僕の名前は誰もが知ってっている。そう 舩橋 仁途(ふなばし じんと)
名前の由来(いみ)は知らない。聞いたこともなし教えてくれたこともない。
歳はまだ十六だけれどそんな
僕にも夢がある。
そう 世界の中心で鼻をかむことだ。
なぜかってそりゃ色々あってさ。まガキが生意気な事言ったみたいなもんさ。
それより、みんなは世界の中心ってどこにあるか知ってるか
それは、ヨーロッパにある、トルコという国だ。
これは初耳だ。びっくりしただろ。俺もびっくりだ。
てっきり海かと思っていたからだ。
どっかの国で良かったと思う。この夢をするためには。
それより、僕は今亡骸(むかし)のことを語っている。
話はとても急変したけど、
ここに来るまでの道のりはとても大変だった。
そのストーリーを聞いてくれって話。
まず、トルコに行くためには一人では行けなかった。
成人していなかったのと、お金そう金銭的な事情で行けなかったのだ。
バイトも禁止の学校に通っていたのが肝だった。
アルバイトもできなかった僕それから苦しいことも嫌なことも全て自分のためだと、一生懸命に取り組んでいった。
そして一年生が終わる頃、僕は成長したと誰からも思われるような人になったと思う。
いや、なったと。
そして夢に見たことがすぐ目の前にあるのではないかと。
僕は変わったから今なら可能いやできると確信に満ち溢れていた。
そして春休み。
一番大事な時期(とき)だと僕は考える。
怠ける人は怠け、努力する人は成長する。
怠ける時間なんてどこにもない僕は必死になって努力した。
寝る時間すら僕には勿体ないとおもう。
自分を(ぼく)見て、周りの人はバカにする。
けどそんなこと、しちゃっことない。
夢を追いかけるときに決めたこと。
人の夢すら応援できない人は、誰からも応援や頑張りの声なんてもらえない。
そんなこと紀元前からきまっている。
一回決めたことは全てやり切る。
これしか僕には取り柄がないと自分で自覚するほど取り柄がないのだ。
だが夢に向かって頑張るだけで応援してもらえるなんて…
僕の目には潤った滴がこぼれ落ちた。
こんなこと今までなかったのにとすごくすごく今干渉してしまっている。
少しくらいは干渉しても怒られないよね
そして春休みが終わるニ日前
僕は成長なんて言う言葉では表せれないほど
いやもっとだ。
慢心に満ちた心が踊る。
こんな気分は生まれて初めてだ。
人生はこんなにも楽しいのだと実感を果たした。
所持金現在十五万二千七百六円。(15万2706円)
一ヶ月ちょっとで僕は十万も集めたのだ。
これはすごいことではない誰でもやればできることを、
今いやこの春休みを通してみんなに実感させたのだ。
人間といのはその気になれば、なんでもできるということがわかる。
夢への階段(みち)は確実に進んでいる。
いやエスカレーターのスピードで登っている。
一年生が終わり二年生になる。
こんなあっけなく一年間が終わると思うととても怖い。
あんなに長かった一年が今となってはこんなに早く終わってしまう。
早く一年が終わってしまうのではないかと。何度も考えてしまう。
それほど一年というものは今の俺にとってものすごく大切なものなんだ。
けど、日を追うことに迫ってくる恐怖。
あんなにあった自信も学校開始と同時に消えていった。
とても考えられない。人間というものはこんなにもあっさりと失うと、考えると。
いや今時点の俺にはまだ考えるには早い。
自信がなくなっても夢がなくなるわけではない。
そのことを信じて歩いている。
近道も遠回りもない。
ただ信じた道を歩むだけ。
行くことばかりになっているが、肝心のことをすっかりと忘れてしまった。
なぜ「世界の中心で鼻を噛む」ということだ。
これには深いわけがある。
話せば長くなるだろう。
あれは僕が物心つく前だった気がする。昔のことだからもう覚えていないけど、
確かなことはあれは僕の人生を変えるには十二分過ぎた。
ある日それは突然起きた。
僕は目覚めてすぐに気づいた、そう時間がないということに。
迫りきった少ない時間と共に。
人生はとても長いようで短い。そんなものは一瞬にして消えていった。
僕は昔から何事も最後までやり通すことを決めていた。
例えば、ゲームや勉強そして身の周りのことも全てやりきっていた。
祐逸できなかったのはそう鼻を噛むことだ。
昔から苦手でいつも吸引機みたなので鼻水を取っていた。
気づいた時にはすでにやっていたから、昔からなんだろう。
自分で噛めないことに僕は劣等感を抱いていた。
周りの子は学校のトイレで噛んでいたりしているのに…
周りの同級生は自分で噛んでいるのに、僕は機械に頼っていることに…
それがコンプレックスになる。
小さい時にできたコンプレックスは一生引きずってしまう。
なんでできないのだろうと毎日考えては砕け、考えては無理という結論しか出てこなかった。
こんな僕は人とは違うことをしているという。
小さい子は悪意がないから余計に傷つく。
鼻を自分で噛めないことをバカにしてくる。
「お前まだかぁーちゃんにかんでもらってんのか」
「ダッセェ〜なー」
なんでこんなに言われるの?
