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朝っぱらからの呼び出し――目の前にいる、人事の責任者と自分の上司。そして机に置かれた数枚の写真は、一部は見覚えのあるものだった。
それは妻に投げつけられた写真、支店の女子社員との逢瀬のものと、初めて見る華代とバーでイチャついている写真に、華代のマンションに向かってる写真が並べられている。
週刊誌でよく見る決定的な瞬間の写真のように、どれもよく撮れていて、俺じゃないと否定することは、到底無理だった。
「津久野部長、妻帯者の君が職場で不貞行為に及んでいるのは、間違いないね?」
「間違い……ありません」
威圧感を漂わせる人事の責任者のセリフに、俯きながらやっと答えた。
「赤坂さん、津久野部長の勤務態度はどうなの?」
「前任者の冴島くんより、職員との連携はとれてましたよ。ただ――」
上司が言葉を濁した途端に、人事の責任者は机を指で突くことで、内に秘めた苛立ちを紛らわせる。
カンカンカン……早く言えと急かしているのは明白なのに、上司はなかなか口を開かなかった。
「赤坂さん、津久野部長を庇いたい気持ちはわかるけど、こっちは全部知ってるんだ。隠しても時間の無駄、さっさと吐いちゃいな。さもなくばアンタの罪も、自動的に重くなっちゃうよ」
自分よりも若い人事の責任者に促され、上司は仕方なさそうに話しはじめた。俺がうまいこと言って、部下に仕事を押しつけてることや、部下の手柄を自分のものにしてることについても。
上司が説明している間、人事の責任者は流れるように万年筆を動かし、口角の端をあげる。さっきまでの不機嫌な態度が嘘のようなそれを目の当たりにして、笑みの裏に隠された底知れぬなにかを察してしまった。
「ねぇ津久野部長、花森杏奈さんって覚えてる?」
「は、花森さん、は――」
「絶対覚えてるよね。支店で勤めていたときに、仲良くダブル不倫していた相手なんだから」
一番最初の不倫相手だった女の話を、なぜ今頃持ち出すんだろうかと考えただけで、冷や汗が全身からにじみ出てくる。
「津久野部長の社内不倫の話を聞いたのが、先週の木曜日だったんだけどね。午前中の早い時間に、津久野部長の奥様と不倫相手の斎藤さんが雁首揃えて、いろいろ告発してくれたんだよ。おかげで残業しちゃったけど、いろいろ調べることができたんだ」
「妻と……華代が告発⁉」
「俺って社内の中で、上から数えられるくらいに仕事が早いって言われていてね。だから、トラブル関連の仕事をしてるってわけ。癌と同じで会社に蔓延る病巣は、とっとと駆除しなきゃダメだと思うんだ。そうだよね、赤坂さん?」
書き込みを終えた書類をまとめるように、机の上で揃えながら人事の責任者が訊ねたというのに、上司は無言を貫いた。
「赤坂さん、『俺は今回のことに巻き込まれた、憐れな被害者だ』みたいな顔してるけど、一番ダメなのは、わかっていて見て見ぬふりをしたアナタだからね。連帯責任って言葉、知ってます?」
「……はい」
上司が返事をしたタイミングで、人事の責任者は揃えていた書類を大きく振りかぶり、机の上に叩きつけて手放した。紙の束を叩きつけたとは思えない、重たい音が室内に響き、上司と俺はびくっと全身を震わせる。
圧迫面接とも思える雰囲気が室内に漂い、なんとも言えない緊張感で、心臓が痛いくらいにバクバク鼓動する。
「俺、人事部でこの仕事をして、いろいろ見てきたけど、それなりの役職に就いてるイケてない職員が、不特定多数を相手に不倫してるのは、今回がはじめてだよ。残念な限りだね」
机で叩いて乱れた書類を揃え直し、颯爽と椅子から立ち上がった人事の責任者は、上司と俺を交互に眺めた。
「赤坂さんは厳重注意を含めて、ボーナスのカットや給料減給を覚悟していてね」
「承知致しました」
慌てて椅子から腰をあげ、人事の責任者に深々と頭を下げた上司を見てるのに、俺は同じことをする気になれなかった。
「津久野部長」
「はい……」
「赤坂さんの処分を考えたら、ご自分がどうすればいいのか。言わなくてもわかるでしょう?」
さりげなく自己都合退職を促し、自身の仕事を減らそうとしていることに、心底辟易する。いっそのこと、懲戒解雇してくれたほうが清々するのに。
人事の責任者から解放されたあと、上司と一緒に職場に戻り、部下に仕事の引継ぎを適当にしてから、自分の荷物を段ボールに詰め込んだ。
昼食の時報の前に会社を出て役場に向かい、離婚届を無事に提出し、そのまま自宅に戻ろうとした俺の前に、意外な人物が現れ、驚きを隠せない。なぜこのタイミングで現れたのかと、妙に勘ぐってしまった。
「私、全部見ちゃったんだぁ。部長が名もない森で木に縛りつけられて、四つ足歩行した男の人に怯えてるのを見て、お腹を抱えて笑っちゃった!」
「なん? え? 四つ足歩行した男?」
あのときの状況を、支店で働いているハズの若い愛人が見ていたとは、思いもしなかった。
「あ、そっか。部長ってば、目隠しされてたもんね。わからなくて当然だった」
「俺は騙されていたのか……」
「あのときあの場にいたのは、えっと部長の奥さんと、本店で付き合ってた女と知らない男と女の四人だったよ」
「妻がいたのか⁉」
妻と華代がそろって会社に赴き、告発した時点でグルだったのはわかったものの、森での一件も一緒にいたことに、背筋がゾッとした。本妻と愛人が結託して、愛する相手をいたぶることをするとか。
「信じられない……。この俺が平等に愛してやったというのに、あんな酷いことをしやがるなんて」
「部長、さっき役場から出てきたでしょ? 奥さんと離婚したの?」
「そんなことよりも美紀、なんでおまえは妻たちに、あんな嘘をついた? 襲われたのは俺だっていうのに」
通行人が行き交う路上での口論だったが、訊ねずにはいられない。
「だって愛する部長を、どうしても手に入れたかったんだもん。花森さんとのお付き合いをすぐに解消できて、やっと部長を独り占めできると持った矢先に、転勤しちゃうんだもんなぁ」
「どういうことだ?」
不穏な言葉のオンパレードに、開いた口が塞がらない。もしかして支店で不倫していた杏奈が俺から逃げるように離れたのは、美紀の仕業だったのか⁉
「言ったでしょ、私は部長を独り占めしたかったの。部長が本店に行っちゃったから、ちょっとした計画を立てたんだよね。一緒に暮らすための家を建ててやろうって」
嬉しげに微笑みを湛えたピンク色の唇の端が、喜びを表すように持ち上がる。
「家を建てるなんてそんな大金、どこから捻出するんだ?」
「私のお父様はお金持ちなの。私が欲しいと言ったものは、ぜーんぶ買ってくれるし、部下も使いたい放題。私の言うことを忠実に聞いてくれるんだよ」
そう言って美紀が手拍子をしたら、どこからともなく男たちが現れた。男たちの目つきの鋭さや漂わせる雰囲気で堅気じゃないのを察知する。
「お嬢、これからどうするんですか? コイツ、例の場所にお連れすればいいでしょうか?」
「その前に、部長が住んでるマンションを引き払わないと。一緒に行きましょう♡」
なにがなんだかわからないうちに、美紀を連れて自宅マンションに戻る。そして男たちに手伝ってもらい荷物の整理をし、その日のうちにマンションを引き払うことができたのだった。