テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
【異世界・転移した学園/外周・正門前】
門の“こちら”は学園の敷地。
門の“向こう”は、湿った土と濃い緑――異世界の森。
その森が、押してくる。
グレイウルフの群れ。
ただ大きいだけじゃない。毛並みの間から、黒い煤みたいな影が滲んでいる。
吠えるたび、口の奥で“別の声”が混ざった。人間の言葉のような、意味のない雑音。
さらに、森の影から――人の形が出た。
背広の肩。細い腕。女性のシルエット。
顔はあるようで、ない。全身が黒い“覆い”でできていて、端々に細い文字列が走る。
「……来たな」
リオが息を吐く。マスクの奥で、喉が乾く。
隣で、アデルが剣を下げたまま門前に立つ。
門を守る兵士たちが、槍と盾を構えて背後に並ぶ。
『聞こえる?』
イヤーカフから、ノノの声。いつもの早さ。必要な情報だけが落ちてくる。
『光系――治癒の系統、影に刺さる。たぶん“燃える”みたいに。』
『攻撃に転用できる。……普通の斬撃だと、影だけ残って、また張り付く』
「治癒、か」
アデルの眉がわずかに動く。得意分野じゃない、と顔に出る。
ヴェルニが肩をすくめた。紺の髪が森の緑に映えて、やけに目立つ。
「治癒? そんな地味なの、俺の担当じゃないだろ。俺は燃やす。吹き飛ばす。終わりだ」
自信満々に言い切って、前に出る。
黒い影の“背広”が、やけに普通の口調で言った。
「今日は寒いですね。――助けを呼びましたか?」
その直後、影の足元が“膨らんだ”。
獣の影と繋がっているみたいに、黒い煤が地面を這い、門へ向けて押し寄せる。
グレイウルフが跳んだ。
結界の膜にぶつかって鈍い音を立て、それでも爪で引っ掻いて裂こうとする。
リオが掌を前へ出す。
「〈捕縛・第三級〉――『鎖よ、絡め』!」
細い光が走り、鎖になって獣の前脚へ巻きつく。
勢いが削がれ、土が跳ねる。だが――黒い影が鎖の上を“滑って”くる。
「……くそ、影だけ動く」
ヴェルニが口角を上げた。嬉しそうに。
「なら、影ごと壊せばいい」
「〈第四階位・風圧〉――『押し返せ』!」
突風が門前を薙いだ。
獣の群れが一斉に体勢を崩し、黒い影の“背広”もよろける。
その隙に、ヴェルニの手のひらが赤く光る。
「〈爆裂・第三級〉――『燃えて、砕けろ』!」
風と炎が重なり、門前の地面が一瞬“昼”になる。
爆ぜる熱。焼けた草の匂い。
獣が悲鳴を上げて転がり、影の一部が千切れた。
――だが、千切れた黒い煤が、また寄る。
文字列が絡み合い、元に戻ろうとする。
「しつこいねえ……!」
ヴェルニが舌打ちする。攻撃は効いている。でも“決め手”じゃない。
アデルが短く息を吐いた。
「……ノノの言うとおりだ。影を“焼く”必要がある」
「アデル、治癒なんて――」
ヴェルニが言いかけて、止まる。アデルの目が真剣だった。
アデルは剣を地面へ向ける。
門前の結界を維持しながら、もう一つの系統に手を伸ばす。
「〈治癒光・第一級〉――『光よ、痛みをほどけ』」
本来なら、傷を塞ぐための光。
それが今は、刃のように鋭い筋になって、黒い影へ落ちた。
ジュッ――と、音がした。
煤が焼ける音。文字列が弾ける音。
影の“背広”が、初めて表情らしきものを歪めた。
「……え? 熱い、って……あれ?」
人間みたいに戸惑った声。
そのギャップが、逆に不気味だった。
門を守っていた兵士が、思わず息を呑む。
「治癒の光で……焼けてる?」
リオも目を見開く。
(治す光が、影を削る……?)
