、やはりあの薬品の匂いと
埃っぽい、古い空気だ。
抵抗しようにも、身体はまだ薬品の影響から完全に回復しておらず、力が入らない。
もがけばもがくほど、男たちの拘束は強くなる。
「静かにしろ、抵抗したところで無駄だ」
再び耳元で囁かれ
俺はまたあの試験体室に連れて行かれるのかもしれないという恐怖で声も出せなくなり
男たちに黙って付いて行く他なかった。
男たちの足音が無機質な廊下に反響し
まるで俺の心臓の鼓動と重なるようだった。
両腕を掴む力は容赦なく、まるで俺が逃げる余地など最初からないと言わんばかりだ。
男たちに引きずられるように進む中、俺の頭は必死に状況を整理しようとしていた
あの薬品の匂い、感情のない声
そして「試験体006」という言葉───
すべてが14年前の悪夢を呼び起こす。
リプロダクションスレイヴ。
あの組織が、俺を再び捕らえたのだ。
(いやだ、もうあんなところに行きたくないってのに……っ)
そうして着いたのは薄暗く、湿った空気が肌にまとわりつく地下の部屋だった。
コンクリートの壁には無数の傷や染みが刻まれ
まるでこの場所がどれだけの悲鳴を飲み込んできたかを物語っているようだった。
「ほら、ここだ。入れ」
部屋の前には見張りのように仁王立ちしている組員らしき男二人と、体格差のある男がいて
「…っ……」
息を飲んで中に入った。
すると
(う……っ、こ、この匂い……)
部屋に入った途端、甘ったるい薬品の匂いと、Ωのフェロモンが混ざった
吐き気を催すような空気が漂ってきて
ここは試験体室ではないことを察した。
ここは間違いなく、ヒート即売エリア───…
リプロダクションスレイヴが運営する欲望と暴力が渦巻く闇市の核心だ
「楓……久しぶりやなぁ?」
低く、粘着質な声が響いた。
視線の先には、岩渕が立っていた。
スーツは高級そうだが、どこか品のない雰囲気を漂わせる男
14年前と変わらない、俺を値踏みするような目は、まるで獲物を弄ぶ獣のようだった
岩渕の周りには、数人の組員が控え
俺を品定めするようにじろじろと見ている。
岩渕はニヤリと笑い、ゆっくりと近づいてきて
俺の口に着いたガムテープを雑に剥がす。
なんとか声を抑えるが
その視線に、身体が反射的に震えた。
「ずいぶん手え焼かせてくれたな、楓。お前のこと探すん、ほんま骨折れたわ。」
にたっと笑う男を前に絞り出すように声を出す。
「…どうして、俺の居場所が」
「お前みたいなハイパーΩが、のほほんと店なんか
構えとるさかいじゃ……アホみたいに足つきよんねん。そら、特定なんか楽勝やろが」
「な、なにをしようと俺の勝手で……!」
そんなとき、以前送られてきていた辞書式コードの暗号を思い出した。
「ま、待っ……て、店知ってる …って、ことはやっぱり……あの花と暗号も…っ」
「なんや、今頃か?」
「じゃ、じゃあ……ひ、向日葵を潰すとか、試験はまだ終わってないってのも…っ」
「全部本当に決まっとるやろ。今頃うちのワケぇもんが店潰しに行ってるとこやろな」
「……!!なんてことしてくれてるんだよ…っ!?」
「お客さんがいるかもしれないし、俺が必死に育ててきた花だって……!!」
思わず岩渕の胸ぐらを両手で掴み、訴えるが
「お前ぇ生意気だぞ!!」
突然、岩渕の組員の一人が俺の腹を乱暴に蹴り上げ
俺はその衝撃で、腹を押えて床に倒れ込んでしまった。
コンクリートに打ち付けられた体が激しく痛む。
その男は、まるで楽しむように俺の髪を掴み
顔を無理やり上げさせた。
「元試験対象の分際で兄貴に盾突いてんじゃねえ
よ」
その乱暴な扱いに、岩渕の目が一瞬、鋭く光った。
次の瞬間、俺の頭を掴んでいた男の手をひねり揚げ
顔面を強く殴った。
(……っ、な、仲間なんじゃ…)
岩渕は浅くため息をついて言った。
「あほんだら。こいつ傷つけたらどないしてくれんねん。大事な俺の商品ちゅーことわかっとんのか?」
岩渕の声は静かだったが、凍てつくような冷たさを帯びていた。
組員の男は一瞬怯んだように見えたが、すぐにふてぶてしく笑った。
「けど、こいつ反抗的っすよ?少し痛めつけといた
方が───」
瞬間
言葉が終わる前に、銃声が響いた。
乾いた音が地下の部屋に反響し、手下の男の額に赤い穴が開く。
男は目を見開いたまま、ゆっくりと倒れ込んだ。
血がコンクリートに広がり、鉄のような匂いが鼻をつく。
「……言うたやろ。商品には手ぇ出すなや」
