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何だ、あれは? 俺はその四体の青白い光で出来た何かをどこかで見たような気がした。一つは美紅の背中側。亀のように見えるが亀にしては尻尾が長すぎる。いや尻尾じゃない、蛇だ。亀の胴体に蛇がからんでいる、そんな風に見える。
美紅の正面に浮かんでいるのは鳥。だけどあんな変な鳥は見たことがない。そして美紅から見て右側には小さいが龍。左側には虎。
宙に浮かんだその四体の奇妙な生き物がいっせいに青白い稲妻のような光を美紅に発射した。四方から同時に攻撃されてはさすがの美紅も避けようがなかった。まともにその光の攻撃をくらってその場に倒れこんでしまう。
美紅はそのまましばらく立ち上がる事ができなかった。顔中に脂汗をしたたらせて、苦しそうにうめいている。なんて事だ。美紅の攻撃が通用しない。それどころか、美紅の方が明らかに押されている。
そこへ母ちゃんが助っ人に入った。ジーンズの尻ポケットから何か紙きれを取り出す。それを人影の顔に押し当てるように突き出す。それは神社のお札のようだった。だが純の幽霊は微動だにしない。効き目がないらしい。
しかし、それは相手の注意を引くためのフェイントだった。その隙を突いて美紅が相手の後ろに回り込み、背後から両腕を広げてその人影をまるで抱きしめるように抱えこむ。そして大きく、それでいてなにか優しい響きの声でこう言った。
「ティンジウガン!」
だが次の瞬間、美紅は「えっ!」と心底から驚いた声を上げた。美紅の精神集中が途切れたように見えた。あいつ、何をそんなに驚いたんだ?
その一瞬の隙を相手は見逃さなかった。左腕が後ろに伸びて美紅の喉元をわしづかみにし、そのまま美紅の体を、小柄とは言え人間一人の体を、軽々と投げ飛ばした。母ちゃんが走って美紅の体を受け止めようとする。だが、女とは言え大の大人の母ちゃんの体も美紅の体を受け止めたまま、そのまま二人一緒に数メートルも吹っ飛ばされ、庭の隅の塀に激突した。
なんて怪力だ。やっぱりこれは人間じゃない。やはり純の幽霊なのか。幽霊としての力なのか?
美紅と母ちゃんが折り重なって塀にもたれて倒れ込むと辺りがシンと静まりかえった。それで俺は気付いた。隆平のうめき声が止まっている! まさか! 俺は自分の頭より少し高い位置にある隆平の顔を見た。目が見開かれ、しかしその目からは光が失われていた。
次の瞬間、今まであれほどぶっ壊そうとしてもビクともしなかった氷の十字架があっけなく砕け散った。隆平の体が地面に投げ出される。俺は隆平の体をゆさぶったが、もう死んでいるのは俺にも分かった。
「ツギハオマエダ」
その声を聞き振り返った時には、あの人影はもういなかった。まるで煙のようにその場からかき消えるようにいなくなっていた。美紅と母ちゃんの所へ駆け寄りながら、俺は全身を震わせていた。
それはあの純の幽霊に対する恐怖だったろうか? 隆平を救えなかった事の悔しさからだったろうか? それとも次は自分が狙われる番だという事に対する恐れだったろうか。今でもそれはよく分からない。
「申し訳ありません! お詫びのしようもありません。どうか、殴るなり蹴るなり、お好きにして下さい」
その惨劇が終わって数分後には住吉と子分連中全員が正気に戻った。そしてパトカーと救急車が隆平の家にやって来たので、俺たちは連中を連れて近所の公園に移った。美紅は気を失っていたので、幸いにもかすり傷で済んだ母ちゃんが一足先に家に連れて帰っていた。
今その公園の地べたに住吉と子分連中全員が土下座して俺に謝っているところなわけだ。俺は住吉のそばにしゃがみ込んでこう言ってやった。
「気にしないでくれ。君たちはあの怪物の魔術みたいな物で全員意識を失わされていたんだ。俺の母ちゃんが言うには『ケッカイ』とかいう術で、普通の人間には抵抗のしようもないんだとさ。だから君たちに何の落ち度もないよ。それよりみんなが無事でよかった。隆平だけじゃなく君たちの誰かまで死んでたら、俺の方こそ償いのしようがなかったからな」
住吉が涙声で言う。
「あの、それでアネさんは、大丈夫なんで?」
「命に別条はないと思うよ。ただ当分は安静第一だろうな。とにかく今日はもう引き上げてくれ。作戦は失敗したんだし、警察も来てるからいつまでも俺たちがうろうろしてちゃまずい」