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「早すぎて見えない」
ぶつかり合う紅蓮を私達はただ呆然と眺めていることしか出来なかった。
先ほどまでは、あれに加戦しようと思っていたのに、いざ目の前にしてしまえば、そんな気など全く起きなくなる。それぐらい激しいぶつかり合いだった。
「怖いのか?」
「え、ああ……えっと、そうじゃなくて、あれリース見える?」
私の肩を抱いて、心配そうに顔を覗いたリースに私は首を横に振って、目の前で繰り広げられている戦いについて問うた。
彼は、少し考えるような素振りを見せた後、「一応は」と小さく答えた。本当なのか怪しいが、動体視力云々とか攻略キャラ補正がついているのかも知れないと、私は自分を納得させ、自分から聞いたのにもかかわらずそうなんだと、気のない返事をした。
キン……キンッ! とぶつかり合う金属の音が耳をつんざいていく。
時折、火花のようなものも散っていて、それは美しくも感じたが、同時に恐ろしくもあった。
リースが言うには、二人の攻撃は互角らしく、どちらも一歩も引かない状況が続いているそうだ。
だが、それも長く続くわけがない。
(てか、さっきアルベド、魔法で剣を作り出していたけど……あれってどうなんだろう)
実際の金属と、魔法で作った剣。どちらが丈夫なのか。金属は折れればそれまでだし、魔法はその発動している魔道士の魔力が尽きればそれまでだ。どちらが先に折れるか、尽きるか……分からなかった。
「あそこに、リースは加われたりする?」
「俺に特攻しろと?」
「そ、そうじゃなくて……あの早さ、ついていけるかなあって……ほら、見えても実際動けるかどうかって話。別に、突っ込めなんて言ってないし、それにリースが危険な目にさらされるのは嫌だ」
そういえば、リースは何処か嬉しそうにフッと口の端を上げると、私の頭を優しく撫でた。子供をあやすような、百点を取った子供を褒めるような手つきがくすぐったくて、私は、彼の手を払ってしまった。子供扱いされるのは好きじゃない。
すると、彼は少し悲しそうな表情をして謝ってきた。
そんなつもりはなかったと。
でも、そんな事分かっていたから、私は彼の手を払うだけだった。
「ああ、それでお前の質問に答えてなかったな。お前の言うとおり、目では追えるがあの早さはついていけないだろう」
「運動能力の問題?」
「それも勿論あるが、並の人間にはまねできない動きだからな。それに、風魔法を付与しているみたいだからな。あれは、人にはまねできない」
「ええっと、それって、風魔法で身体能力を上げているって事?」
そう聞けば、リースはちらりと私を見て、そうだな。と答えると再び彼らに視線を戻した。
私もつられて視線を戻すが、彼らの動きはとてもじゃないが目では追えない。リースは終えているみたいだが、私じゃとてもじゃないが終えなかった。もう、そこで何かが渦巻いているという風にしか見えない。
ぶつかりあう金属音と、激しく揺れる紅蓮はまるで炎のようだった。
(風の魔法を付与したとしても、その人の持っている身体能力云々も関係あるから、アルベドもラヴァインも相当動けるって事か……)
そんなことを考えて、やはりあの時ラヴァインに下手に抵抗しなくてよかったと思った。まさかここまでとは思わなかったが、魔法が使えないんじゃ、逃げようがなかったし、例え魔法を使ったとしても、風の魔法を極めているラヴァインからは逃げられなかっただろう。
アルベドと互角か……
アルベドの魔法もそこまで見たこと無いし、彼が風の魔法を使う闇魔法の魔道士と言うことしか情報はない。どちらかというと近接戦で、ナイフを使うイメージだったから、今回剣で戦っているのは珍しかった。どういう意図があるのか、もうこれ以上ナイフがないから代わりに魔法で作り出したのか。彼のみぞ知るという感じか。
「決着つくよね……?」
「どうだろうな……だが、魔法を二重に使っているアルベド・レイの方は辛いんじゃないか?」
「え?」
リースは実況しながらそう言うと、私の方をちらりと見た。
言いたいことが分かってしまい、私はアルベドの方を見る。確かに、風の魔法と闇魔法で剣を生成して戦っている彼は二重に魔法を使っていると言えるだろう。それに、剣を使っている間も魔力を消費し続けている。アルベドの事だから、帰りの転移魔法の魔力も残していると考えると、使える魔力というのは限られてくるだろう。耐久戦になったらアルベドに勝ち目があるのか。
キン――――ッ!
そう思っていると、ラヴァインのナイフが宙を舞い、私達の間の床にグサリと刺さった。
「ヒッ!」
「え、エトワール」
リースは私に怪我はないかと聞いた後、視線をすぐさまラヴァインの方へ戻した。
ラヴァインは両手を上げて降参のポーズを取り、何やら嬉しそうな表情を浮べながら、アルベドに向けられた剣先を見つめていた。その濁った満月の瞳が、ギロリと動くと、ラヴァインの口角がさらに上がった。
そして、剣先がラヴァインの首元に当てられると、彼は大声で笑い出したのだ。
狂気じみた笑み。
それに私は思わず肩を抱くように身震いする。
(何で笑えるの? 本気の殺意を向けられて喜んでるって言うの?)