岩渕は銃を手に、まるで何事もなかったかのように淡々と言った。
周囲の組員たちは息を呑み、一歩退く。
俺は動揺で頭が真っ白になり、倒れた男の死体から目が離せなかった。
こんな簡単に、躊躇なく人を殺すなんて…。
「あー、にしてもホンマ待ちくたびれたわ。お前のこと、じっくり味わわせてもらうで?」
対象が変わったのも束の間
岩渕の狂気が、俺の全身を震わせる。
心臓が締め付けられる。
俺はヒート即売エリアの中身を噂程度に知ってい
る。
この場でΩは「商品」として扱われ、αたちの欲望のままに弄ばれる。
Ωの意思など関係ない。
こいつ、こいつらはそういう人間だ。
殺し以外なら何をしても許される、無法地帯だ。
「時間あらへんわ…ほな、ちゃっちゃと準備すんで」
岩渕は銃を腰にしまい、俺に近づいてくる。
俺は反射的に後ずさろうとしたが、別の組員に背後から押さえつけられ、動けない。
恐怖と怒りが交錯する中、俺は必死に抵抗を試みた。
岩渕が一瞬隙を見せた瞬間、俺は膝を曲げ
全力でその腹に蹴りを叩き込んだ。
「ぐっ……!」
岩渕が一瞬よろめく。
だが、それも一瞬だった。
次の瞬間、俺の首元を鉄のような力で掴まれ
壁に叩きつけられた。
息が詰まり、視界がチカチカする。
「相変わらず生意気なりやな。せやけど、そのくらいの気合いがないとオモロないわ」
岩渕は笑いながら、ポケットから小さな錠剤を取り出した。
透明なカプセルの中には、青く光る液体が入っている。
発情誘発剤──
2を強制的にヒートに陥れる、違法な薬だ。
「や……やめ…!」
「ええやろ?お前のそのツンケンした顔がどう崩れるか楽しみやわ」
岩渕はカプセルを俺の口に押し込もうとする。
必死に口を閉じようとするが、頬を殴られ、力が緩む。
その隙にカプセルが舌に押し込まれ、無理やり嚥下させられた。
しかし、不幸中の幸いか
14年前の事件以降
日常的に抑制剤を過剰摂取し、フェロモンブロッカー依存症になっていたせいで
一粒の誘発剤を飲まされても体は案外平気だった。
強制的にヒートになるはずだった体は全く変化しなかった。
ただ少し熱っぽさを感じるだけで。
これなら耐えられる。
そう思った瞬間
岩渕が俺の腕を乱暴に掴んだ。
「なんや、14年前と違ってえらい落ち着いとるな?」
「……こっ、こんなの飲ませたって無意味ってことだ…俺はあの14年前に試験体にされて依頼ずっと抑制剤飲んできてそのせいでフェロモンブロッカー依存症なってるんだから……!」
語気を強くして言い返すと、岩渕は怪訝そうに眉をひそめた。
「せやからお前はヒートにならんっていうんか?」
「そう、だよ……」
上手いことこの施設から逃げれるような言い訳を並べる。
「い、いくら薬を持ったって無駄だ、俺は発情しない体なんだ……!」
これで、いくらこの男でも俺が発情しない欠落品と知れば解放するはず…!
そう思った矢先
「ふーん……ほな、こっちもアレ使わなアカンか」
岩渕は薄笑いを浮かべながら懐から見たこともないようなカプセルの錠剤を取り出した。
「……な、なに、それ…」
「これか?ヒート即売エリアの最新鋭の発情誘発剤や」
「ふつうの誘発剤の5倍は効くんやで?」
「……?!」
「こいつは特別な一品でなぁ、抑制剤を飲みすぎてヒート来おへんようになったのでも、確実にヒートに落とせるっちゅうワケや」
「…!な、なんでそんなもの…っ!!」
いや、悪質な組織だ、そんな物があったっておかしくない。
きっと、ハッタリじゃない……
「安心せえ。発狂するまで快楽漬けになるだけや。
副作用はちょっとヤバいけどな?まあ、死にはせえへんやろ」
一言一句が何処までもド層だ。
「そ、そんな得体の知れないもの飲むわけ……っ」
しかし俺の抵抗も虚しく、顎を掴まれカプセルは強引に口に入れられ
喉奥に押し込まれた
その瞬間
頭の中が真っ白になった。
急激に身体が熱くなり、全身が痺れていく。
心臓が早鐘のように打ち、息が荒くなる。
「あ……っ、あ…!」
「おぉ…早速効いてきたみたいやなぁ?」
舌が痺れ、吐き出すことも叶わない。
「お前みたいなΩ、こうでもせんとヒートにならへ
んやろ?」
岩渕はニヤニヤと笑いながら、俺を見下ろしていた。
(嫌……だ…こんな……っ)
苦味と同時に、身体の奥底から熱がこみ上げてくる感覚があった。
αたちに見られながら
フェロモンを振り撒くなんて耐えられない。
「やめろ…っ、さ、触んな……やめ…っ」