人間には欠点があるのに、それもわからず、ものを言ってくる。
とても嫌だった。小さい僕には、耐え難いことだった
そのせいで僕は学校自体が嫌いになっていく。
そんなことをしてもできるわけないのに学校のせいにしては、自分は逃げて、
けど行かなくなったらってかめることはなく自暴自棄になり、全てのことができなくなっていった。
このせいで僕の人格は曲がっていったんだろうと思うと
これが僕の人生を大きく変えていくとこもわからず。
そんなこんなで小学が終わる頃。僕は完全なる不登校になっていた。
そのこともイジられ、まぁ今思えば当たり前のことだけど、
当時は、アイツらが全て悪いと、思っていたんだろうと思うと笑えてくる話だ。
そして中学校の記憶はほとんどない。
強いて言うなら最後の方だけは覚えている。
鼻を自分で噛むまで学校は行かないと思っていたからだ。ただ行きたくなかっただけだ。
なんて皮肉なことをしていたんだろうと、過ちを今思う。
吸引機も自分でやっているのではなく、親にやってもらっているということも
ひとつの原因ではないかと今思う。
練習の毎日だがそれも嫌気がさしてきた頃
中学校一年生が終わってしまう。
何もしてなかったから、あっという間に終わった。
何も成長していない。ただできないことだけが増えていく。
ますます劣等感が自分の心にある何かを飼い太らせた。
鼻を自分で噛めないという現実を突きつけられる度、自分が嫌になっていく。
親も兄弟も全てが嫌だ。嫌いになっても無理なのことなのに。
自分は何ができるのかわからなくなっていった。
鼻を噛む練習を五万とやったが、できないどうしてもできない。
なんで、どうして…
悩みが大きくなっていくみたいで、病気なんじゃないかと思ったこともたくさんあったが、違う気がする。
噛めないのは自分のせいと思い始めるには、まだ早い。
環境のせいや、人のせい色んなせいにしたが、やはりできなかった。
今考えれば当たり前のことが、当時はそう考えていた。
そんなこんなで中学二年生になる。
思春期も重なり、ますますできないことが、恥ずかしくなっていった。
自分はできていたのに、できなくなることは、嫌と言うほど辛い。そんなことはわかっているのに。
ある日急に鼻の周りに違和感を持った。この世の終わりくらいの痛さだった。
緊急で病院に行った。
そこで受けた診断結果
鼻腔ガン(びこう)(ステージニ)
災厄の診断だった。
全てが崩れ落ちた。
何もかも。
心にポツンと穴が開いた気がした。ここにきての災難。
自分が嫌になっていく。
鼻腔ガンとは…鼻の中にできたがんの総称
鼻腔の悪性腫瘍のなかには、扁平上皮がん、悪性黒色種、嗅神経芽細胞腫、腺様嚢胞がん、腺がん、悪性リンパ腫など
様々な病理組織学的な種類があります。 症状としてよくみられるものは、鼻づまりや繰り返す鼻血などです。
症状…鼻づまり・鼻血(少量でも)・頬のしびれ・片側だけ涙が出る
というものだ。
そこで全てを悟った。何もかも今まで鼻を噛めなかった本当の理由というのを。
今思うと関係はない気がする。ただ噛めなかっただけだと。いやただ僕が逃げていただけということ。
それを聞いたとき僕は息ができないくらいに、胸が苦しかった。
なんで僕ばっかこういう目に遭うのかと。
自分をたくさん、いや数えきれないほど呪った。
そんなんしても意味がないことなんて、重々承知しているのに、けどそれを少しでも紛らわすために、
必死になって現実から逃げようとした。
病院からも逃げ出そうとした。
けど逃げ切れることもなく時間だけが過ぎていく。
何もできない日が過ぎていく。
なんでだよ…
俺はただ普通に平凡に生きたいだけなのに、それをどうして、神さんは許してくれないのだ。
(不平等にも程がある)と自分が、一番不幸な人と言うことにして、
自分は現実逃避をした。
情けない自分が嫌いになっていく。自分もせいなのに。どうでもいい。
そんな中僕の隣に入院した子がいる。その子は小さい女の子だ。
その子は深刻な問題を抱えているらしい。隣からちらっと聞こえたのだ。
なのに、どうして、あんなに、楽しそうに毎日を過ごしているのを、隣からいつも見守っていた。
必然的に自分はあの子より劣っていると自覚した。
あんなに小さい子が一生懸命に生きているのに、こんな僕は何をしているのかと。
自分に自問自答を繰り返した。
俺もあの子みたいに何事もないように振る舞いそして、逃げずに闘うあの子みたいになりたいと、
この小さい小さい心に誓った。
次の日。
俺はその少女に、話しかけた。
その子は僕の話や自分の話をしてくれた。辛いのに自分の話をしてくてるその子はとても、
強くて勇敢で、世に出ても通じるんだろうなと思った。
その子は心臓病や急性疾患など数多くの病を背負っている。
それなのに、何事もないように振る舞えるのだろう。
あの子は、自分自身に、感傷してもいいのにと思った。
また翌日。
その子の名前を聞いた。
その子はは柳 梨琉 (やなぎ りる)というらしい。
素敵な名前だ。可愛らしさもある。
そんな梨琉ちゃんはいつも遊んでくれた。
そして、梨琉ちゃんは僕にこう言ってきた。
(人は人同士が支えたって生きるんだよだから居なくていい人なんて、
どこにも居ないんだよ。お兄さんもどこかでは必要とされているんだよ)と
この言葉を聞いて俺はハッとした。
