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そいつとあたしの初めての出会いはまあ、悪い部類に入ると思う。そいつはちっこい癖に妙に堂々と店の中に入ってくるなり、あたしを見て信じられないものでも見るような顔をして見せた。
あたしはあたしでつまらない店番を頼まれてイラついてたところで、ガキにそんな顔されちゃたまったものじゃない。たばこ吹かしながらガンくれてやったが、そいつはビビリもしなかった。それどころか睨み返してくるモンだからかわいげがない。
色白で金髪、パッと見外人かと思ったけどどことなく顔立ちは日本人っぽい。ハーフか何かだろう。佇まいのせいで大人びて見えるが背格好は小学校低学年くらいのチビ助だ。
こんなちんちくりんに舐められてると思うと無性に腹が立ってくる。そもそもこんなふざけたネバーランドみたいなガキくさい店の店番自体、やってられなかった。
そいつはしばらく、入り口に立ったままあたしを見ていた。
帰れと言わんばかりにそいつに向けてレジから煙を吹いてやったが動じない。
「ンだよ」
「買い物よ」
そいつはピシャリと言い放つと、一直線にレジまで早足で歩いてくる。訝しげにそれを見ていると、どういうわけかそいつは靴を脱ぐとレジをよじ登り始めた。
「……あ?」
そしてレジの上に立つと、まだ火のついたままのあたしのたばこを取り上げた。
「何すんだよ。返せクソガキ」
「冗談じゃないわ! アンタバイトかなんかでしょ? 誰だか知らないけど、この店でたばこなんか吸わせないんだから!」
「うるせえな! バイトでもねえしこの店は別に禁煙じゃねえだろうがよ!」
「そういう問題じゃないのよ! 折角の綺麗な服にたばこの臭いが染み付いたらどうすんのよ! アンタ弁償すんの!?」
「知るかよあたしの店じゃねえし」
たばこを取り返しつつそう言って、これみよがしにもう一度吸う。そして今度は顔に直接吹きかけてやったが、若干煙たそうに顔をしかめただけでそいつは全く引かなかった。
「あぁ……結衣《ゆい》……やっぱり吸ってる……」
そんな声が聞こえたかと思って入り口の方に目をやると、呆れた顔の姉ちゃんがこっちを見ていた。
「あ、ごめん愛美《まなみ》さん! レジの上に……」
チビ助の方は姉ちゃんの顔を見た途端大人しくなってレジから降りていく。それを面白くなさそうに見ていると、姉ちゃんがこっちにきてあたしのたばこを取り上げた。
もういいわそれ。捨てといて欲しい。
「露子ちゃんこそごめんね……。私ちょっと用事で店空けてて……」
「愛美さんは悪くないでしょ。悪いのはキレてレジに上がったあたしとそこで吹かしてた不良よ」
自分の非も認めるところがかわいくない。
眉間を歪めていると、姉ちゃんがため息をついた。
「たばこだけは吸わないでって言ったじゃない」
「覚えてねーな」
正直本当に覚えていない。適当に聞き流していた気がする。
「……はぁ。とりあえず店番ありがとう。もう帰って良いから」
「ああ。ちゃんと給料あとでくれよ」
姉ちゃんにそう返すと、チビ助があたしをにらみつける。
「愛美さん、こんな不良店員に給料なんて一円もいらないわ。それよりも服大丈夫? たばこくさくなってたらどうしよう」
「ああもううるせーな。丁度吸い始めの時にお前が来たんだろうが! ほとんどついてねーよ」
まあ、知らねえけど。
「いいからさっさと出ていきなさいよチンピラ!」
「こんなガキの白昼夢みたいな店、頼まれでもしなきゃ近づきもしねーよ! じゃあなちんちくりん、二度とあたしに面見せんなよ」
そう吐き捨ててドリィとかいうふざけた店を出る。
だけどなんだか、チビ助の顔と、露子という名前は妙に頭に残って余計ムカついた。
***
あたしが世の中おもしろくねーなって思い始めたのは、結構早い段階からだ。
今でこそ口調もナリも、チビ助の言う通りチンピラみたいなモンだけど、別に最初からそうだったわけじゃない。
とは言え、きつい目つきや三白眼、高圧的な長身は生まれ持った特性なんだけど。
「結衣」
家に帰って部屋で缶コーヒーを飲んでいると、困り顔の姉ちゃんがドアをノックしてくる。
めんどくせえけど給料は受け取りたい。入ってよと声をかけると、姉ちゃんはすぐにドアを開けた。
「はいこれ。一応ありがとうね」
含みのあるありがとうだが封筒はとりあえず受け取る。どうせはした金だが少しは遊べるだろう。
「さんきゅー姉ちゃん」
そう言ってグイッと缶コーヒーを飲み干していると、姉ちゃんは悲しげにあたしを見ていた。
「ねえ結衣、いつまでそうしてるつもりなの?」
「は? いつまでって?」
「お母さん、心配してるよ。仕事、もう一度探してみたら?」
そう言われた瞬間、何もかも冷めた気がして萎えてくる。
「……その内な」
「何かしたいこととかない? 仕事を仕事として探すんじゃなくて、やりたいことを見つけて……」
そのまま何やらぺちゃくちゃと喋ってるようだったけど、もうほとんど聞いてなかった。
面白くねえから携帯覗いてたら、姉ちゃんが急に両手を叩いた。
「そうだ! 結衣、昔はかわいいものが好きだったじゃない! 今日久々に少し触れてみてどうだった? 今も好きだったりしない?」
