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結局〝一緒に過ごすのが一番の薬〟案件のあと、大葉の愛車――ニチサン自動車のエキュストレイル――に乗り換えて出直した二人は、会社から大分離れた別のディスカウントショップ『Yasu』へ向かった。
会社や大葉の自宅から車で三〇分近く走った距離。
むしろ羽理の家の方が近い場所へあるYasuを大葉が選んだのは、きっとその帰りに羽理宅へ寄って着替えなどを調達させるためだろう。
Yasuは売り場の総面積もかなり広く、化粧品も種類が豊富で。何ならスーパーも併設されているので、アスマモル薬局より多種多様な生鮮食品が並んでいた。
ついでに言うと電化製品や衣料品、ペットコーナーもある、割と雑多な品ぞろえのディスカウントショップだ。
羽理御用達のメーカー【Kira Make】の売り場で先程購入済のファンデーション以外の化粧品――オールインワンジェル、口紅、アイブロウ、アイシャドウ、チーク、メイク落としなど――をカゴに入れたのだが、気が付けばそれらの化粧品と混在する形で美味しそうなホワイトマッシュルームも入れられていて。
何だか変な組み合わせですね!?と思いながら、気持ち大葉から距離をあけてカートに載せられたカゴの中を眺めていたら、「あー。ついでだし白ワインも買って帰るか」というつぶやきとともにアルコールコーナーへ連れて行かれた。
「なぁ羽理。さっきから思ってたんだがな……。距離、あけすぎだろ」
言われてグイッと大葉に腕を引かれた羽理は、「ふぇっ!?」という驚きの声ごと封じ込めるみたいに、背後から大葉に包み込まれて、ワインが並んだ棚の前にいる。
背中に大葉の温もりを感じながらのワイン選びは、全く銘柄が頭に入ってこない。
「屋久蓑ぶちょ、は……私を殺す気……です、か?」
確かにショック療法を受け入れた羽理ではあったけれど、こんな風に不用意に距離を詰めるのは、動きが怪しい心臓のためにもやめて頂きたい。
現に今だって、胸の中で心臓が馬鹿みたいに踊り狂っているのだ。
「――何度言わせるんだ羽理。部長じゃなくて大葉、な?」
なのにそんな羽理の訴えなんてどこ吹く風。
懸命に告げた抗議を完全スルーされて、すぐ耳元。耳触りの良いバリトンボイスで呼び方を訂正された羽理の心臓は、苦しいくらいにドクドクと暴れている。
こんなにも自分は動揺しまくっているというのに……。
大葉はいっそ清々しいくらいに涼しい顔をしていて、何だか納得のいかない羽理だ。
「な、んで……大葉はそんな平気そうな、んですか?」
自分の不整脈の方が、大葉より重篤な症状なのかも知れないと思うと同時、大葉がふっと柔らかく微笑んで。
「それはお前が俺をドキッとさせるような行動に出ないからだろ」
今度こそククッと声に出して笑いながら「期待してるぞ?」と付け加えられた羽理は、ますます困惑してしまう。
「たい、よ……は心臓痛くな……るの、怖くない、の?」
いつキュッと胸を締め付けられて、心臓が止まってしまうか予測不能だと言うのに。
そんなことを思いながら胸の不快感に眉根を寄せたら、
「んー。お前がそばにいてくれることで起こる動悸や息切れなら、俺は割と平気だな。それよかむしろ――」
言いながら一本のワインを手に取った大葉に、「羽理、辛口ワインは飲めるか?」と聞かれて。
羽理がよく分からないままにコクッとうなずいたら、それをカゴに入れながら「俺は……お前がいなくなることの方が怖い」と付け加えられた。
「え……?」
「ま、あれだ。そういう想像したら死ぬほど胸が苦しくなるってだけの話。……そうならないよう俺も頑張るから……。頼む。いなくならないでくれ」
言うなり、ギュッと背後から抱き締めるように身体を包み込まれた羽理は、(そ、それはっ……逃がさない、の間違いではないですか、屋久蓑部長っ!)とオタオタしつつ。
それでも大葉が、切なげに自分へ向かってそんなことを言ってくれることが何だか嬉しくて。
なのにその理由に思い当たれないことが、羽理はもどかしくてたまらなかった。
***
「もぉ、もぉ、もぉ! 何でサラッとお酒なんか出してくるんですかぁっ! 私、ついうっかり飲んでしまったではないですかぁぁぁ! この手練れさんめっ!」
キュルンと潤んだ瞳が愛らしい、大葉の愛犬キュウリを膝の上に乗っけて撫で撫でしていたら、「飯出来たぞぉー」と大葉に呼ばれて。
食卓に並べられたレストランも顔負けといった感じの綺麗な盛り付けがなされた『鮭とほうれん草とマッシュルームのクリームパスタ』に、羽理が上機嫌で舌鼓を打っていたら、「これ、クリーム系のパスタに合うぞ」という触れ込みのもと、大葉から滅茶苦茶自然な感じでワイングラスに注がれた薄ら琥珀色をした飲み物が目の前に置かれた。
その流れのまま、淀みなく大葉から「乾杯」とグラスを掲げられた羽理は、つられるようにグラスを軽く持ち上げて乾杯の仕草をして一口中身を飲んで。
「わぁー、この白ワイン、スッキリしてて飲みやすいですぅ~♪」
と上機嫌でグラスをテーブルに戻してハッとした。
そう。そこにきて初めて……冒頭の「もぉ」の連呼から始まる「何でさらっと~」や「ついうっかり~」のセリフへと繋がった感じだ。
そんな羽理に対して大葉は
「もぉもぉもぉ、って……お前は牛かっ!」
とか何とか苦笑しつつ。
「いや、だって羽理……俺が売り場で辛口のワイン飲めるか?って聞いたとき、めっちゃスムーズにうなずいただろ? そんなんされたらてっきり飲むことを承諾したもんだと思うじゃねぇか」
大葉からそう畳みかけられた羽理は「うっ」と言葉に詰まって。
あの時は大葉に後ろから包み込まれるようにされて、それどころではなかった。
でも、そう明かすのは何だかちょっぴり腹立たしい。
「そもそもホントに飲む気がなけりゃあ食卓に出された時点で辞退することだって出来たはずだ。――それを嬉しげに飲んだのはお前だぞ?」
そうトドメを刺された羽理は、大葉からの言葉がいちいちごもっとも過ぎて何も言い返せなくて。
それでも黙っているのはやっぱり悔しかったから、グッとこぶしを握り締めて大葉を睨み付けた。