世の中の道理もわからない、こんな子があたかも知り尽くしている感じ。
こんな言葉までくれるなんてこの子は一体なんだろうと。
まだある余生。
後悔ないように必死になって生きようと思った。
梨琉ちゃんに恥じない姿勢でこの世を満喫しようと約束した。
だが、梨琉ちゃんは、俺が入院して六ヶ月が経つ頃に九つという年齢でこの世を去った。
早すぎるんじゃないの。と自問した。答えなんて当に出てるのに。
その日の夜、俺は一晩中悲しみに溢れた。俺の目から滴いや涙が出てきた。
優しくしてくれたあの日のこと、そして俺のために送ってくれたあの言葉を忘れるわけない。
心に刻み、彼女の分まで生きることを決意した。
そして梨琉ちゃんに顔合わせができるようにまず、四年間行ってなかった学校へ足を運んだ。
とても辛かった。行きたくないっと心が言っているのに、体は学校に行く準備をしている。
退屈で嫌で、どうしようもないだが、ここでまた止まったらもうダメということを、
知っていたからこそ行くと決心した。
中学二年の三学期初めて中学校というものに行った。
一回も行っていなかったせいで見られない顔。そして、小学校の時よりも大きくなった同級生。
まるで別世界に足を運んでしまったのではないかと、思うほど違ったいや違い過ぎた。
そこは小学校とは違い、全然馴染めなかった。
ただ一人だけ追いつけてない勉強。そして行動力などひきをとった。
三日行ったがもう行きたくなかった正直きついし、毎日がストレス。
そんな中、僕に話しかけてくれた一人の少女がいた。
その子は今でも覚えている。あの顔を忘れるわけない。
そう誰にでも優しい、典型的な少女だ。
漫画とかいる、あのヒロインみたいな人だ。
彼女の名は覚えていない。顔は覚えているのになぜか名前だけ出てこない。それだけが心残りだ。
その子に僕は全てを話した。
話したくなかったのに身体が勝手に話してしまった。何してんだ俺。
多分どうでもいいから、適当に聞いていると思っていたが、その子は違った。
真面目に話している僕に、相槌を打ったり、しっかりと聞いてくれたのだ。
俺は嬉しかった。俺のことを知ってくれる人がいるなんて。
その子は辛かったよねや頑張っているのだえらいねなど、僕の自尊心を讃えることを言ってくれた。
僕はそこで、今までしてきたことがいかに馬鹿らしいかということに、今気がついた。
僕の人生が変わったのは、この出会いが関係していると思う。
みんながしてないっと言っていたとしても、僕は認めない。
これは僕の人生で、僕が決めることだから。
中学三年生の夏僕には一つ夢ができたのだ。そうそれが
「世界の中心で鼻を噛む」
ということだ。無謀なことではない、やればできると考えた。
僕はすぐさま行動をしたが、思い通りに行かないことばかり。
この夢を応援してくれる人がいないということだ。
人が本気になってやっているのに、人(たにん)はバカにする。
だがそんなことで諦めるほど、僕の信念は甘くない。
だが世の中はそんなに思い通りに行くほど甘くない。いや甘くしてくれないのだ。
苦労の連続。計画を立てるだけで夏休みを使ってしまった。
こればかりは計画通りではなかった。
計画通りにいかない自分に嫌気がさすことも多々あった。
夏休みまでには、計画を立ててそれに必要なことを調べて、用意して、
高校一年生までには終わらせるつもりだったが想像するよりも、遅く
大変だったのだ。
中学校が終わる頃には、予定が立て終わった。
そして春休みは、この短い人生の中でも最も濃厚な春休みだと思う。
高校入学から密かに練っていた計画がある。
それは誰もが知ることもない。今考えることではない。
時は戻り、俺は過去の思い出に浸っていた。いいもんだ。昔の余韻に浸るのは。
ふとカレンダーを見たら、今日から新学年そう高校二年生に進学したのだ。
嬉しさもあるが、同時に困惑もついてきた。
この夢が迫ってきているのだと言うことに。あと持病も進んでいることに。
けどこんなこと気にしていたら時間が持ったない。今できる最善のことをしようと、
心に決め行動した。
高校二年生のゴールデンウェークの出来事。
この日は家族で出かける予定だったが、急用が入り急遽なくなった。
家で一人で留守をしていた時に起きた。
いきなり顔周りが痛くなり、とんでもない激痛に襲われた。
意識があったが、段々と意識が朦朧としていく。
気づけばあたりは真っ暗になり、何も…
このまま俺は死ぬのかと悟った。だが神さんは、それをも許してくれなかった。
次第に意識が戻ってくる感覚と共に、点滴の音。 心拍を測る音。
聞こえたのは静かなところにいる音。
目を覚ますと、辺りには真っ白な景色が見えた。天国かと思ったが、目の前には看護師がいる。
今俺は病院にいる。
あの後俺はデジタル時計のセキリュティによって家に救急車が来て、病院に運ばれのだ。
当時、俺は持っている持病の悪化が怒涛のタイミングで起きたのだ。
朦朧とする意識の中、眼前に親と看護師そして、医院長がいた。
そして医院長から告げられたのは、思わぬ言葉だった。
「患っている病。
鼻腔ガンが最終ステージに入ってしまいました。
末期症状ステージ四です」
それを宣告された俺は、頭の中が真っ白になった。
やる事がまだやりきれていないのに俺は死んでしまうのか。
夢を達成せずに今世が終わってしまうのか。
などいろいろな事が俺の頭をよぎった。
