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「できる?」
挑発する声が、まだ近くに残ってる。
ネクタイを掴んだまま、
エリオットはチャンスをじっと見ていた。
逃げない。
引かない。
その代わり——
「……っ」
一瞬、息を吸って。
そのまま——
キスした。
勢いのまま、ぶつけるみたいに。
余裕も、加減もない。
ただ感情だけで押し付けたキス。
「……」
ほんの数秒。
でも、エリオットの中ではそれで十分なはずだった。
——言い返したかった。
——見せつけたかった。
“そんな事くらい”じゃないって。
離れようとした、その瞬間。
「……おい」
低い声。
次の瞬間、ぐいっと腕を引かれる。
「っ……」
体勢が崩れて、逆に引き寄せられる。
「そんな雑なキスするな」
はっきりとした、不機嫌な声。
さっきまでの空気とは違う、
少しだけ苛立ちを含んだトーン。
エリオットの目が揺れる。
「……は?」
「分かってねぇだろ」
至近距離で見下ろされる。
さっきまで自分がやってた“追い詰める側”の視線を、
そのまま返される。
「今の」
軽く自分の唇に触れて、
「ただぶつけただけだ」
「……」
「それで終わりにすんな」
静かに言われるその一言が、妙に重い。
エリオットは一瞬だけ言葉を失って、
すぐに睨み返す。
「……別に、終わらせるつもりなんか——」
言い切る前に、
「ならちゃんとやれよ」
被せられる。
低くて、逃がさない声。
「感情ぶつけるだけで満足してんじゃねぇよ」
「……っ」
言い返したいのに、詰まる。
図星を突かれたみたいで。
チャンスはそのまま距離を詰める。
さっきよりも近い。
逃げ場は、もうない。
「ほら」
少しだけ顎を持ち上げられる。
「もう一回」
命令みたいな声。
でもどこか、試すようなニュアンス。
エリオットの喉が小さく動く。
「……なんで」
「は?」
「なんでお前にそんなこと言われなきゃいけないんだよ」
強がるように言う。
でも、さっきより声が少しだけ揺れてる。
チャンスは一瞬だけ黙って、
それから短く息を吐いた。
「分かんねぇのかよ」
少しだけ呆れた声。
でもその奥に、ちゃんと熱がある。
「さっきからお前がやってんの」
ぐっと距離を詰めて、
「全部“中途半端”なんだよ」
「……」
「嫉妬すんならちゃんとしろ」
まっすぐ言い切る。
逃げ道を潰すみたいに。
「拗ねるだけ、煽るだけ、キスだけ」
一つ一つ区切るように。
「全部途中で止めてんだろ」
エリオットの目が揺れる。
言い返せない。
「だからムカつく」
低く、はっきり。
「ちゃんと来いよ」
その一言。
空気が、一気に張り詰める。
エリオットは数秒黙って——
それから、ゆっくり息を吐いた。
「……っ、ほんと」
小さく笑う。
でもその笑いは、さっきとは違う。
少しだけ余裕がなくて、
でも逃げてない。
「偉そう」
そう言いながらも、目は逸らさない。
「言われなくても分かってる」
一歩、踏み込む。
今度は、自分から。
「……ちゃんとやればいいんだろ」
小さく呟く。
距離が、また縮まる。
さっきよりもゆっくり。
さっきよりも、確かに——
意識して。
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