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みら

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警察から安全が確認されるまで、三人は玄関を開けなかった。
女優はその場で確保され、鞄の中から刃物も見つかったらしい。
これまでの付きまといや加工写真、目黒への強引な接触についても、事務所が残していた記録と合わせて確認してもらうことになった。
事情聴取などは改めて行う。
今日はまず、阿部を落ち着かせることが優先された。
マネージャーからそう説明されても。
阿部はしばらくソファから動けなかった。
目黒の隣で、ずっと手を握っている。
「本当に持ってたんだね」
阿部が小さく言う。
「うん」
「じゃあ、あの時も」
そこから先は言わなくても分かった。
目黒の手に力が入る。
阿部はその手を握り返した。
「でも今日は開けなかった」
「うん」
「刺されなかった」
「うん」
何度確認してもいい。
今日は生きている。
身体に傷もない。
意識もある。
目黒の声も聞こえている。
それだけで、少しずつ現実に戻ってこられる気がした。
しばらくして。
玄関の外が再び騒がしくなった。
今度は聞き慣れた声だった。
「あべちゃん!」
佐久間だった。
目黒が玄関を開けると、佐久間が一番に入ってくる。
その後ろから、宮舘、渡辺、深澤、康二、ラウール。
全員そろっていた。
佐久間は阿部を見つけた瞬間、駆け寄ってくる。
「あべちゃん!」
「佐久間」
そのまま抱きしめられた。
強い。
「ちょっと苦しい」
「刺されてない?」
「刺されてないよ」
「ほんとに?」
「ほんとに」
佐久間が少し身体を離し、阿部の顔を見る。
それから身体まで確認するように視線を動かした。
「血ない?」
「ない」
「痛くない?」
「痛くない」
「ほんと?」
「何回聞くの」
阿部が少し笑う。
その顔を見て。
佐久間の目から一気に涙が落ちた。
「よかった……」
阿部も。
もう一度佐久間を抱きしめる。
「うん」
「ほんとによかった」
「俺も」
すぐ近くでは。
渡辺が明らかに怒っていた。
腕を組んだまま、玄関の方を見る。
「ほんと最悪」
宮舘が隣に立つ。
「翔太」
「だって刃物持ってたんでしょ?」
「うん」
岩本が答える。
渡辺はさらに眉を寄せた。
「ありえない。ほんとに」
宮舘は何も言わず。
ただ渡辺の腕に軽く触れた。
康二も。
ラウールも。
阿部を見てから、ようやく少し安心したように息を吐く。
深澤は。
しばらく何も言わなかった。
リビングにいる全員をゆっくり見回す。
そして。
「九人いるね」
ぽつりと言った。
その言葉に。
みんなが一瞬静かになる。
阿部も。
一人ずつ見る。
佐久間。
渡辺。
宮舘。
深澤。
岩本。
康二。
ラウール。
目黒。
そして自分。
九人。
岩本が小さく笑った。
「今度は最初から九人だな」
阿部も頷く。
「うん」
夢の中で、何度も確認した人数。
今度は、誰も病院のベッドにいない。
誰も目を覚まさないままではない。
全員、ちゃんとここにいる。
しばらくすると、宮舘が阿部の前にしゃがんだ。
「阿部、何か食べられそう?」
「今?」
「朝からほとんど食べてないでしょ」
言われて、阿部は思い出す。
夢から戻ったと思ったら、時間まで戻っていて。
事務所で話し合い、そのままここへ来た。
女優が来るのを待ち、警察が来て。
確かに、食事どころではなかった。
「……あんまりお腹空いてない」
宮舘は無理にすすめず、少し考える。
「何なら食べられそう?」
阿部も考えた。
夢の中で、宮舘と話したことを思い出す。
食べられなかった頃。
何度も持ってきてもらったもの。
「お粥なら」
宮舘を見る。
「少し食べられそう」
その言葉に、宮舘の表情が少しだけ柔らかくなった。
「分かった」
立ち上がり、そのままキッチンへ向かう。
渡辺も当然のようについていった。
「俺も見る」
「翔太は座ってていいよ」
「何かする」
「じゃあ水出して」
「それだけ?」
そんな声を聞きながら、阿部はソファにもたれた。
佐久間はまだすぐ隣にいる。
目黒も反対側。
近い。
でも今日は、それが嫌ではなかった。
むしろ、少し安心する。
キッチンから冷蔵庫を開ける音がした。
その直後。
「……え?」
宮舘の声がする。
