テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
3,342
エリオットは振り返らなかった。
後ろでチャンスが何か言ってる気配はあったけど、
全部無視して、そのまま歩き続ける。
帰り道の記憶はほとんどない。
ただ、さっきの一言だけが頭の中で何度も繰り返されてた。
——“そんな事くらいで”
(……そんな事、ね)
奥歯を軽く噛み締める。
⸻
アパートのドアを開けた時、
すでに機嫌は“最悪”まで落ちきっていた。
靴を乱暴に脱いで、ソファに沈み込む。
「……はぁ」
深く息を吐く。
でも、全然抜けない。
数分後。
ドアが開く音。
「エリオット」
チャンスが入ってくる。
「……」
返事はしない。
「おい」
近づいてくる気配。
「さっきのは——」
「別にいいって言っただろ」
被せるように遮る。
でもその声は、明らかに冷たい。
チャンスが少しだけ眉をひそめる。
「よくねぇだろ」
「いいって」
ゆっくり立ち上がるエリオット。
そして、チャンスの前まで歩いてくる。
「そんな事くらいで機嫌悪くなる面倒くさいやつなんだろ、俺」
そのまま、少しだけ首を傾けて笑う。
——その笑い方が、完全に“煽り”。
「……エリオット」
「違う?」
距離が近い。
でもさっきまでと違うのは——
エリオットの方が“余裕ある顔”をしてること。
「ほら、さっきみたいに言えばいいじゃん」
一歩、踏み込む。
「“そんな事くらいで”って」
チャンスの胸元に指を軽く押し当てる。
逃げ場を塞ぐみたいに。
「俺が、何にムカついてたかも分かんないくせに」
低く、静かに。
でも刺さる声。
「適当にまとめて、“はい終わり”にしようとしてさ」
指が少しだけ強く押される。
「楽だよな、そっちの方が」
「……違う」
チャンスが低く返す。
でもエリオットは止まらない。
「違わないだろ」
ふっと笑う。
今度は完全に挑発。
「だってお前、さっき“面倒くさい”って思った顔してた」
「……」
「当たってる?」
沈黙。
それが答えみたいなもので。
エリオットの目が細くなる。
「ほら」
小さく笑って、
「図星じゃん」
そのまま、ネクタイに手をかける。
ぎゅっと掴んで——引く。
「っ……」
チャンスの体が前に引き寄せられる。
顔が近い。
でも、今主導権を握ってるのは完全にエリオット。
「なぁ」
低く囁く。
「さっきの女と話してた時さ」
わざとゆっくり言葉を選ぶ。
「結構楽しそうだったよな」
「……」
「俺が隣にいるのに」
ぐっとネクタイを引いたまま、視線を絡める。
「それ見て、何も思わないと思った?」
ほんの少しだけ声が揺れる。
でもすぐに抑え込んで、また笑う。
「まぁいいけど」
離すかと思いきや——離さない。
「どうせ“そんな事くらい”だもんな」
完全に同じ言葉をなぞる。
でも意味は、さっきよりずっと重い。
「俺がどう思おうが、お前にとっては大したことじゃない」
一瞬だけ、間。
「……ならさ」
ぐっと顔を近づける。
吐息が触れる距離。
「今、これも“そんな事”で済ませてみろよ」
ネクタイをさらに引く。
唇が触れそうな距離。
でも——触れない。
ギリギリで止める。
「できる?」
挑発する目。
完全に煽ってる。
逃げ場も、言い訳も与えない。
部屋の空気が、ぴんと張り詰める。
さっきまで拗ねてたはずのエリオットが、
今は完全に——追い詰める側。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!