大好きな乙女ゲームの世界にきて早数週間、いやもう日にちを数えるのは飽きてしまい多分一ヶ月が経とうとしていた。
そして、一週間もしないうちにエトワールストーリー最大のイベントであろう星流祭がやってくる。そう、その星流祭では攻略キャラ一人と必ず一緒にまわらなければならないのだ。
つまり、デートである。
男女二人で。
「無理無理無理! 私にはハードル高すぎるのよ!」
「ど、どうしたんですか? エトワール様」
女神の庭園で、魔法の練習をしながらぼぅっと星流祭のことを考えていると急に頭が痛くなり私は周りの目も気にせず叫んでしまった。
そんな私を、わざわざ魔法を教えに来てくれた私の魔法の師であり友人のような関係に当たる攻略キャラの一人、侯爵家の侯爵代理ブライト・ブリリアントは心配そうに私の顔をのぞき込んでいた。
私だって叫びたくて叫んでいるんじゃないと言いかけたが、いやこれではかなり頭の可笑しい人になるため私は一旦口を閉じることにした。
頭痛の原因も発狂の原因も星流祭。
星流祭とは、五日間行われ、その最終日には花火が打ち上げられ、その花火を見て、最後まで一緒に祭りを回った二人の男女は結ばれる云々かんぬんな祭りである。それ以外は、普通に屋台が出たり、路上で踊ったり劇や催しがなされたり。
そして、星流祭ではあ、攻略キャラの好感度が大幅に上がる。ただし一人限定、それも成功したときに限る。
そう、私は今まさに、その攻略キャラ一人を決めなければならないという状況に置かれているのだ。
イベントの詳細を見ると、誰かとまわらないということは出来ないらしく、必ず一人を選ばないといけないらしい。選ばなかった場合、一番好感度の高いキャラと強制的にまわることになるらしい。
(好感度の一番高いキャラってリースじゃん!元彼!それだけはいや!)
別に、嫌と言うほど嫌ではないのだが、やはり元彼とデートとか(まずそもそも彼とデートしたことはないのだが、記憶には)気まずすぎると私は思う。
しかし、選択肢は一つしか用意されていない。誰ともまわらないという選択肢はない。
(いや、まだ諦めるのは早いわ! まだ、星流祭は始まっていない! 報酬で好感度が上がっても必ずその人と結ばれるわけじゃないんだし、ここはさらっと流して……)
「でも、流したら後々自分の首を絞めることになりそう! 無理! ほんと誰か助けて!」
「エトワール様、落ち着いて下さい」
発狂する私を宥めるブライト。きっと、彼は今私を変な女と見ているに違いない。ラブコメで良くある「へっ、面白え女」ではなく、本当にただの変態、気が狂った人間だと。きっとそう見ているに違いない。
でも、そう思われても仕方ないし、その目を気にする余裕はなかった。
(あと何日!? 六、五日? いや、もっと少ない!?)