彼の思考回路が理解できず、私は身体をリースに預ける形でアルベドとラヴァインの行く末を見守った。
「もう、観念しろ。ラヴァイン」
「何で、兄さんは俺の首を切り落とさない? 俺は、丸腰だって言うのにさぁ」
と、ラヴァインはアルベドに対して挑発するように言った。
それに、アルベドは眉間にしわを寄せると、ため息をつく。
確かにラヴァインの言うとおりである。だが、彼が口にしたせいもあって、まだラヴァインが何かを隠しているのではないかと疑いの目を向けたくなる。
「そうだぞ、アルベド・レイ。何故彼を殺さない?」
そう口を挟んだのは、リースだった。
殺す、と彼の口から出たことで、思わず私はリースを睨んでしまう。リースは言い過ぎたかという顔をしていたが、ここで彼を生かす意味は無いとラヴァインに冷たい目を、アルベドには脅迫のような鋭い瞳を向けた。
アルベドは、リースの言葉を受けて再度大きなため息をついた。
「皇太子殿下、一つ…………ここで、彼を殺してしまったらヘウンデウン教の情報を得られないと思いますが。彼は、腐っても幹部。ヘウンデウン教や混沌の動向についてある程度知っているものだと思います。捕虜として利用する価値は十分にあると思いますが」
と、アルベドは静かに言うと剣先をラヴァインに向けたままリースに小さく頭を下げた。
まるでそれは、弟を殺さないでと兄が土下座をするようにもみえて、そんな事をされる覚えが無いからこそ私は、なんだか複雑な気持ちになる。
すると、リースは少しだけ考えるそぶりを見せると、再びラヴァインに視線を戻した。
ラヴァインもリースに視線を向ける。
何を考えているのか分からない。
アルベドの言うことには一理あるが、ラヴァインが逃げられないように拘束してこの場から脱出することが可能なのだろうかとも思う。だって、ここは一応彼の所有地で、まだ中に沢山の兵士がいるとしたら。私達を殺せずとも、ラヴァイン奪還に動いたらきっと私達に止める術はない。
だからといって、殺した事でここにいる兵士達の逆鱗に触れたら……
「それは、兄として弟を殺さないで欲しいと言いたいのか?」
リースはそう冷たく吐くと、二つの紅蓮を睨み付けた。
冷酷で、怒りに満ちたその眼光に、一瞬にしてその場の空気が凍り付く。
しかし、ラヴァインはリースの怒りを孕んだ言葉を聞いてもなお、その笑みを絶やすことは無かった。その笑顔はどこか歪で、狂気じみて見える。
(ゲームの中のリースみたい……)
中身が遥輝だからリースであって、リースではない。と思っていたが、こうして冷たい目で言葉で相手を威圧するように睨み付けている姿を見ると、ゲームのリースを見ているようだった。ゲームのリースは、冷酷無慈悲な皇太子だったから。笑顔なんて見せない、攻略難易度高めの。
そんなふうに、またゲームと現実が混合しそうになり私は首を横に振った。
そして、リースの言葉は私が思っていたことその通りで、私は恐る恐るアルベドを見た。確かに、弟を殺さないでって……彼ならいうかも知れない。実際にその言葉を口にしなくても、そう思っているかも知れないと。
「皇太子殿下は、俺がそう言っているふうに見えると?」
と、アルベドはようやく口を開いた。
リースは眉をぴくつかせつつも、その顔は崩さずに「ああ」と短く返す。
アルベドはその言葉を受けて、肩をすくめ、その剣先をラヴァインの喉元にさらに近づけて、落胆したように笑った。
「皇太子殿下、言ったよなあ。俺は、怒っているって。それは、弟にこいつに対しての怒りだ。アンタが、エトワールを奪われて怒り悲しんでいたように、俺もまたあんたと同じ気持ちだった」
「…………」
「言ったとおりだ。こいつを生かす理由は、弟だから家族だからっていう理由じゃねえ。利用価値があるからだ。まあ、此奴が吐くかどうかは分からないが、幹部を一人捉えたって事は、かなりこっちが有利になるだろ?」
そう言ってアルベドは口角を上げた。
彼の言うとおりだ。
ここで、ラヴァインを捉えたとしても、彼が情報を吐いてくれるとは限らない。でも、彼がヘウンデウン教の幹部で頭脳であるというのなら、捉えてヘウンデウン教の動きを足止めできるかも知れない。けれど、それなら殺しても殺さなくても一緒な気がする。
結局どうなんだろうと、私はアルベドとリースを交互に見る。
リースは何やら考えていたが、肯定の返事をしなかった。
「確かに有利にはなるだろうが、こいつを連れて帝都に戻れるのか? こいつを拘束した後、お前はどうするつもりだ? 俺たちに此奴の身柄を受け渡して、その後どうする?」
と、リースは鋭い瞳でアルベドを見る。
つまり、アルベドがここに戻ってラヴァインの代りとしてヘウンデウン教に報告しにいくのではないかとリースは言いたいのだろう。さすがに、それは考えすぎなのではないかと、リースを見る。だが、リースも譲れないようだった。
一つでも不安の種は潰しておかないとと。
すると、アルベドは困ったような顔をして頭を掻いた。
「皇太子殿下、ほんとアンタ面倒くさい性格してんな」
アルベドはあきれかえったように言うと、ため息をつく。
そして、剣先をラヴァインの首筋から離すと、そのままそれをラヴァインの頭上まで持ち上げた。
何をするのかと、私は思わず身構えてしまう。すると、アルベドはそのまま腕を振り上げた。
「……ッ」
「え、嘘……」
アルベドが振り上げた剣は、ラヴァインの肩を切り裂き、彼の肩から鮮血が噴き出した。