「い、いや、それだと俺が困るだろーが!」
「何れぶちょぉが困るんれすか! 失礼な人れすね! わらし、一緒に寝たからって襲ったりしませんよっ!?」
「何、バカなことを!」
「バカ!? そっちこそわけ分かんないれす。ひょっろしれ、襲っれ欲しいんれすかっ!」
「んなわけあるかよ!」
(いや、だからっ! 襲われるのはお前の方だと何故思わない!?)
余りに危機感がなさ過ぎる荒木羽理に、大葉は気にし過ぎている自分の方がおかしいんじゃないかとさえ思い始めて。
「らったら問題ないれしょー! ほりゃ、歯磨きも済みましたし、ちゅべこべ言っれないれ、しゃっしゃと寝ますよ!? ――明日も仕事なんれすからっ」
最終的には何だかそんな風に丸め込まれてしまった。
そう。
ユラユラ揺れる荒木羽理と二人。
洗面所で二人並んで歯磨きをしたのはついさっきのこと――。
あの時、荒木が使い終わった歯ブラシを何気ない素振りで手を出して回収した大葉は、それを見詰めながら密かに思ったのだ。
(持って帰って使えって言うのが正解なのかも知れん。……けど、また同じようなことがあったら面倒だからな。あくまでも未来に備えてだっ!)
――何度も新しい歯ブラシを出す羽目になったら敵わんからな、とか何とかもっともらしい言い訳をしつつ。
荒木のためにと新しく出した歯ブラシを、とりあえず自分の歯ブラシと並べてコップに立ててみたら、何だか同棲しているみたいでいいな♪とか、浮足立ってしまった……なんてことは、断じてない。
荒木の方はぼんやりしているからか、使い終わった歯ブラシの行方になんて興味がないらしい。
「ほりゃ、寝ましゅよ?」
となって、先の会話へと繋がったというわけだ。
***
結局大葉は荒木羽理に押し切られる形で彼女と二人、自分のセミダブルベッドで同衾する羽目になってしまった。
荒木の体温を何となぁ~く右側にほこほこと感じながら……落ちない程度に思いっきり左の端っこへ寄っているのだが。
荒木ときたら、「おやしゅみなしゃい」と言って横たわるなり、大葉の「ああ、おやすみ」という返事を聞くか聞かないかのうちにスースーと気持ちのよさそうな寝息を立て始めて、大葉は(マジか!)と思わずにはいられなかった。
慣れない部屋で、荒木が夜中にトイレへ行こうとして転んだりしてはいけないと、シーリングライトをほんのりと薄明りになるよう設定してやったのが仇になって、真っ暗でないと寝付けない大葉の目は冴える一方。
オマケというか、トドメというか。薄闇に眼が馴れてくると、すぐそばで眠る彼女の寝顔がぼんやりと見えてきてしまう始末。
だが――。
(ぶはっ。ホント抜けた顔で寝てるな、コイツ……)
そっと身体を起こして荒木羽理の寝顔を盗み見たら、綺麗な顔をしているくせに、ポカーンと口を開いて寝ていて妙に拍子抜けしてしまった。
(……やっぱり口閉じ忘れたカエルだな、こいつは)
なんて思うくせに、それがたまらなく可愛く見えてしまうのだから重症だ。
ただ、その無邪気な(?)寝顔を見て襲う気になれるか?と聞かれたら少し違うなと思って。
大葉はほんの少しホッとする。
ちなみに寝ぼけた荒木に踏まれては可哀想なので、キュウリは今夜だけリビングに置いてあるケージで眠ってもらっている。
幸いキュウリはとても聞き分けのいい子なので、大葉の切ない視線につぶらな瞳で『分かりまちた!』と言わんばかりに応えると、大人しくケージ内のベッドで丸くなってくれた。
だから、いま寝室には本当に荒木羽理と大葉の二人きりだ――。
(襲われるかも?とか微塵も思わねぇのはどういうわけだよ、荒木……)
「俺だって男だぞ?」
聞こえるか聞こえないかの小声でつぶやいてみたけれど、荒木はふにゃりと笑うと「やーん。しょんな大きいの、食べ切れましぇんよぅ……」とか何やら平和な夢を見ているらしい。
「バカ女……」
悔しくなった大葉は、幸せそうに笑う荒木の鼻をギュッとつまんでやったのだけれど。
「ふぎゃっ。……鼻の穴に豆がっ」
なんて言葉とともに、荒木がギュッと大葉の手を掴んで――。
「ジャックと豆にょ木……」
とかなんとか寝言を言いながら、大葉の腕を、まるで豆のツルに見立てたみたいにグイグイ引っ張ってきたからたまらない。
「わ、ちょっと待て……っ」
そんなことをされるだなんて思っていなかった大葉は、バランスを崩して荒木のすぐそばに倒れ込んでしまった。
さすがにコレはまずいだろ!となって、慌てて起き上がろうとしたのだけれど。
どんなに足掻いてみても掴まれた腕が振りほどけないばかりか、もがけばもがくほど何故か荒木がギューッとしがみ付いてくる力が強くなる始末。
オマケに気が付けばむき出しの太ももまで絡みついてくるから。
大葉は息子に血が集中しないよう般若心経を脳内再生する羽目になってしまった。
***
結局ほぼ一睡もできないままに朝――。
明け方になってやっと。荒木羽理が「あー! それは私のお稲荷さんです!」という謎の寝言とともに寝返りを打ってくれるまで、大葉は念仏を唱え続けたのだ。
ガチガチに固まったまま身動きの取れなかった身体は、あちこちがギシギシと痛んで。
オマケに刺激され続けた息子もギンギンで疲労困憊。
朝一でシャワーを浴びて、とりあえず色んな意味でスッキリしたのだけれど、寝不足だけは如何ともし難かった。
風呂上り、リビングの壁掛け時計を見ると、まだ起きる時間までは数時間あった。けれど、そのままベッドに戻っても眠れる気がしなくて。
ふとケージを見るとキュウリのつぶらな瞳と目が合って、『お父しゃん、どうかしまちたか?』と問い掛けられているような気持ちがした大葉は、「うりちゃん!」と彼女をケージから出して、まだ薄闇に沈んだ静かな町を可愛い〝彼女〟とふたりきりで散歩することにした。
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