これからどうすればいいのかこれから先のことが思いつかない。全てがどうでも良くなっていった。
それなのに俺は生きている。もう半ば諦めた。全てのことや考えを。ただ毎日が怠惰。そして惰眠した。
そして、俺は人生がどうでも良くなった。高校二年生の秋。
気づいたら俺は、三ヶ月以上の長期入院をしていた。どうでもいいから。状態は一向に治らない。
ただ悪化していくだけで何も進展しない。何もしない毎日がただ過ぎていくだけ。
俺はなにをしているのだろう。ただ息をして生きているだけ。愚痴をこぼし。
そんな中俺は夢を見た。
それは初めて入院した時の夢だ。
あれは隣に来た少女との夢だ。隣になった少女は、いつも明る毎日楽しそうに生きている。
そんな少女に俺は元気付けられたのを覚えている。
見たことのある顔。そして、聞いたことある声。それは微かながら記憶にありそうでなさそうな出来事。
そして目を覚ますとその子はいなくなっていた。俺は心の中で疑問に思った。
なんでいないのと。気づいた、その子は死んだのだと。
俺はその時自分の名前を呼ぶ声に反応してそっちの方向へと向かった。ある一つの影が薄っすらと見えた。
それを見た俺は必死になって走った。段々と近づいている。手が届く寸前。
俺は目が覚めた。混乱した。どういうことかと。そして、まだ薄っすらと残っているこの現象(ゆめ)。
そして最後俺の名前を読んだのが誰なのかを考えた。
その日はずーっと考えていた。思いつくことはなかった。結局誰が俺を読んだのか。
考える日が続いていく。淡々と過ぎていく。自身(おれ)のことを放棄してまでだ。
ずっと考えているある日。
俺は何をしてんだっと、嫌気がさしてきた頃、俺は退院した。ある程度の状態まで回復したからだ。今までは良くなかったのに。
あの夢を見てからだ。よくなっていったのは。
だが、元気が出るほどではない。多少はマシになった気がするがきのせいだろう。そうでありたい。
そんなことを考えながら家に帰宅し、部屋に入り、カレンダーを見た。
五月から時が進んでいなかった。それはそうだな。何故か部屋(ここ)にいると昔に戻った気分になる。
そうか半年もの間俺は、病院という場所で逃げていたのか。そこで俺は何がしたかったのだろう。
ただ逃げてそして、諦め、考えることもしなくなって。もうどうすればいいのだ。
人生はこんなに嫌で、吐き気がして、もういい何もかも全て。
この時は、この時はそう思っていた。
秋も過ぎ、穏やかな季節から、肌寒い季節の幕開けが開始する、時期に差し掛かった。
相変わらず俺は何もしていないし、学校にすら行かなくなった。
昔も、こんなことあったなと思うが、記憶(そんなの)がないに等しすぎる。
皆は冬休みというのもに差し掛かるが、俺にはそんなの関係ない。
雪合戦、雪だるま、かまくら作り、凧上げ。皆は外でやるのだろう。
俺はできないし、やりたくもない。そんなことばっかり考えているのだろう。
そのおかげでネガティブ思考になっていった。もうそろ死のうかと考えている。
けど死ぬためだけの勇気はない。情けない。
それで辿り着いた先は、逃げて逃げて引きこもるという。
胸糞が悪い。そんなことも許せなくなる俺はもう一人の人として終わっていた。
時間というのはとても速い。あーもうこんな季節か、そんな時期かと思っているうちに終わってしまう。
二十四時間ある。三百六十五日。そんなもの数えるよりも速い。時ってゆっくりにはならないのだろうと、
考えてしまった。勿体無い。何自惚れているのだろう。
そして冬休みが終わり皆は三学期というものに入った。
巷では、一番楽な学期というのを耳にするが、この俺にとっては関係ない。
授業数が少なく早帰りも多いので楽らしい。
もちろん学校なんか行くわけもなくそんなの俺にとっては関係がない。
そして今もなお俺は冬休み状態だ。
情けない。だらしない。頓知気すぎる
俺はふと思う時がある。俺は人生を損していると思う。
ただでさえ持病のせいで死が迫っているのに。何をしているのかと。
考えている時間をなくせば、残りの余生を過ごすには、十二分過ぎた時間。
そんなことを考える時間(とき)など当に過ぎた。今更考えるのも意味がない。
ある日の夜。早めに寝た俺は夢を見た。どうせろくな夢じゃねぇだろうと。
だがこの夢は、俺のこれからの過ごし方を大きく変える夢(もの)となる。
水が薄っすらと全体に張っている場所(ところ)に立っている。ココはと俺は言う。
そして目の前から一人の少女が歩み寄ってきた。その少女には見覚えがある。
それはあの時の少女だ。名前は確か…
そう考えているうちに少女が喋った。
「私のこと忘れたの。覚えておくって約束したじゃん。このバカ。
梨琉(わたし)だよ忘れたの。思い出してよ」っと泣きながら言った。
そうだ思い出した。初めて入院した時に隣に来たあの元気な女の子(しょうじょ)梨琉だった。
けど、今の俺には梨琉に会うことなど許されない。約束を破っていたからだ。
こんな子(りる)との約束も守れないで何ができるのだ。と自分をあざけけるよに自問した。
「約束守れなかったね。」と梨琉がいった。
その言葉で俺は下を向いた。顔なんか見れるわけがない。そうしないといけないという俺の本能(こころ)が言ったからだ。
「私(りる)は気にしないよ。私にとっては、簡単なことだと思ったけど、お兄さんにとっては難しいことだったから。