渡辺が聞く。
「何?」
「これ」
「何それ」
「知らない」
二人の声に、リビングにいた全員がキッチンを見る。
深澤が、
「どうした?」
と聞くと。
宮舘が冷蔵庫の前から顔を出した。
「冷蔵庫に入ってた」
「何が?」
「これ」
宮舘が何かを持って、リビングへ戻ってくる。
一つは。
ノート。
もう一つは。
ポストカード。
阿部は、そのノートを見た瞬間に立ち上がった。
「……え?」
見覚えがある。
何度も開いた。
何度も書いた。
夢の中で。
自分のことを知るために使っていた。
あのノート。
「ちょっと待って」
阿部は宮舘から受け取る。
冷たい。
ものすごく冷たい。
「冷たっ」
思わず手を離しかける。
佐久間が覗き込んだ。
「何それ?」
「ノート」
「それは見れば分かる」
「違う」
阿部は表紙を見つめた。
「夢の中のノート」
全員が黙った。
「……は?」
渡辺が一番に声を出す。
目黒も立ち上がり、阿部の手元を見る。
表紙を撫でる。
擦れたところ。
角が少し曲がっているところ。
何度も持ち歩いたせいで付いた小さな傷。
全部。
覚えている。
「これ、そのもの」
佐久間が大きな声を出した。
「持って帰ってきてるじゃん!」
「なんで冷蔵庫!?」
ラウールが言う。
それは阿部も聞きたかった。
深澤が真顔で答える。
「魔王だからじゃない?」
「説明になってないよ」
康二がすぐにノートを覗き込む。
「あべちゃん、開いてみて」
阿部は頷き、表紙を開いた。
最初のページ。
自分の字がある。
夢の中で書いた文字。
ページをめくる。
『一人より、みんなといる方が好き。』
『ラウールに数学を教えた。』
『佐久間のおすすめの本が面白かった。』
『康二に写真を撮ってもらった。』
さらに。
温泉。
九人で歌った日。
踊った日。
佐久間とのイベント。
全部残っている。
夢の最後に書いた言葉も。
『昔の俺も、今の俺も、全部連れて帰る。』
『九人で生きる。』
そして。
一番最後。
『帰ったら、続きを書く。』
阿部は、そこから動けなくなった。
「……ある」
目黒が隣から覗く。
「うん」
「全部ある」
夢の中でしか存在しなかった時間。
その中で書いた文字。
全部。
ちゃんとここにある。
佐久間が後ろから覗き込みながら言った。
「すご……」
ラウールも。
「本当に持って帰ってきたんだ」
康二がすぐに周りを見る。
「ほんなら写真集もどっかにない?」
「冷凍庫じゃない?」
深澤が言う。
渡辺が即座に止める。
「やめて。怖いから」
康二は本当にキッチンを見た。
「一応見てもええ?」
「後にして」
阿部は笑いながら言う。
まだ胸はいっぱいなのに。
少しだけ。
夢の中の空気が戻ったような気がした。
その時。
宮舘がもう一つ持っていたポストカードを差し出す。
「こっちも一緒に入ってた」
「ポストカード?」
阿部が受け取る。
こちらも冷たい。
「なんで全部冷やされてるの?」
渡辺が聞く。
「知らないよ」
阿部はカードを裏返した。
文字がある。
二種類。
一つは、少し大きくて雑な字。
もう一つは、その下に書かれていた。
阿部は声に出して読む。
「『魔法間違えちゃった笑、でも結果オーライでしょ?。魔王より』」
全員が黙る。
数秒後。
渡辺が口を開いた。
「笑じゃないんだけど」
深澤が吹き出す。
「そこ?」
「最後に『笑』付ける内容じゃないでしょ!」
岩本も苦笑する。
「まあ、結果だけ見ればよかったけど」
「だからって時間戻す?」
ラウールも笑う。
「魔法間違える規模じゃないよね」
阿部も呆れながら、続きを読んだ。
その下。
今度は天使から。
「『あべちゃん、次はどんな世界行きたい? 天使より』」
また。
沈黙。
阿部はカードを見たまま固まる。
目黒も覗き込む。
佐久間が一番に反応した。
「次あるの!?」
「行かないよ!」
阿部は即答した。
「えー、行こうよ!」
「佐久間は楽しんでたからでしょ!」
「楽しかったじゃん!」
「俺、最初記憶なかったんだからね!」
康二が笑う。
「次は全員最初から記憶ありにしてもらお」
ラウールも乗る。
「今度は海外とか?」
深澤が、
「魔法の世界は?」
と言い。
渡辺が。
「絶対行かない」
と即答する。
岩本は笑いながら、
「もう現実で十分だろ」
と言った。
「それ」
阿部が大きく頷く。
もう一度。
ポストカードを見る。
次はどんな世界へ行きたい?
