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エリオットは振り返らなかった。
後ろでチャンスが何か言ってる気配はあったけど、
全部無視して、そのまま歩き続ける。
帰り道の記憶はほとんどない。
ただ、さっきの一言だけが頭の中で何度も繰り返されてた。
——“そんな事くらいで”
(……そんな事、ね)
奥歯を軽く噛み締める。
⸻
アパートのドアを開けた時、
すでに機嫌は“最悪”まで落ちきっていた。
靴を乱暴に脱いで、ソファに沈み込む。
「……はぁ」
深く息を吐く。
でも、全然抜けない。
数分後。
ドアが開く音。
「エリオット」
チャンスが入ってくる。
「……」
返事はしない。
「おい」
近づいてくる気配。
「さっきのは——」
「別にいいって言っただろ」
被せるように遮る。
でもその声は、明らかに冷たい。
チャンスが少しだけ眉をひそめる。
「よくねぇだろ」
「いいって」
ゆっくり立ち上がるエリオット。
そして、チャンスの前まで歩いてくる。
「そんな事くらいで機嫌悪くなる面倒くさいやつなんだろ、俺」
そのまま、少しだけ首を傾けて笑う。
——その笑い方が、完全に“煽り”。
「……エリオット」
「違う?」
距離が近い。
でもさっきまでと違うのは——
エリオットの方が“余裕ある顔”をしてること。
「ほら、さっきみたいに言えばいいじゃん」
一歩、踏み込む。
「“そんな事くらいで”って」
チャンスの胸元に指を軽く押し当てる。
逃げ場を塞ぐみたいに。
「俺が、何にムカついてたかも分かんないくせに」
低く、静かに。
でも刺さる声。
「適当にまとめて、“はい終わり”にしようとしてさ」
指が少しだけ強く押される。
「楽だよな、そっちの方が」
「……違う」
チャンスが低く返す。
でもエリオットは止まらない。
「違わないだろ」
ふっと笑う。
今度は完全に挑発。
「だってお前、さっき“面倒くさい”って思った顔してた」
「……」
「当たってる?」
#doublefedora
ゆゆゆゆ
ゆゆゆゆ
#Paycheck
沈黙。
それが答えみたいなもので。
エリオットの目が細くなる。
「ほら」
小さく笑って、
「図星じゃん」
そのまま、ネクタイに手をかける。
ぎゅっと掴んで——引く。
「っ……」
チャンスの体が前に引き寄せられる。
顔が近い。
でも、今主導権を握ってるのは完全にエリオット。
「なぁ」
低く囁く。
「さっきの女と話してた時さ」
わざとゆっくり言葉を選ぶ。
「結構楽しそうだったよな」
「……」
「俺が隣にいるのに」
ぐっとネクタイを引いたまま、視線を絡める。
「それ見て、何も思わないと思った?」
ほんの少しだけ声が揺れる。
でもすぐに抑え込んで、また笑う。
「まぁいいけど」
離すかと思いきや——離さない。
「どうせ“そんな事くらい”だもんな」
完全に同じ言葉をなぞる。
でも意味は、さっきよりずっと重い。
「俺がどう思おうが、お前にとっては大したことじゃない」
一瞬だけ、間。
「……ならさ」
ぐっと顔を近づける。
吐息が触れる距離。
「今、これも“そんな事”で済ませてみろよ」
ネクタイをさらに引く。
唇が触れそうな距離。
でも——触れない。
ギリギリで止める。
「できる?」
挑発する目。
完全に煽ってる。
逃げ場も、言い訳も与えない。
部屋の空気が、ぴんと張り詰める。
さっきまで拗ねてたはずのエリオットが、
今は完全に——追い詰める側。