「ん? はぁ……うん」
めんどくせえを飲み込んで適当に相槌を打つ。
フリルだのリボンだのにもう興味はない。第一、着たって似合いはしないのだ。
「ねえ、あのお店結衣がやってみない? 前に話したと思うけど、私そろそろ家を出ないと――――」
「ああもううるせえな! テメエで始めた店だろうが! 男出来たからって後始末任せてんじゃねえよ!」
空っぽの缶を机に叩きつけて怒鳴ると、姉ちゃんは驚いてそのまま黙り込む。
なんだか幸せ自慢をされている気がして急にカチンときた。
「……ごめん。でも、畳むのなんだかもったいなくって……」
もうそれ以上やり取りをする気にはなれなかった。
話す気はもうない。再び携帯を覗き込んで改めてその意志を示すと、姉ちゃんはもう一度だけ謝って部屋を出ていった。
胸くそ悪い。
何でこんな風にしかならないんだろう。
封筒が思ったより分厚いことに気づくと、余計胸くそ悪くなった。
***
家で居心地が悪くなると大抵、あたしはバイクである場所へと向かう。
ちょっとした獣道を難なく駆け抜け、適当にバイクを停める。そしてバイクに寄りかかり、あたしはちょっと不気味なその建物を眺めながらタバコを吸い始めた。
ここは放置された山小屋だ。
妙に不気味で、幽霊か何かでも出そうなその場所は、あたしにとっては煩わしいものが何一つない安息の地となっている。
「……はぁ」
姉ちゃんとのやり取りを思い出すと、自然と煙は下に落ちた。
大体こういう行き場のない胸くその悪さはここにいると落ち着く。そう思ってのんびりとタバコを吸い、二本目に火をつけていると不意に足音が聞こえてきた。
警察に職質でもされるのかと身構えたが、足音とともに目の前に現れたのは、金髪のちんちくりんだった。
お互いの目が合って、そのままその場で停止する。
黒いゴスロリ衣装のちんちくりんはしばらくあたしを見つめた後、やがてどうでも良さそうに通り過ぎていく。
「おい」
山小屋の中に入って行こうとするその背中を呼び止めると、そいつは面倒そうに振り返った。
「何よ」
「二度とあたしの前に面見せんなっつったよな」
「は? アンタが勝手にここにいたんでしょ。煙臭いからさっさとどっか行きなさいよね」
かわいげもなくそんなことをのたまうそいつに苛立って、あたしは思わず舌打ちする。
「ガキがこんなとこに何の用だよ。一人で肝試しか?」
「仕事よ」
「はぁ?」
あまりにもとんちんかんな返答だったが、そいつの顔は至って真剣だ。そのせいで、余計にわけがわからない。
小学生のガキがこんなところに何の仕事だというのか。
「説明してもわからないだろうし、ここは危険だからはやく帰りなさい」
「いや意味わかんねえし。ここには何度も来てるけど別に危なかったことなんて一度もねーよ」
あたしがそう答えると、そいつは頭に手を当てて一度ため息をついて見せる。
「運が良かったわね。ここ、心霊スポットだって知らない?」
「どうだかな。そんな馬鹿馬鹿しい話は知らねえよ」
霊だのなんだのは信じていないし興味がない。確かにここは心霊スポット然としているが、だからと言って怖気づきもしない。
「で、チビ助のお嬢ちゃんはここに何のお仕事なんだよ」
あたしの言葉に、そいつはしばらく答えなかったが、やがて諦めたように答える。
「除霊よ」
そいつが至極真面目にそう答えてから、しばらく間があった。というか、あたしが飲み込むのに少し時間をかけた。
笑える冗談だな、という気持ちと同時になんだか萎えた気分がこみ上げてくる。
これだけ自信満々で何を言い出すかと思えば除霊だ。結局ただのごっこ遊びだったのかと思うとつまらなくて萎えてくる。
そう考えると今までの言動全てもどうでも良くなって、思わず深いため息をついてしまった。
そこでようやく、あたしは自分がこのガキに何か期待をしてしまっていたことに気づいて気分が悪くなる。
一体何を期待していたんだかわからないが。
「ああそうかいそうかい。じゃあ頑張っておばけやっつけてきな」
もう取り合うのもアホくさくて適当にそう言ってやったが、そいつは動じなかった。
「ええ、そうさせてもらうわ。アンタはいつまでも目的もなくぶらついてないでおうちに帰りなさいね」
そう言ってそいつが背を向けて手をひらひらと振ると、カチンときたあたしはバイクのサドルを力強く叩いた。
「うるせえな。じゃあ何だよ。除霊ごっこのクソガキにはきちんとした目的があるってのかよ」
「あるわ」
そいつは振り返りもせず即答する。
「あたしは最高のゴーストハンターになる。そのために戦い続けるって決めてる」
ゴーストハンターだの戦いだのと、中二病みたいな言葉をよくも恥ずかしげもなく言えたものだ。
そう思う一方で、あまりの真剣さに気圧されている自分もいた。
「……アンタは何もないの?」
「関係ねえだろ」
「……愛美さん、心配してたわよ」
予想外のタイミングで姉ちゃんの名前を出されて言葉に詰まっている内に、そいつはそのまま山小屋の中に入っていく。
「…………何だってんだよ」
火の消えかけたタバコを捨てて踏み消し、釈然としない気分のままバイクにまたがった。