アデルは結界を維持したまま言う。
「相手が“生き物”じゃないなら、治すのは“ほどく”になる」
人影が、もう一度笑うふりをした。
「今日は……寒……」
後方から、治療班の術師たちが駆けてくる。
鎧の隙間から白い光が漏れ、彼らは恐る恐る、でも確信を得た顔で詠唱を重ねた。
「〈治癒光・第二級〉――『灯れ』!」
「〈浄化・第一級〉――『煤を剥がせ』!」
光が重なると、黒い影は“耐えられない”みたいに縮む。
獣の背から煤が剥がれ落ち、グレイウルフの目が一瞬だけ“普通の獣”の色に戻った。
「ギャウッ――!」
獣は反転し、森へ逃げようとする。
だが、ヴェルニの風が逃げ道を塞ぐ。
「逃がさない。――俺の舞台で、勝手に退場するなよ」
爆裂がもう一度走り、獣の群れが散った。
最後に残った黒い“女性の影”が、くぐもった声で世間話を続ける。
「今日、寒くないですか……」
「みんな、帰ったら、何食べます……?」
言葉が途中で途切れる。
治癒光が触れた瞬間、煤がほどけ、文字列が空中でほどけて消えた。
門前に、ようやく“静けさ”が戻る。
兵士たちが盾を下ろし、深く息を吐いた。
先生や生徒が窓から見ていたせいで、ざわめきが門の内側から伝わってくる。
「……勝てた、のか」
誰かの声が震える。
アデルは剣を納め、門へ視線を向けた。
「門を開ける。中の人間を落ち着かせる。――ここで終わりじゃない」
リオが頷く。
マスクの奥で短く言った。
「……中に、ハレルがいる」
◆ ◆ ◆
【現実世界・臨時指揮車両/車内】
車内のモニターには、国内各地の速報が並んでいた。
転移現象。黒い影の目撃。市街地の混乱。
数字の列と地名が、まるで“同じ病気”が世界中に広がっているみたいに点滅している。
日下部のノートパソコンが、また勝手に鳴った。
薄い金属音。
《共有せよ》
《カシウス》
《首謀者》
《現在はこの世界に紛れている》
画像が数枚、続けて表示される。
銀髪。長身。整った顔。人間の輪郭をしているのに、視線だけが冷たい。
日下部が息を呑んだ。
「……これが、カシウス……」
城ヶ峰は一拍だけ画面を見て、次に日下部の手元へ目を落とした。
「……地図ソフト。お前のやつ、あれも来てたな」
言われた瞬間、ノートパソコンの別ウィンドウが勝手に立ち上がる。
白地の地図。座標。薄い光点。
そして――いくつかの点だけが、妙に“濃い”。
城ヶ峰が舌打ちする。
「木崎に聞く。……雲賀匠だろ、これ」
無線じゃない。スマホを取り出し、通話を繋いだ。
呼び出し音。短く切れる。
『……城ヶ峰? どうした』
「木崎。今、お前の同業者の雲賀匠が動いてる可能性が高い。
お前にも同じメッセージと画像、来てるか」
一拍の間。向こうで風の音と、人のざわめき。
それから木崎が、低く返す。
『来てる。……同じやつだ。画像も。』
「地図ソフトもか?」
『それは分かんねぇ。俺のほうは画像だけだ。
……でも、間違いなく匠だろ。こういう“嫌な手癖”、あいつしかいねぇ』
城ヶ峰は短く息を吐く。
「一度会う。地図の件も含めて情報を突き合わせる。場所を送る」
『了解。俺も、そっちに寄る。』
通話が切れる。
日下部の地図画面で、ふいに一つの点が強く明滅した。
その点の上に、薄い“円”が重なる。
狙いを付けたみたいな、丸いマーク。
日下部が思わず声を漏らす。
「……今、円がついた」
城ヶ峰の目が鋭くなる。
「……“近い”ってことか」
【現実世界・都内/繁華街】
木崎は人波の端に立ち、カメラを構えたまま息を整えていた。
さっきの電話の余韻が、まだ耳の奥に残っている。