もうすぐ星流祭が始まってしまうのだ。それまでに攻略キャラ一人を決めるとなると…………
うん、無理だね。
私は早々に白旗を上げた。
そんな白旗あげて脳内で全力でふりまくっている私をよそに、ブライトは爆弾を投下する。
「そういえば、エトワール様は星流祭誰とまわるか決めましたか?」
「いやあああああああああっ!」
発狂はした。後ろに見るも無様にのけぞって失神寸前、泡ふいていたかも知れない。
だが、意識はある。
そんな私を見て、ブライトは悪びれた様子もなく、爽やかな笑顔で言った。
その顔が、逆に怖い。
いや、いつもの笑顔なのだろうがその笑顔が、圧が「早く誰とまわるか教えろや」と脅迫してきているように思え、喉の奥がひゅっとなる。
「いいいいい、いえ、まだ誰とか、決めてなくて……ほら、何か前話してくれたじゃないですか。一緒にまわった男女は結ばれるとか結婚するとか」
「ああ、はい。結婚するとまではいっていませんけど。エトワール様もかなり信じているんですね。その迷信」
「ええ! 迷信とかそう言うんじゃなくて、これは乙女ゲームのイベントでっ!」
そこまで口走ってから私は、ハッと自分の口元を覆った。
ブライトは乙女ゲーム? と頭の上にハテナマークを浮べ首を傾げていた。私は慌てて口をつぐむと、咳払いをした。
そして誤魔化すように、ブライトをみる。
幸い好感度は下がっていないようで、安心している自分がいる。まあ、下がったところでといった所なんだけど。
(そういえば、ブライトも出会いこそ最悪だったけど36まで上がったんだ……)
彼との出会いは最悪だった。ブライトはブラコンっていう設定があって、その彼の愛しの弟を助けたというのに、手を叩かれて……まあそれから何やかんやって、距離が縮まり魔法を教えて貰えるようになり、今でも定期的に魔法の特訓に付合って貰っている。
彼も初めは攻略キャラから外していたが、一緒にいる内に楽しくなったのは事実だ。だから、今は完全に攻略キャラから外しているわけではない。
ただ、星流祭をまわるかまわらないかは別である。
「な、何でもないの! そ、そういえば、ブライトも一緒にまわりたい人がいるって言ってたじゃん。その人のこと誘えたの?」
と、私は話題をすり替えたいが為に以前ブライトが言っていたことを持ち出したが、彼は顔を曇らせた。
どうしたのかと思い私が顔を覗こうとすると、彼はスッと顔を上げにこりと微笑んだ。まるで、何かを隠すように。
「いいえ。僕もまだ一緒に回る人は決まっていません……それに、その人のこと、誘える勇気がないんです」
「ええ!? ブライトって超美形なのに?それを断る女性が、この世にいると思うんですか!?」
私の言葉に、ブライトは苦笑する。
確かに、攻略キャラ達は皆見目麗しい容姿をしている。ブライトは美形と言われる部類だろう。
艶やかな黒髪に、アメジストの瞳。肌はどの攻略キャラよりも白く、女性ですら叶わないほどの美肌の持ち主。身長は高く、細身ではあるが筋肉質。声は低く耳障りが良いため聞き惚れてしまうほどだ。
だからこそ、彼からの誘いを断る女性などこの世にはいないだろう。まず、前提に乙女ゲームのメイン攻略キャラなのに。彼の誘いを断るなんて、女性は相当な変わり者か、彼を値踏みする自惚れ女のどちらかだろうと私は思う。
何故、そんなにブライトは自信がないのだろうと私は思わず声を上げてしまった。
「エトワール様にそういえってもらえるのは嬉しいですが、何だか少し恥ずかしいです」
「自信持ちなよ! ブライトはイケメン! 美形! はい、復唱!」
と、私は何故か彼に詰め寄る。勢いで言ってしまい、後から自分でも恥ずかしくなったが、ブライトはそれ以上に照れくさそうに頬を掻いた。
こんなにも美しい青年だというのに、本当に勿体無い。
私だったら即OKを出す。寧ろ、付き合ってくれと告白するレベルだ……まあ、実際はしないのだけど。
「そういえば、エトワール様もまだ誰とまわるか決めていないって言ってましたよね?」
「え、あ、うん……そうだけど」
そうブライトが私に尋ねてきたので、もしやこれは誘われるのかも!? と期待している自分がいた。
そうしてウィンドウが現われ【ブライトと星流祭をまわりますか?】と表示される。
私は、攻略キャラから誘う事なんてあるのだろうかと、やはり心の何処かで期待してる自分がいたが、次の言葉でブライトは一瞬にしてその期待を打ち壊した。
「リース殿下が、エトワール様とまわると補佐官の方に話しているのを見たので、てっきりエトワール様は殿下とまわるのかと思っていました」
「え、ええええええええッ!?」
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