嫌になるくらいなら、破ったほうがマシなんでしょ。私は何も思わない。
ただ、そんなことをした自分を嫌いにならないで。私は嫌な気持ちになるお兄さんが嫌だから。」と震えた声で俺に言ってきた。
それを聞いた俺は「ごめん」という言葉しか思いつかなかった。こんな時にも何も言えないのか。ほんとに情けない。
だけど梨琉はそんな俺に言葉をくれた。
「自分を嫌になるのは誰しもある。私もこんな私は嫌だと思うし、私が思うんだからお兄さんも思うよね。
それは仕方のないこと。」そう言った梨琉の目には涙がいや、滴がこぼれ落ちた。
そして震えた声で
「けど私は、お兄さんの落ち込んだ顔や雰囲気だけで私は悲しくなる。
空(うえから見てるけど毎日が楽しそうじゃないし、退屈そうな感じがあるでしょう。
私が助けに行きたいけど、こんな状態の私は無理だよね。だからさ。
私と約束したこと覚えてる。」と質問をしてきた。
残念ながら俺は覚えていなかった。忘れてしまったのだ。さらに下を向き、さらに顔が見れなくなっていった。
そんな俺を見て何か悟るものがあったのだろう梨琉は、沈黙してしまった。
そんな中俺があることを言った。
「俺、もうそろ死ぬんだよね」それを聞いた少女はこっちを向き、少女の目は正気(せいき)を失っていた。
それを言ってしまったが故に、さらに沈黙が続いた。
三十分くらい経っただろうか。俺は気づいた。
目の前から少女がいなくなっていた。そして目の前が眩んだと同時に俺は跳ね起きた。
一瞬の出来事(こと)だが時間は、朝の八時をさしていた。また不思議(おかし)な夢を見た。
これは何かを示しているのかと、朝から思考を巡らせていた。今回は前回と違いはっきりと覚えている。
俺は、ここから壮大なことが起きることをまだ知らなかった。知る由もなかった。
桜の咲く季節へと進んでいく中俺にある出来事が起こった。
それは、高校へ行かなかったせいで留年をしてしまったのだ。情けない。
俺はほんとに行きたくなかった。留年したからではない。ただ行きたくなかったからだ。
いけなくなったとは言え、一度決めたことはやりきる。残っているものはない、だから夢は諦めない。
また新たに夢への挑戦(チャレンジ)をすると心に決めた。今までの行いは時間の無駄すぎた。
何もかも中途半端だった俺に残っているものはない。バカしたと。
その日の昼。俺はパソコンを起動させ、あることを調べた。忘れていたことを思い出すためだ。
「世界の中心 どこ」場所を忘れてしまったため、もう一度調べなおした。
この検索結果のもと、出てきたのはトルコという国だ。そうだ思い出した。
そしてそのトルコについて俺はもっと調べた。思い出すためだ。
「トルコ 料金」と検索した。たくさんのサイトや色々な値段が出た。
そかにも「トルコ ホテル」、「トルコ 行き方」。など
自分の夢を思い出すためにたくさん検索した。そして色々閲覧した。
確かながら夢へのやっていたことを思い出し、お金を集めるを忘れていた。やらかした。一番大事なことを。
急いで今持っているお金を探した。場所は覚えていた。二段目の引き出しだ。
所持金現在十七万三千二百六十一円(17万3261円)
増えているのか、減っているのかもわからない。ただ言えることはトルコに行くにはたりないということ。
お金を集める方法。と調べたいが、そんなの意味がないな。そこは素直に諦めた。
バイトに明け暮れる日々は勿体無い。けどそれ以外にお金を集める手段が他にない。仕方なく今応募がかかっているバイトに応募した。
あとは、連絡が来る次第。ほかの事をするか。他に何ができるのか。
はっきりという。できない。することがない。
それしか思いつかない。バイトの応募の連絡次第でしか、何もできない。
それから日は経ち、ある日の出来事。日が暮れかけている時に俺のスマホから通知が来た。
滅多に来ない通知だからこそ一瞬で分かった。 この前応募したバイトの通知ということ。
スマホの電源をつけ、通知を押して確認をする。長々と文が書いてあったがスクロールをして一番最後のところまで飛ばした。
採用。この二文字を見て、内心俺は安心した。ここまで飛躍的に進んでいるが、一応面接もした。
その結果の採用だ。これでお金に関して困ることはない。
そんなことよりも、いつ行くか。ずーと考えているが決まらない。いや後回しにしていたのだ。
でも早めにするのもお金が用意できない可能性もあるし遅すぎると逆に持病で死んでいる可能性もあるからと、
そんな理由で後回しにしていたのだ。でもそろそろ決めなければならない時期に迫ってきた。
あーだこーだ言っていれないのだ。そんなけ放置しまくっていたのだ。こればかりは自分のせいだ。呆気なく認めざるおえないのだ。
一年越しのゴールデンウィークが迫ってきている。この時期にはいやな思い出が蘇ってくる。
昨年は入院していたから思い出もないし、入院したということが嫌だ。迫り来る恐怖。
今年は予定もないし、何もないけどゴールデンウィークくらいは、ゆっくりと過ごしていたいからだ。
とか言いつつもバイトのシフトが入っているので結局、予定はあるのだけど。
何事もなく無事にゴールデンウィークが終わったがまだ俺は恐怖が残っていた。
いつ持病が再発してもおかしくない。そのせいで俺のできる行動に制限がかかっているのだ。