少し前の自分なら。
違う世界へ逃げたいと思ったかもしれない。
何も覚えていない世界。
仕事もない。
怖い人もいない。
誰からも知られていない場所。
でも。
今は。
阿部はカードをテーブルに置いた。
「俺、次いらない」
目黒が見る。
「うん?」
「この世界でいい」
みんなが静かになる。
阿部は、冷たいままのノートを抱えた。
「怖いこともあるし、今日みたいなこともあるけど」
一度、目黒を見る。
それから。
八人を見る。
「ここで続きをやりたい」
佐久間が笑う。
「イベントもね」
「うん」
康二も。
「写真撮らな」
「うん」
宮舘はキッチンを見る。
「その前にお粥」
阿部は笑った。
「お願いします」
渡辺が立ち上がる。
「俺、食べたか確認するから」
「一回でいいよ」
「今日は三回」
「まだ続いてるの?」
笑い声が広がる。
宮舘と渡辺はキッチンへ戻っていった。
阿部はもう一度、ノートを開く。
最後のページ。
『帰ったら、続きを書く。』
そこに。
まだ余白がある。
阿部はペンを探した。
目黒がテーブルの上にあったものを渡す。
「書く?」
「うん」
夢の中の最後の一文の下。
現実で初めて。
阿部は文字を書いた。
『帰ってきた。』
少し考えて。
もう一行。
『刺されなかった。』
そして。
みんなを見た。
『九人いる。』
最後に。
阿部は笑いながら書き足した。
『次の世界には行かない。』
「そこ書くんだ」
目黒が笑う。
「念のため」
阿部はポストカードを見る。
「天使、勝手に連れていきそうだから」
佐久間が。
「でも一回くらい」
「行かない」
「まだ何も言ってない!」
「分かるよ」
またみんなが笑った。
冷蔵庫から出てきたノートは、まだ少し冷たい。
でも。
そのページに増えた文字は。
確かに。
現実の続きだった。
しばらくして、キッチンから湯気と一緒に優しい匂いが漂ってきた。
阿部が顔を上げる。
夢の中でも、何度も嗅いだ匂いだった。
宮舘が小さな器を持って戻ってくる。
「熱いから気をつけて」
阿部の前に置かれたのは、白いお粥だった。
量は多くない。
最初から、食べきることを求めていない量。
その横に、渡辺が水を置く。
「はい」
「ありがとう」
「まだ一回目だから」
「何が?」
「確認」
阿部が笑った。
「食べる前から数えないでよ」
「ちゃんと食べるか分かんないじゃん」
宮舘が渡辺を見る。
「急かさない」
「急かしてない」
言いながらも、渡辺は一歩下がった。
阿部は器を見つめる。
白い湯気。
柔らかく煮えた米。
何でもないお粥。
なのに。
思い出す。
あの頃。
宮舘が何度も作ってくれた。
お粥も。
スープも。
ゼリーも。
好きだったものも。
食べなきゃと思った。
食べたいとも思った。
それでも、身体が受け付けなかった。
二口。
三口。
それだけで止まってしまった。
宮舘は何も言わなかったけれど。
夢の中で初めて聞いた。
食べさせることすらできなかったと思っていたことを。
「館さん」
「ん?」
「覚えてる?」
「何を?」
「夢で話したこと」
宮舘は少し黙ってから頷いた。
「覚えてるよ」
阿部も頷く。
「俺も」
スプーンを持つ。
まだ少し手が震えていた。
目黒が隣から見ている。
佐久間も。
渡辺も。
みんな気になっているのが分かる。
「……そんな見ないで」
阿部が言う。
一斉に何人かが目を逸らした。
深澤だけ笑う。
「見てない見てない」
「今までめちゃくちゃ見てたじゃん」
「気のせい」
少し笑えて。
肩の力が抜けた。
阿部はスプーンで少量すくう。
息を吹きかけて。
口に入れた。
温かい。
ゆっくり噛んで。
飲み込む。
