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頬を強く叩かれたことで、顔を歪ませながら瞼を開けると、怒った顔した自分の親父が目に映る。
(あれ? 俺は華代に騙されて薬を飲まされ、どこかの山の木に括りつけられてていたハズなのに、ここはどこだ?)
親父の背後にあるのは青空のみ。なので自分のいる場所が、外なのはわかったのだが。
目をこすってそこから起き上がり、周りを見渡してはじめて気づいた。自分のいる場所が、妻の実家の前だってことに。しかも俺の両親と妻の両親が、そろって俺を見下ろしている状態。それぞれの表情は硬く、不機嫌なのは明らかだった。
「輝明、自分のしたことがわかっているよな?」
「俺のしたこと……?」
「実況生中継で全部見させてもらった」
「!!」
驚く俺の目の前に、妻の明美が出てきて、スマホの画面を見せつけた。
『確かに不倫したのは認める。でも俺は妻や華代が望んでいることをしたまでなんだ』
太い木に鎖で何重にも括りつけられ、アイマスクをした俺が、誰かに向かって必死に叫ぶ様子が映し出されていた。
「輝明さん、私が子どもを望んだから、不妊治療を勧めたの?」
「そ、そうだ。子どもがいれば、俺がいなくても寂しさが紛れるだろうって」
ほかにも理由を言おうとした瞬間に、妻の後ろから太い腕が伸びてきて、胸倉を掴まれた。烈火のごとく怒った義父が、俺の頬を往復ビンタする。
「くっ!」
「明美の寂しさが、そんなもんで埋まるわけがないだろ。しかも俺がいなくてもだと? 子どもは、ひとりで育てるもんじゃねぇ、両親がそろって育てるもんだ!」
両頬を叩かれた痛みと鼓膜に突き刺さる大声に、顔が勝手に歪んだ。
「だって俺は仕事が忙しいし」
ボソッと呟いたら、違う手が俺の頭を叩いた。叩かれ慣れているせいで、自分の親父がやったのがわかった。
「なにが仕事が忙しいだ。女ふたりを相手にするので、忙しいだけだろ。高田さん、本当に申し訳ございません。ウチのバカ息子のせいで、大切な娘さんを深く傷つけてしまって」
俺を真ん中に挟み、両家が向かい合う。親父とお袋が妻の両親に頭を下げたのを見、慌てて正座をしてから、地面に頭を擦りつけて頭を下げる。
(あのときのことが実況生中継されたって、どこの部分から見られていたんだ? 最初から? それとも全部? 俺はなにを言ったっけ?)
「あのぅ俺は木に縛られて、いろいろ脅されたせいで、本当のことを言えてないところも……結構あるんですが」
恐るおそる口を開いたら、義父が不機嫌を凝縮した声で返事をする。
「ぁあ? 本当のことってなんだ、言ってみろ」
頭を下げているゆえに、目の前にはアスファルトがあるだけで、怒った相手の顔を見ずに済む状況下だからこそ、なんとか喋ることができそうだった。
「俺からその……女性に手を出したりしていないんです。みんな勝手に俺を好きになって、モーションをかけられまして、断っているのに、それでも食いついてきたというか」
しどろもどろに答える俺の話に、なんのリアクションもなく、皆黙ったまま聞き入る。
てっきり自分の親父からツッコミが入るとか、義父から質問されるかも。なんてことを予測していただけに、顔をあげた向こう側の面々の心情がまったくわからなくて、めちゃくちゃ不安に駆られた。
(怖気づいてる場合じゃない。コイツらの口撃から、なんとしてでも逃れなきゃならない!)