そして五月病とやらに周りはやられていく中、俺はバイトに明け暮れ、そんなこと関係がなかった。
所持金現在二十六万七千五十一円(26万7051円)
確実に増えていっている。自信というものがついていきた。
そして旅行会社のサイトを色々と検索した。行く準備をしなければいけに時期まで迫ってきたからだ。
そして探しに探しまくった結果。
三十一万円でトルコに行けるという。飛行機の予約をした。夢への階段が一気に進む感覚がした。六月の風と共に。
そして八月にはいる時期と同時に行くという日程もそこで決めた。あとは足りないお金を稼ぐのみ。
そう思っていた。この当時は…
六月の半ばに迫った頃だろう僅かながらに自身の身体(からだ)に違和感があった。働きすぎた疲労かと、軽く思いそこまで気には止めなかった。
だがそこで気づいていれば、多少は救われたのかもしれないと後々後悔をすることになる。
バイト先から帰路に着いた時、俺は目の前の視界が暗くなり、苦しさに襲われた。掠めていく視界。これはやばいと直感で感じた。
そして俺は路地で倒れ込んだ。六月二十一日の夕方。
ピッピッと音が鳴っていることに気づいた頃には、俺は病院のベットで寝ていた。
あの後すぐに人が通り、通報してくれたと言うのだ。その人に感謝をしなければなと干渉に浸っていた時。
目の前に医者が立っていた。横には俺の家族がいた。気づかなかった。
そして医者は告げる。
「鼻腔ガンが移転しました。
移転した先は胃です。
ステージ三です。」と
家族は知っていたかのように頷いた。俺は戸惑っていた。移転、え、とおいつかなかった。理解が。
そして続けて医者は言った。
「残りの時間が少ないです。
あと生きれても一ヶ月〜二ヶ月くらいです。」
そうここにきて余命宣告を受けた。しかも長くはない。
それからの毎日容態が落ち着くまで多少の入院をした。だがぼーっとして生きているだけだった。
なんかパッとしないなと思いながら。なんか刺激が欲しくなってきた頃。
そして次の日。なぜかこの日は少し違った。
それはお昼前の時だった。俺の病室の引き戸が動いた。看護師かと思っていたがそれは的外れだった。
見知らぬ女の子が入ってきた。部屋を間違えたのかと一瞬思ったがその子の顔を見る限りそれはなさそうだ。
俺は頭をフル回転させ思い出せるだけ思い出したが、そんな事考えているうちに部屋に入ってきた。
戸惑いながらも平然を装いかける。緊張が走っていく心の中で。
そして目の前に来た時にその子は言った。
「久しぶり」と。ハテナという記号が頭の中を駆け回った。誰だ、何処の人だということが頭がよぎる。
「な〜んだ覚えていないのか。悲しいな〜
私は覚えていたのに、忘れちゃったのかな」と言った彼女の声に俺はハッとした。
聞き覚えのある安心できる声そしてちょっと緩やかな口調。
懐かしさに駆られていたが肝心の名前(ところ)はわからん。思い出せん。
そう彼女は同じ中学の人で、相談に乗ってくれた人ではないか。
「思い出したって顔をしてる。よかった思い出してくれて。」だが完全に思い出せてないからなのか
まともな反応ができなかった。そんな事を考えていると同時に
「舩橋仁途(ふなばし じんと)」と明るい声で俺の名前を呼んできた。
「そうか奈宮御(なぐみ)は俺の名前まで覚えていてくれたのか」と呟いた。
そして沈黙が五秒くらいになった頃俺は自分の中で思い出した。
「そうだ彼女の名前は
仙石 奈宮御(せんごく なぐみ)」
思い出した。こんな思い出し方があるのかと一人で弾きそうになった。
そして奈宮御はしゃべった。
「いや仁途も思い出しとるし、覚えているじゃん」とわな笑いながら言った。
続けて俺も
「いや声とか聞いたら仙石さんじゃんってなって思い出したんだよ」
そう言ったが、それは地雷をモロの踏んでしまった。
「私今、仙石(それ)じゃないんだよね」その一言。一瞬で気まずくなってしまった。
久しぶりの再会なのにこんな気まずくして俺って情けないな。だが奈宮御は違った。
「別にいいよ。そりゃずっと会ってなかったから分かんないよね。
中学を卒業してすぐに親が離婚してさ今は旧姓(むかし)の一条なんだ。」そう言った彼女の目は何処しか寂しそうではあった。
「色々あったんだね。大変だったね。」と俺は言った。
それの返答はすぐに返ってきた。
「それよりも仁途の方が大変そうじゃん。聞いたよ余命(じかん)が後一ヶ月ちょっとしかないんでしょ。
辛いかもだけど、教えて欲しかった。
仁途のために世話をしてあげたかった。少しでも元気が出るように励まそうとしたのに。
そりゃ忘れてたかもしれないけど約束したよね。」
俺は内容よりも約束というのに引っかかっていた。約束?という疑問が浮かんだ。
「忘れたの。仁途が辛かったり、嫌なことがあったりしたらそばにいるって約束(こと)」
その言葉を聞いた途端にカラクリ箱に封印されていた過去(むかし)の記憶が、一瞬にして蘇ってきた。
「そうだそうだった約束したな。」ととっさに呟いた。
「思い出してくれた」と嬉しそうで半泣きの顔で言った。これに関しては、忘れていた俺が悪いな。すまない。
「中学の時に聞いたけど答えてくれなかった事もう一回聞いていい」と奈宮御が聞いてきた。
そして俺は何のことだか分からない。「仁途」俺の名前を奈宮御(かのじょ)が言った。
「それがどうしたの」と俺は問う。
