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一章
1,
生前の記憶は少なからず残っていた。内容を察するに、こうなってしまったのは比較的最近のような気がした
とても悲しいけど、いいこともある
おなかが減らない、眠くならない、働かなくてもいい。人間関係に悩む事もない
自分の正体は知らないけれど
今日は月がきれいだな 2,
深夜。街外れの道を歩きながら考える
あの世があるとしたら、あたしは何故、逝けないのか。何か未練でもあるのだろうか。だとすれば、それを探しだしたら成仏できるかもしれない。「幽霊」としていつまでも「存在」するのは、なんとなく嫌だった
田んぼからカエルの鳴き声が返事をした。後ずさる。あたしは、カエルがちょっと苦手だった
あたしは両手を上にあげ
おほほほほ
と自分を鼓舞した。少し恥ずかしくなった。赤面はせず、顔色は死人のそれだろうけど
ふと、道の反対から明かりが近づいて来る
わ、クルマが来た。なかなかのパワーとスピードだ。このあたしが生きてた頃には、あったな
轢かれることはないけど相手が「みえるひと」で、事故られたら大変だ。スマホが無いから救急車も呼べない。そもそも解約されてるだろう
あたしはカエルが合唱する方へふわりと飛んだ。音もなく着地。よし。白いワンピースは汚れないシステム。たぶんだけど。車は遠ざかっていった
よかったよねお互いに
霊が出た!とかなっても面倒だ。有名人の気分はこのようなモノなのかもしれないなぁ。妙に納得する
スマホは覚えている。あたしのインスタはどうなってるだろうか
あれ?いんすたってなんだっけ?
今のままでスマホを契約できるとも思えない。お金もないのだが、身分証明もできない。幽霊のようにうなだれた
そもそも幽霊だった
ゲコ
足元で鳴き声がした。キモいが、今は少し嬉しかった
人と会うのは面倒だ。もう少し寂れたとこに行って作戦を練ろう
「成仏への道」
なんだかカッコいい!
うんうんとうなづきながら、あたしは山の方へ歩きだした
ゲコゲコ
カエルたち、ありがと。歩み寄るよう努力するね
ゲコ
後ずさった
3,
なぜ山なのか。考え事をするには静かな場所がよいと思ったからだ。仙人の様に考えるのだ
ふと
ポツンと一軒家が見えた。近づいてみる。古民家というか、全体的にボロく廃墟に近かった。ガラスなどは割れてなく、落書きもない。住民はいなそうな気がした
ここなら落ち着いて色々考えられるかもしれない
幽霊には廃屋がふさわしいあたしカッコいいかも
こんばんは、おじゃましますー
玄関の前でお辞儀する。幽霊でも礼は大切だ。生者には聞こえないとは思うが
問題がある。幽霊は基本ドアを開けられない。中から開けてくれないと入れない。中から出る時は出れる。少なくともあたしはそうだった
何故かドアは開いていた。あたしが入れるスペースだ。誰かいるのかな
失礼しますー
廊下の先はリビングのようだ。オシャレな言い方をしたが、和風の居間だ。室内はホコリっぽいものの、荒れてはいなかった
ガランとしていて引っ越した後の様だ。廃屋ではなく空家だな
事件性は感じられなかった
何故か部屋の真ん中にコタツがある。おもむろに入ってみる。もちろん何も感じないが、妙に落ち着く。あたしは多分日本人。気持ちだけあったまった
真夜中の廃屋でコタツに入り、仰向けになる。怖くないのは、あたしが幽霊だからか。廃屋に幽霊。ごはんにふりかけ。少し違う気がした
あたしの他に霊も人もいない様だった
一応コタツを出て家を探索することにする。アジトの安全を確保するのだ
コタツのテーブルに、干からびたみかんの皮があった。やっぱ、コタツにはみかんだよ
あたしはもう食べれないけどね
4,
くまなく探索する。特に「嫌な感じ」はない。むしろ落ち着く。心配してた人間もいなかった。
何故ドアが開いていたんだろう
コタツだけあるのも不思議だが
はぁ
しばらくこの家にお世話になろっと
みかんの残骸を横に見ながら目を閉じた
眠らなくても平気なんだけどね
5,
気づくと鳥の声がしていた。快晴だ。夏の前の匂いがする、気がした
眠らなくてもよい体だが、思考を停止する事はできる
その時はスッと存在が消えているはずだった