そんな俺の願いとは裏腹に
岩渕にエプロンを剥がれると、着ていたTシャツのボタンを一つずつ外された。
「……ほな、お楽しみといこかの」
岩渕は唇を歪めて笑いながら、俺の服を脱がせていく。
俺は必死にもがき足掻くが
発情誘発剤のせいか身体が言うことを聞かない。
まるで麻しているかのようだ。
「ほら、他にも客おるんや。うるさいんは俺の許可が出てからにせえ。」
他の客、という言葉に当たりを見渡すと
αの男がΩの男に腰を叩きつけたり
Ωの尻を叩いたりと
『いやだ…っ、もうやめてくれ……』
『も、もう、限界……っ、で…』
『なに逃げようとしてんの?ほら、もっと腰使えよ!』
αの男の声は低く、命令するような響きで部屋に響いた。
その他にも同じように発情状態で犯されているりが何人も見受けられ、絶句した。
『や、やめてくれ…っ、もう耐えられねぇ…!!』
『あぁ?ふざけんな、金払ってんだからもっと楽しませろよ?』
『まだ始まったばかりだろ。ほら、休んでんじゃねえよ!』
ある者は泣き叫び
ある者は放心状態で
αたちの欲望の捌け口とされている。
見るに堪えない光景に、体中の血の気が引いていくのを感じた。
中にはまだ幼い子供もいて
歳は14歳、中学生ぐらいか
『ひっ、く……からだが、勝手にっ……動く………の、いやだ…っ」
『当たり前だろ?それがオメガの性だっつーの。商品なら商品らしく大人しくしろよ!』
このヒート即売エリアに来たことこそ初めてだが
14年前に強制発情させられ試験体扱いされていた
自分と重ねてしまい、急激に吐き気がこみ上げてきた。
(…っ、これだからαは、嫌なんだ……っ)
目の前で同種が、年下の子が苦しんでいるというのに俺は何も出来ない
本当に商品としてしか見ていないα共に嫌悪感よりも先に恐怖心が勝る。
『やだ……っ!!ごめんなさい…!もう…許し
て……っ!』
『泣いてねえでちゃんと種付けまで付き合えよ』
その言葉に、心臓が凍りつくような感覚を覚えた。
『に…っ!妊娠なんてしたくない…!』
必死の懇願も虚しく、容赦なくαは腰を打ちつけ
る。
「ああ…っ!やだ……っ!中に出さないで…っ!お願いだから……!」
涙を流しながら訴える声は、かすれてほとんど聞き取れない。
『うっせぇな黙ってろよ!こっちは番が相手してくんねぇから溜まってんだよ』
暴力的な言葉と共に、αはさらに激しく腰を動かし続けた。
その光景を目のたりにしても
立ち上がって小さな命を守りたくても、腰が抜けたみたいに動けない。
アニメや漫画の主人公みたいに大した戦闘能力があるわけでもなければ
覇気も地位も武器も何も持っちゃいない。
そもそも自分の身を守れていない奴が他人の身など守れるはずがないのに
怒りと恐怖だけがふつふつと湧いてくる。
「なにぼーっとしとんのや、楓」
そんな中でも岩渕の声がはっきりと聞こえてきた。
顎を掴まれ、強制的に向き合うように引き寄せられる。
その手が冷たくてゾッとする。
「…….っ!」
「いつまで我慢させとんねん。もうええやる?」
そう言い、唇を歪めて笑いながら俺を床に押し倒し、上に跨った。
ニヤニヤと笑いながら俺を見下ろし、シャツの上で踊るように手を這わせられ
俺は必死にもがくが、発情誘発剤の効果で力が入らない。
「やめ……ろ…!…だ、誰か………」
「大人しゅうせえ。こんなとこ、誰が助けに来るっちゅうねん」
岩渕はニヤリと笑いながら、俺のシャツを半ば引き裂くように胸元をはだけさせる。
俺は肩をすくめて怯えていた。
岩渕の顔が近づいてくるたび、反射的に顔をそらす。
「……っ、いやだ……こんな………!!」
縛られたわけでもない。
でも、腕はまともに動かない。
体が熱を持ってる。
頬も額も、触られて赤くなったところがじりじりと痛んだ。
14年前
嫌でもあの頃を思い出してしまう
今すぐ息の根を止めてもらえた方が断然楽だ。
発情も恋愛も人生も全部が真っ暗な暗闇にしか見えなくなる。
ただでさえフェロモンの強いオメガとして劣等種と差別されこの地獄を生きてきたというのに
14年前に目の前の男に試験体にされ
そのときからぶっ壊れたフェロモンを抑えるべく抑制剤を過剰摂取するようになり
俺は本当に欠陥品と化した。
そんな男に再び拉致され
あまつさえ抱かれるなんて、死んだ方がマシだ。
「…お、お前なんかに犯されるぐらいなら……殺された方がマシだ…っ」
「あ?よう回る口やなぁ…」
バチンッ