「意味」「仁途という名前の意味を聞いたけど教えてくれなかったから今なら教えてくれるかなって思って」そう言ってきた。
予想外だった。斜め上のことを言ってきた。だが今思えば俺自身も知らない。
「中学の時にそれきいたんだ。それも忘れてた。」
「すまないが俺もいまだに知らない。自分の名前の意味。」とくらい声で言った。
それを聞いた奈宮御は少しばかり元気がなくなったように見えた。
「そっかそれは仕方ないね」と悲しさが今にも溢れ出そうな声でい呟いた。
俺は何をすればいいのか分からなかった。
そんなこんなで夕方に差し掛かってきた。ふと気づいた話に花が咲いていてつい時間(とき)という縛りのものを忘れていた。
そしてそれに気づいた彼女は、椅子から立ち上がり「帰るね」と言い病室(へや)から去っていった。
俺はその背中を見て何処か迷っているように見えたのは、俺の気のせいであると信じたい。
そして三日後。
俺は親が見舞いに来た時にこの前聞かれた質問の答えを聞いてみた。
「ね、母さん、俺の名前の意味を知りたくなってさ、教えてくれない」とはなった。
それを聞いた母は何事もなかったように花を変えた。
そして時間が経ってからいった。
「それのことなんだけど、私も忘れちゃってまた思い出したら教えるね」そう言った。
だが俺はその発言に違和感を持った。言い方が明らかに知っているような感じがあったからだ。
そして母は、また見にくると言って、帰った。
静かになった病室で一人考えていた。自分なりの意味を。
それから二週間後退院もし、そして荷造りもし、あとは行くだけになった時、母が最後に俺に言った。
「この前の話」「名前の由来(いみ)を聞きたがってたじゃん。それを教えてあげる。」と言い車に乗るように合図した。
車に乗り空港に向かう途中にそれを教えてくれた。
「まずこの前はごめんね。知ってたけど言えなかった。」そのことは大抵わかっていたことだから気には止めない。
続けて母は言う。
「名前を付けたには、今はいないお姉ちゃんが付けたんだよ」それを聞いた俺は目玉が飛び出るほどの意外が襲った。
「死んじゃう前に自分の弟に自分でつけたかったらしくて、一生懸命考えていたんだよ。懐かしい。」母は思い出に浸りながら言う。
「仁途という名前の由来はね」と言う言葉が聞こえた時俺は息を呑んだ。
「仁途と仁はね。おもいやりやいつくしみという意味があって、仁途の途は途(みち)という意味がある。」
それは元々知っている。漢字を習えばわかるからだ。
「そしてね、その合わせた意味は、仁途はおもいやりやいつくしみを持って、自分以外の人の途(みち)になってあげてほしいという意味があるって
お姉ちゃんが言ってたよ。」それを話し終えた母も目から滴(なみだ)がこぼれ落ちた。
俺もうれしさで涙が出た。そんなの深い意味があるんだと感心以上のものを手に入れた。
そして話が終わる頃、空港に着いていた。審査も難なく通り、飛行機に搭乗し、離着陸するのを待った。
これから俺は夢が叶う。俺の人生最大の目標(ゆめ)。果てしない人生の終止符を打つために俺は…
その時俺はふと思い出した。「また分かったら教えてね。」この発言だった。奈宮御が一番知りたがってた俺の名前の由来(いみ)。
俺はスマホを取り出しLIENをした。
そして母から聞いた内容をうち、それをすぐさま送信した。すぐに既読はつき、返信を待った。
そして返ってきた内容は意外そのものだった。
「そんな深い意味があるんだね。かっこいいじゃん
私が仁途(きみ)の名前の由来(いみ)を聞いた理由はね
私の名前の由来(いみ)がないんだよね。」
と返信が来た。その返信には既読がついている状況で止まっている。何も返すことがでない。
そうしている間に続けて来た。
「私のお父さんのお父さんが付けたんだ。
けど親(ハハ)は反対したけど、その頃には変えられなかったんだよ。
意味もなくただ単に付けられた名前。漢字も適当でもう嫌になってくるよね。」とLIENが来た。
「それは悲しいよね。自分の一生背負う物だから、しんどいよね。」と返信した。
それと同時に乗っている飛行機が離着陸して空へと飛び立っていった。
機内アナウンスが流れている中俺は無我夢中となりやり取りをしていた。終わる気配を見せる間のない。
気づけば目的のトルコまで半分を切っていた。ついLIENをしすぎていた。だが楽しいやり取りをしていたからいいだろうと思う。
三十分やり取りをしたあとLIENは終わった。
忘れていたが機内はスカスカだ。平日というのもあり、仕事の人や学生は学校に行っているからか。
少し時期をずらすと、海外の修学旅行の学生(ひと)で空港は満員になる。
早めにしといて正解だった。長いようで短かった移動時間。
LIENをした後は映画を見ていたからというのもあるが、意外と退屈(ひま)はしてなかった。
映画を見終わったとは睡眠をとっていなかったので、睡眠をしていた。
気づけは、機内アナウンスは着陸するというアナウンスが聞こえて起きた。
そして無事着陸が終了し入国審査も引っかからずに難なく入国できた。
そしてまずは、泊まるホテルへ行くため、スマホのナビを利用し、歩き始めた。
ナビの時間は徒歩二十分と示している。時間帯もお昼に差し掛かる時刻だったから、ホテルに向かうついでにランチをする。
美味しいレストランを調べながら、歩いていた。トルコは、日本とは違いとても洋を感じるものばかりだ。