それだけ。
何も起きない。
気持ち悪くならない。
喉も拒まない。
ちゃんと。
身体の中へ入っていった。
宮舘は何も言わずに待っている。
阿部はもう一口すくった。
二口目。
飲み込む。
渡辺が口を開く。
「食べた」
「見てるじゃん」
「一回目」
「それ数えるの?」
「数える」
また笑う。
阿部は三口目を食べた。
夢の中で。
宮舘に言った。
ご飯が悪かったんじゃない。
心が、食べる方へ動かなかっただけ。
今は。
怖いことがなくなったわけではない。
ついさっきまで。
玄関の向こうには。
自分を刺すはずだった人がいた。
手はまだ少し冷たい。
身体も疲れている。
それでも。
もう一口。
食べたいと思えた。
阿部はスプーンを動かす。
「……美味しい」
宮舘の目元が、ほんの少し緩む。
「よかった」
それだけだった。
それ以上は言わない。
阿部も。
何か特別なことを言おうとはしなかった。
ただ。
少しずつ食べる。
半分ほど食べたところで、一度手を止めた。
宮舘がすぐに聞く。
「もういい?」
阿部は自分のお腹と相談する。
無理をすれば、もう少しいけるかもしれない。
でも。
無理をする必要はない。
夢の中で。
それも覚えた。
「……あと一口だけ食べる」
「うん」
阿部は自分で決めた一口をすくった。
ゆっくり口に入れて。
飲み込む。
それから。
スプーンを置いた。
「ごちそうさま」
宮舘は器を見る。
半分より少し多く減っている。
でも。
量はどうでもよかった。
「食べられたね」
静かな声だった。
阿部も器を見る。
「うん」
渡辺がすぐに言う。
「二回目。ちゃんと食べた」
「あと一回残ってるの?」
「残ってる」
「いつやるの」
「あとで」
「いらないって」
佐久間が笑い。
康二も。
ラウールも笑う。
宮舘が器を下げようとした時。
阿部が呼び止めた。
「館さん」
「ん?」
阿部は少しだけ迷ってから、笑った。
「帰ったら食べたいって、夢で言ったじゃん」
「うん」
「もう一個叶った」
宮舘は。
一瞬だけ黙った。
それから。
いつもの穏やかな顔で笑う。
「じゃあ次は、もっと食べたい時に作るよ」
「うん」
「その時、何が食べたいか教えて」
阿部は頷いた。
「ちゃんと言う」
目黒が隣で、小さく笑った。
テーブルの上には。
夢から持ち帰ったノート。
魔王と天使のポストカード。
そして。
半分以上減ったお粥の器。
夢で書いた。
『館さんのご飯を食べる。』
それはもう。
遠い未来の約束ではなかった。
阿部はもう一度、温かくなったお腹に手を置く。
ここにいる。
食べている。
みんなと笑っている。
現実の続きは。
ちゃんと始まっていた。
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お疲れ様です。 一気に読みました。 魔王間違えたのが結果オーライだったのか。 病室で皆んなの悲しい顔よりかは😢 少し前の方が対処ができた。すぐに笑顔になった サプライズもあった😅 なぜ冷蔵庫… 次どこ行くも面白い🤣 続き待ってます♪
第58話、読み終わりました……よかった、本当によかったです😭 冷蔵庫から出てきたノートとポストカードには驚きましたが、阿部さんが「この世界でいい」と言えたのが何より印象的でした。夢から持ち帰ったのは記憶だけじゃなくて、ちゃんと「今ここで生きる」という決意だったんだなあと。 お粥を食べるシーン、涙が出ました。「美味しい」の一言にどれだけの時間と想いが詰まってるんだろうって。 九人全員が揃って、笑い合える日常の尊さを改めて感じる回でした。みらさん、素敵な作品をありがとうございます🌙