「俺が拒否れば拒否るだけ、相手がムキになって迫ってきて、結果襲われたみたいな形から脅されて、仕方なく付き合うことになってしまったんです」
流れるようにいいわけを告げて顔をあげると、両家そろってにこやかな笑みを浮かべていた。妻の明美も満面の笑みで、俺を見下ろす。
「輝明さん、言いたいことはそれだけかしら?」
「えっ?」
俺が口ごもると明美はスマホを弄り、「これだったかしら」なんて楽しげに言って、画面をタップした。
『確かに部長とそういう関係になっちゃったのは、いけないことだし悪いと思ってる。だけどね、いきなり私を襲って、そういう関係に無理やりもちこんだ部長のほうが、もっと悪いんだから』
「ちょっと待ってくれ。これは遠藤という、支店にいる女子社員の嘘なんだ、信じてくれ! 俺は襲ってなんていない。俺はこの女に脅されていたんだ!」
「だったらアナタ、脅されたという証拠を見せて」
明美は言いながら数枚の写真を、俺の顔面に投げつけた。地面に落ちたそれに視線を注いで、声をあげそうになる。レストラン前にいる俺と支店の女子社員は、見るからに仲睦まじく腕を組み、中に入ろうとしていた写真と、女子社員の腰に腕を回してホテルから出てきた写真だった。
「な、んでこんな、ものが……」
脅されて付き合っているのは事実なれど、こんなふうに一場面だけ切り取られたりしたら、弁解するのに時間がかかるのは明らかだった。
『華代、俺が悪かった! 妻と離婚して絶対に結婚するから、見捨てないでくれ! お願いだ‼』
ショックで固まる俺に、明美はふたたび音声を流した。
「これも違うんだ。俺は命の危機に陥っていて、それを回避するために嘘を」
「平気で噓をつく人の話を信じろっていうほうが、無理な話じゃないのかしら?」
「本当に俺は危なかったんだって。以前蜂に刺された話を部下にしていたのを使われて、スズメバチを使って脅されたんだ。アナフィラキシーショックなんて出たら、それこそいつ死んでもおかしくないだろ」
「その部下とアナタは、不倫していたのでしょう? しかも結婚を前提のお付き合い。わざわざ式場まで、足を運んでいたみたいじゃない」
「それはアイツに強請られて、仕方なく行っただけ……」
告げる言葉に次第に力がなくなり、声が小さくなっていく。複雑な感情が胸の中を渦巻き、唇を震わせる俺に、明美がまた音声を聞かせた。
『ああ、本当さ。妻とは別れて、華代と結婚しようと考えてる。だからこの間一緒に、式場巡りをしたじゃないか』
「輝明さん、この発言はみずから式場に行ったように聞こえるけど、訂正する気持ちはある?」
まるで事前に用意していたかのようなそれに、疑問がふつふつと沸き上がった。
(どうなってるんだ、いったい。森の中で木に括りつけられていたときに言われたのが、『録音』という言葉だけだった。なのに実際は撮影までして、妻を含めた親族相手に晒し者にするとか――)
「明美、おまえは華代とつながっているのか? アイツは俺の愛人だぞ!」
信じられない事実にたどり着き、怒りを滲ませながら妻に怒鳴った途端に、ほほ笑みを消して真顔になった明美が、俺の頬を平手打ちした。
パーン!
叩かれた反動で、顔が真横を向く。親父に往復ビンタされたときよりも、なぜか痛みを感じた。
「私にだって、悪いところがあるのは認めるわ。アナタときちんと向き合って、話し合いを重ねていたら、こんなことにはならなかったと思うの」
「こんな……こと?」
悲しげな声に導かれて顔をもとに戻したら、泣き出しそうな瞳とかち合う。
「私のさびしい気持ちを輝明さんにきちんと打ち明けていたら、家にいる時間を増やしてくれたかしら?」
「それは――」
「輝明さんが家庭のために、仕事を頑張っていたから、あえてそのことを言わずにいたのよ。余計なことを言って、アナタの負担になりたくなかったもの」
「明美……」
涙が見る間に増えていく妻の顔を見ていられなくなり、深く俯く。
「なのに実際はあちこちに愛人を作って、忙しくしていたなんて。不妊治療でつらい思いをしてる私を尻目に、アナタは楽しんでいたのよね?」
「…………」
「私だけじゃなく、不倫相手の気持ちを弄んだ結果がこれよ。快楽を得るために身勝手をした輝明さんには、これから罰を受けてもらいます」
罰というセリフに慌てて顔をあげたら、みんなが俺から離れていく。
『そうだね。ここでの復讐は終わりにしてあげる。移動しようか、部長』
不意に思い出した、華代の言葉。眠らせられる前に告げられたせいで、妙な引っかかりを覚えたものだった。
「華代だけじゃなく、明美にまで俺は復讐されるのか?」
「復讐なんて、生ぬるい言葉を使わないでください」
ピシャリと言い放った明美の顔は、さっきまでの悲しみがなくなっていて、汚いものを見る目で俺を眺める。
「輝明さん、自宅に離婚届が記入済みで置いてありますので、あとはご自分のところを記入して捺印したあと、役場に提出してください。それと慰謝料のこともあるから今後の連絡は、テーブルに置いた弁護士さんの名刺の番号でお願いね」
「あ……」
「おまえ、高田さん家はもちろん、津久野の家にも金輪際近づくなよ。おまえなんて息子じゃない! 縁を切る、勘当だ!」
こうして俺の前から、親しかった人たちが一斉に立ち去った。抜け殻になった俺に残ったのは、会社だけになってしまった。
気落ちしたまま自宅に帰り、明美に言われたとおりに、離婚届に記入捺印してから封筒に入れて、次の日に提出できるように、愛用しているカバンにそっと忍ばせた。
ひとりきりの夜を乗り切り、月曜日の朝、いつもどおりに出勤した俺は、人事の呼び出しをくらった。