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【異世界・転移した学園/正門内・校庭】
門を開けて学園内へ踏み込んだ直後――その空気が、まだ落ち着く前だった。
生徒のざわめきも、先生の指示も、ようやく“形”になり始めたばかり。
兵士のひとりが、アデルの背後から近づいた。
鎧の擦れる音が、やけに大きい。
「隊長。――報告が」
声は低い。慌ててはいない。だが、硬い。
アデルが振り返る。
兵士は息を整え、短く言った。
「門の守りに出していた者が一人、所在が分かりません」
「……いない?」
「はい。交代の確認をした時に数が合いませんでした。さっきまで、ここに」
校庭の空気が、一段冷えた。
獣の唸り声でも、黒い影でもない。
“人が消える”怖さは、別の種類だ。
ヴェルニが眉を上げる。
「勝った直後にそれ? 嫌な話だな」
「余計なこと言わない」
アデルは即座に切る。声は荒くない。それが逆に強い。
リオはマスクの奥で息を吐き、校庭の端――門の近くの地面を見た。
靴跡が乱れている。
兵士のブーツ、先生の靴、生徒の上履き。
どれも同じ“生きた跡”で、消えた者だけが、跡を残さない。
(……影の破片)
昨日から続く嫌な感覚が、喉の奥に引っかかる。
アデルが短く言った。
「……嫌な予感がする」
それ以上は言わない。今ここで“確定”させる言葉は、いらない。
「分かった。捜索を続けろ。二人一組。単独は禁止」
兵士が頷き、すぐに動く。
二人一組の捜索班が、校舎の影と体育館周り、門の内側の通路を押さえに走る。
“探しに行く”というより、“守りの輪を広げる”動きだ。
イヤーカフがちり、と鳴った。
『学園内の兵の点、ひとつ消えた』
ノノの声は速い。落ち着いている。
『消えた場所は門の内側、今いた位置。
……周辺の温度が少し落ちてる。薄い感じ』
「薄い?」
リオが小さく返す。
『うん。数字の揺れが一瞬だけ跳ねた。今は戻った。でも、戻ったのが嫌』
『“消えた”のか、“隠れた”のか、判別できない。動きの跡も、途中で切れてる』
アデルが頷く。
「分かった。――捜索は続ける。だが、生徒の避難線は崩さない」
ヴェルニが肩を回す。
「つまり、戻ってくる可能性もあるってことだな」
「……ある」
アデルは短く返した。
戻ってきた時、こちらが乱れていたら。
“次に消える”のが生徒だったら。
その想像を、アデルは飲み込んだまま、表に出さない。
◆ ◆ ◆
【異世界・転移した学園/校庭・体育館前】
体育館の入口は先生たちが固め、生徒の列を崩さないよう必死に誘導している。
泣き声はまだ残っているが、叫び声は少し減った。
“助けが来た”という事実が、ほんのわずかに人を落ち着かせる。
ハレルとサキは、リオの姿を確認した位置から動いていない。
近づけば説明が必要になる。
遠すぎれば守れない。
その中間で、二人は踏ん張っていた。
サキはスマホを握りしめ、画面を見下ろす。
残量は目に見えて減っている。
さっきの円――強制退出。
あれが“切り札”であるほど、簡単に使えないことも分かってしまった。
ハレルが小声で言う。
「……あれ、また使うことになったら」
サキは唇を噛む。
「その時は……使う。けど、残りが……」
怖い、と言わない。
代わりに数字を見る。
中学生らしい現実の握り方だ。
その近くで、先生がアデルに頭を下げ続けている。
「本当に、助けていただいて……」
「今は礼はいらない」
アデルは淡々と言う。
「生徒を集める。窓は開けない。
扉は勝手に開けない。――守る順番を守って」
先生たちが、ようやく“指示”をもらえた顔になる。
怖さは消えない。
でも、動ける。
そこへ、ヴェルニが割って入る。
生徒の視線が一斉に集まる。
鎧、剣、術――目立つ。目立ちすぎる。
「おいおい、見過ぎ。目が乾くぞ」
軽口だ。けれど、声の出し方が上手い。
泣いていた子が、ほんの少しだけ息を止めるのをやめる。
「……あの人、かっこいい」
小さな声が漏れ、周りが「やめろって」と言いながら、同じ顔をしている。
ヴェルニは聞こえたのか聞こえないふりか、肩をすくめる。
「英雄扱いは慣れてないんだよ。俺は俺で忙しい」
アデルが横から刺す。
「喋る暇があるなら、周囲を見て」
「見てる見てる」
ヴェルニは笑ったまま、空気の匂いを嗅ぐように視線を動かす。
軽い顔の下で、意外とちゃんと“仕事”をしている。
リオは少し離れた場所で、マスクを触り、視線を落としたまま周囲を観察していた。
生徒の目が自分へ向くたび、微妙に位置を変える。
顔を見られたくない。
それ以上に、名前を呼ばれたくない。
(……今は、余計な線を増やしたくない)
ノノの声が、またイヤーカフから落ちる。
『アデル。イルダ側は一旦落ち着いてる。けど、夜が怖い。影の出方が変わってる』
「変わってる?」
『うん。“人のふり”が上手い。……だから、守る側が疲れる』
アデルは短く息を吐いた。
「分かった。今は学園の安定。イルダの報告は続けて」
ノノが「了解」と言う前に、通信の向こうで誰かが走る音がした。
班が増えて、現場も増える。
ノノの声の速度が、それを物語っている。
◆ ◆ ◆
【異世界・転移した学園/正門内・捜索線】
捜索班が戻ってくる。
見つからない。
足跡も、途中で薄くなって、消えている。
黒い煤の粒も、見つけたと思ったら、次の瞬間には“そこに無い”。
「……気のせい、か?」
若い兵士が呟き、先輩が低く言う。
「気のせいで片付けるな。だが騒ぐな。守りが崩れる」
アデルは捜索班の報告を聞き、表情を変えない。
変えないまま、剣の柄に指を置く。
「引き続き捜索。だが優先は生徒の隔離。
門の守りは二重。夜間も交代を細かくする」
兵士たちが「はい」と揃えて返す。
声を揃えることで、自分たちの心を揃える。
校舎の影が長く伸び、風が冷たくなっていく。
この世界の“夕方”が近い。
生徒の中には、もう「家に帰る」ことを口にしない子が出始めていた。
言えば崩れるから、言えない。
代わりに、窓の外を見てしまう。
森の暗さを見てしまう。
アデルは一度だけ、門の外の森へ目を向けた。
獣はいない。影も見えない。
それが怖い。
――消えた兵士は、どこへ行ったのか。
分からない。
分からないまま、夜が来る。
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