そう感心しているとナビはレストランの場所についた。ここでひと休みと昼食(ランチ)にしよう。
料理一覧表を見て思う。やはり洋の食べ物がたくさんある。当たり前のことだが、日本でしか生きたことのない俺にとっては、貴重なことだ。
注文をして届くのを待っている間に、これから何をするかを考えていた。
そうしていると料理が届いた。注文したのは、ピザと、ケバブだ。メチャクチャ美味しそうな見た目。いい匂いを醸し出している。
これだけで白米三杯はいける。そう確信したのち、食事をした。舌触りがとてもまろやかで肉肉しいケバブ。とても美味しい。
おかわりとつい言ってしまいそうなくらい美味しかったのだ。
ピザは本場のやつを食ったことがなくこれが初めてだ。
感想は言わなくてもわかるだろうが、最高。この一言だけ十分すぎる。
生地がもっちりしていて、パセリの匂いが素晴らしく、チーズは格別ですごい。
伸びるは伸びる。何だこれとついツッコミを入れてしまうほどだ。堪能すぎる食事をした後、店を出てまたホテルへ、再び歩き始める。
ホテルが目の前に迫った頃、すでに日は暮れかけていた。予想通り、迷いに迷いまくった。恥ずかしい。
チェックインは多少苦戦したが大したことはない。そして部屋番号を見るとゼロイチゴロク(0156)と、数字が振ってあった。
エレベーターに乗り、三階へ上がった。
部屋の前につき鍵を開け、中に入りくつろいだ。温泉までの時間を埋めるため、ホテルのお見上げコーナーみたいなところに来て、物色していた。
そして時間になり温泉よりも先に、夕ご飯を食べることにした。理由は、時間があったからだ。
六時半〜七時半と書いてあり、翻訳機能で調べたら。
この時間内に来なければいけないらしいからだ。それはどうでも良く。難なく中に入り思ったことは、日本と同じでバイキング形式だ。
お腹は減っている。昼にあんなけ食ってさらに買い食いまでしているのに、腹は減るもんだなと思いながらトレーを取り、食べ物をえらんだ。
時間は過ぎるのが早く、時刻は七時四十分を指していた。お腹はとっくに限界を迎えていた。苦しい…ただその一言。
ゆっくりしながら温泉に入り、整ったうち、温泉を後にした。
そして時間も日付が変わるくらいに差し掛かり、寝る準備をした。零時ニ十分(0時20分)就寝。いろいろな出来事があった一日だった。
明日は人生最大の日となる。人は大事な日の前は、眠りにつきにくのはみんなもそうだろうか。俺は、意外と寝れる。
起きた時刻は九時だ。なぜか起きれた。奇跡だと思う。俺は身支度をして、最小限の荷物を持ち、ホテルを出た。そしてトルコの中心へと向かうべく、
タクシーをつかまえ、乗った。トルコの中心へ行ってくださいと、翻訳機能の音声はいった。運転手は、分かったかのように頷いた。
タクシーに揺れながら、どうしようか迷っている。お昼過ぎではなく、夕方くらいに行いたいと思っているからだ。
理由は、持病が再発するのが怖いから早めにやりたいと思いながら、可能ではあるならゆっくりと散策しながらと思っているからだ。
迷っている間にも時間といのは、止まることは知らず進み続けている。こういう時に限るが、時は早いと感じる。
トルコの中心に着いたのは、時間で午後三時半過ぎくらいだろうか。時間帯はぴったりだ。後は肝心の準備である。
踵を返すのももったいなくらいの時間の使い方をしてしまった。たかがテッシュを買うだけで一時間もかかるなんて。勿体無い。
空を見渡すと、太陽という名の日は、水平線の逆側へ行こうとしていた。綺麗なオレンジ色の丸は、ゆっくりのスピードで沈んでいる。
刻ごろだろうか。身体がそう言っているような感覚がした。もうそろそろかと、俺は深呼吸をした。
その瞬間今までの想い出(きおく)が鮮明に頭の奥底から、甦ってきた。その思い出に浸りながらも、三度(みたび)深呼吸をし、落ち着かせた。
初めての入院、中学校での出来事、謎の夢(あれ)の存在、二度目の入院、中学の同級生(とも)にあったこと。
隅々の記憶が奥底から明確に、いや、記憶ではなく過去(たから)と言っても過言ではない。そんだけ自分の人生を、百八十度(180度)変えてくれたこの過去(たから)。
それを心の中、体全身(すべて)に刻み、今ここで俺は、夢を果たす。大変だった頃もたくさんある。
けれどもその困難(すべて)を乗り越えて、ここにきた。いけないだろうと思っていたのが、現実に。
それが嬉しいとか関係なく、今僕はテッシュを鼻に添えて鼻をかむ。人生最初で最後。
この瞬間のためだけに、僕は生きた。と言っても過言ではない。
この一瞬のことだけど、僕にとっては夢。いや成長するために必要なんだ。
心に誓ったあの日いや、生前(むかし)だろう。
そう語るのは、青い雲が渦巻く空を見上げながら、白い雲に包まれている彼は、思い出したかのように笑止した。
その瞬間、彼の姿は程遠い草原の真ん中でつったている。
この物語は彼のどん底の人生のもとに降り立った一つの出来事で誰もなし得ることができないであろう。
なんせ彼はもうすでにことが済んでいるだけの故人(ひと)なのだから。
そんなこと知らずに彼はまた歩き始めていったのである。
次あるか、ないかわからない、果てしない希望(おもい)と諦めない気持ち(こころ)と共に。
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