(匠……お前、どこまで掘ってんだよ)
その時。
横断歩道の向こうを、ふらふら歩く影が見えた。
スーツでも制服でもない。
コートの形だけ、OLっぽい。
なのに輪郭は煤で、表面に細い文字列が走っている。
顔は“それっぽい笑顔”を貼り付けているのに、目が空っぽだ。
「……寒くないですか?」
普通の世間話が、妙に綺麗な声で落ちる。
近くの人がビクッとして、逃げる。
逃げ遅れた誰かに、煤が指みたいに伸びる。
木崎がシャッターを切ろうとした、その瞬間――
城ヶ峰から送られてきた位置共有の通知が、画面の端に出た。
同時に、別の通知。
見慣れない地図のスクリーンショットが一枚。
《円がついた。そこにいるか》
木崎は一瞬だけ目を細め、前を見る。
OL風の黒い影。
そして、スマホ画面の地図。
その座標に、同じように“円”が重なっていた。
「……なるほどな」
木崎はカメラを構え直す。
逃げる人の流れと逆に、半歩だけ前へ出た。
(匠。お前、これを“撃てる”形にする気か)
黒い影が、また笑う。
「今日は、寒いですよね」
その言葉のまま、煤がじわりと濃くなった。
◆ ◆ ◆
【異世界・転移した学園/正門内・校庭】
鉄の門が、ゆっくり開いた。
外の森を見ないようにしていた生徒たちが、逆に“見てしまう”。
門前に立つ鎧の兵士。
光る術式。
地面の焦げ跡。
そして、さっきまで外で吠えていた獣がいないこと。
「……助かった、の?」
「え、あの人たち……本物の兵士……?」
「魔法……いま、光った……」
ざわめきは恐怖だけじゃない。
好奇心が混じる。英雄を見る目が混じる。
先生たちが前に出る。
声は震えているのに、必死に大人の顔を作っていた。
「あなた方は……どちらの、部隊ですか」
「生徒は中に避難させています。負傷者が――」
アデルはきちんと一礼した。
「王都イルダ警備局の部隊です。……説明できない部分が多い。
ですが、ここは“安全な場所ではない”。今は、生徒の安全を優先します」
その横で、ヴェルニが得意げに手を振った。
「安心しろ。俺はヴェルニ=シュナイダー。――まあ、英雄だと思ってくれていい」
「え、英雄……!」
生徒の数人が目を輝かせる。
先生が「静かに!」と叱るが、抑え切れない。
リオは、少し離れた場所へ下がっていた。
マスクのまま。視線を落とし気味に。
“見られる”ことを避けている。
その視線の先に、走ってくる二人がいた。
ハレルとサキ。
体育館側から、息を切らして――でも無事な顔で。
ハレルが、門前の兵士たちの中にリオを見つける。
一瞬で、顔が変わった。怒りでも恐怖でもない、ほどけるような安堵。
「……来たんだな」
リオは、うなずくしかなかった。
言葉にすると、喉が詰まる。
サキが、スマホを握りしめたままアデルを見上げる。
「……さっき、黒い影を“消す”みたいなことが……私のスマホで……」
アデルの眉がわずかに上がる。
「スマホ?」
ハレルが短く補足する。
「地図みたいなアプリです。黒い影にマークがついてて……押すと、円が出て――」
アデルは一瞬だけ、理解できない顔をした。
でもすぐに切り替える。今は“現象”を握るほうが先だ。
「……分かった。後で詳しく聞く。今は、全員を落ち着かせる」
校庭の空気が、ほんの少しだけ明るくなる。
門の外の恐怖が、一旦退いたからだ。
その時。
兵士のひとりが、アデルの背後から近づいた。
鎧の擦れる音が、妙に大きく聞こえる。
「隊長。――報告が」
アデルが振り返る。
兵士の顔は硬い。さっき勝った直後の顔じゃない。