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塀の修理を始めて三日目。五月の爽やかな陽気は、重労働に明け暮れるまことの額から容赦なく汗を奪っていた。
「まこと! そこ、漆喰が薄いぞ! もっと隙間なくキチッと埋めろ!」
「はい、ダボさん! すぐやります!」
重いコテを握り直し、崩れた石壁に向き合う。泥と汗にまみれたこの平民としての泥臭い生活こそが、今のまことが現実を繋ぎ止める唯一の錨だった。
だが、その平穏は唐突に、前触れもなく引きちぎられる。
キーン、コーン、カーン、コーン――。
学園の鐘の音が、遙か遠くの下町にまで響き渡った。正午、12時の鐘だ。
その最後の余韻が消えかかった瞬間、まことの脳裏に、突如として激しいノイズが走った。視界がぐにゃりと歪み、目の前の石壁が二重、三重にブレる。まことの意識や肉体はここに固定されているのに、大気そのものがバグで軋んでいるかのような感覚。
『――警告。世界線エラー(Error Code: 404-X)。異分子(渡辺まこと)の定着に伴い、システムに致命的なバグが発生しました。これより、毎日『昼の12時』に対象者三名(エレノア、ギルバート、マリア)の魂をランダムにシャッフルするシーケンスを開始します』
「な、なんだこれ!? 頭の中に直接ログが……! っていうか、三人の魂をシャッフルってどういうことだ!?」
耳の奥で鳴り響く無機質な機械の音声に、まことはコテを落として頭を抱えた。だが、アナウンスは非情にも続いた。
『システム要請:第一ノルマ【主人公・渡辺まこと、およびエレノアの肉体に入る魂は、本日中に接触し、口づけを完了せよ】。未達成の場合、両名の魂を世界線から完全消滅します』
「はあああ!? 口づけ!? 誰とだよ!!」
わけのわからない生存命令にまことが叫んだ、その刹那。
ガタガタガタ!! と、下町の狭い通りに高級馬車が急停車し、中から現れた公爵令嬢エレノア。
だが、そのエレノア(中身:亜香里)は馬車から降りた瞬間、コルセットの凄まじい締め付けに白目を剥きかけ、胸元を必死に押さえながら息も絶え絶えに絶叫した。
「ちょっとおおお!? なによこの服!! コルセットが苦しすぎて息ができないわよ!! っていうか私、なんでこんな中世のガチガチのドレス着てんのよ、重たいわねもう!!」
そのお上品さの欠片もない、しかし完全に「お洒落の不自由さにキレている女子高生」そのものの怒鳴り方。
まことは泥まみれの手を震わせながら、その令嬢を見つめた。
「あ……あか、り……? 亜香里なのか!?」
令嬢(見た目エレノア)は、声のした方をバッと振り返り、まことの姿をそのエメラルドグリーンの瞳に捉えた。
「――え? まこと!? なんであんたが下町のむさ苦しい作業員になってんのよ!?」
死んだはずの幼馴染との、異世界での最悪すぎる再会。お昼の12時のシャッフルにより、公爵令嬢エレノアの肉体に、亜香里の魂が強制インストールされていたのだ。
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#悪役令嬢