幽霊だから昼間は苦手とかない。生きてる人がそう思えばそうなのだ。少なくともあたしは昼でも平気だった
縁側で伸びをする
鳥の鳴き声。白いワンピースが風になびいた
あたしはそれを見て眉をひそめた
なぜ女の幽霊のスタイルはこうなのか。気づくとこのワンピースだった。それにこの長い黒髪。触れるとバサバサだ。テンションがさがる
みな貞子に影響され過ぎと思う。日本人の幽霊のイメージだからといって、あたしにまで制服の様に支給されなくてもいいだろう
幽霊は人間の服を着れるのだろうかギャルっぽいのも悪くないな。今度どこかで試してみよう。ウキウキしてきた
キットキルー
6,
数週間ほどダラダラと過ごしている
時計がないのでだいたいだ
とりわけ変わった事はない
庭で走り幅跳びしてみたり、スズメを追いかけて迷子になったり、木に逆さ吊りになったりしてるだけだ
車道もここから離れている。車の音がたまに小さく聞こえた
この家は落ち着く。自分探しも今はめんどくさい。このままこの家の幽霊になるのも悪くないかも知れない
死者でも意思が弱いものは弱い
怠慢な日々の中それはその夜に起こった
7,
いつものようにコタツに入っていた
思考は停止している
がさ
がさがさ
物音に反応して、あたしは覚醒した
なんだろう。窓から覗き見る。光が見えた。話し声も聞こえる。存在を消して観察することにした
「問題の家が見えてきました」「そうだねー」
男二人。カメラやスマホ、ライトで武装している
知っている。あれはYouTuber。心霊系は各地の心霊スポットに現れる。こう思ったあたしは、生前にYouTubeを観ていたのかも知れない
突然の事態に嬉しくなったあたしは、彼らに協力することにした。この動画の再生回数が伸びれば、あたしもメンバー入りかもしれない。そして自分の正体に近づけるかもしれない
「髪の長い女の霊がでる家、所有者の方には撮影の許可をいただいてます」
マナーがいいね。好感度上がったよ。あたしも演者を全うするよ
二人はドアの側まで来たようだ。待ち構える
「鍵は開いてるとのことです」「そうだねー」
ガチャ。扉が開いた
顔までかかる長い髪。青白い枯れ木の様な腕。死者の白いワンピース
項垂れ立っていた
クスクスクス
口角を上げて笑った。彼らに見える聞こえるかはわからないが、声と姿は自分なりに全開だ「みえるひと」だと願う
ドタッ!バタッ!
二人とも尻もちをついてしまった
「うおッ!!」「ヤバいヤバいどヤバい!!」
「みえるひと」らしい
「出るの早すぎるし、見えすぎだよ!?」「そうだねー!!」
両手を大きくあげる。演者を全うするんだ
クスクスクスクスクスクス
ああ、おかしくてたまらない
「ヤバいヤバいヤバい、聞こえすぎるし見えすぎるって!危険だ撤収!!」「そうだねー!!」
彼らは来た道をダッシュで帰って行ったよい動画は撮れたかな?少しやり過ぎたかも。いや、視聴者が求めているのは刺激。このくらいやらないと
部屋に戻り、コタツにはいる。久々に誰かと接したな
彼らはすぐ動画を投稿するだろうか。撮れ高はあったと思う。いきなりオチ。姿が見えたのは間違いない気がするが、笑い声は彼らに聞こえたかどうかわからなかった
あたしも観れたらいいのにな。もう一回来てくれるだろうか
コタツの中でそんな事を思った。口角が上がる
けどメンバーなんかにしてくれないだろうな
そんなことは最初から知っていた
8,
あたしは死んでからそう時間はたってない。新しい事を色々知ってるからだそれがわかってきたのは収穫だ
ここを出よう。コタツからではなく、この家から。このままだと髪の長い女の霊がでる心霊スポットになる
それってあたしのことじゃないか?
気づかぬ内に「みえるひと」に見られていたのか。YouTuberが来たのが証拠の様な気がした
昨晩ははしゃぎすぎた。幽霊はでしゃばっちゃいけない。目立ちすぎてお札だの祈祷だのは冗談ではない。自分の意思ではなく祓われるのはゴメンだ
街に行ってみよう
思い立ったら即行動。幸い荷物もない。居間をぐるりと見わたした
世話になったねコタツ
さよなら、くつろぎのお家
庭に飛ぶ。音は出さない。便利な体だ
朧月夜だった。時間はまだ早いはずだ
とりあえず虫とか嫌だから車道に行ってみよう
走る。不吉な白いワンピースがはためく。呪われた黒い髪は夜のそれより黒かった