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みら

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阿部がお粥を食べ終えると、宮舘は器を持ってキッチンへ戻った。
そのまま冷蔵庫の中を確認し、棚も開けていく。
渡辺が後ろから覗いた。
「今度は何?」
「みんなのご飯」
「まだ作るの?」
「九人いるからね」
時計を見れば、もう夕食の時間に近かった。
朝からまともに食べていないのは阿部だけではない。
事務所で目を覚まして。
時間が戻っていることに気づき。
女優が来ると分かってからは、誰も食事どころではなかった。
深澤がリビングから声を飛ばす。
「館さん、簡単なのでいいよー」
「じゃあカレーにする」
佐久間がすぐに反応した。
「カレー!」
「元気だね」
阿部が笑う。
「カレーはいつでも食べられる!」
ラウールもキッチンを見る。
「俺、大盛り」
「まだできてないよ」
宮舘はそう返しながら、手際よく準備を始めた。
玉ねぎ。
じゃがいも。
にんじん。
肉。
阿部の家に元々あったものだけで、十分作れそうだった。
目黒が立ち上がる。
「俺も手伝う」
「じゃあご飯お願い」
「分かった」
康二までキッチンへ行こうとして。
渡辺に止められる。
「狭いから来ないで」
「なんで俺だけ?」
「人多い」
「しょっぴーもおるやん」
「俺は水係」
「まだ水係やってるん?」
「重要だから」
そんな会話を聞きながら、阿部はソファで笑った。
夢の中でも。
みんなで料理をした。
あの時は、深澤の切った野菜が大きすぎたり、ラウールがつまみ食いしたり、佐久間が盛り付けにこだわったり。
今日の方が。
ずっと静かで。
ずっと現実的なのに。
不思議と似ていた。
しばらくすると、部屋いっぱいにカレーの匂いが広がった。
「できたよ」
宮舘の声で、全員が動き出す。
テーブルだけでは九人分の場所が足りない。
何人かはソファ。
何人かは床。
いつものように、適当に場所を作る。
阿部にはカレーではなく。
さっきのお粥の残りと、水。
「阿部ちゃん、カレーの匂い大丈夫?」
目黒に聞かれ。
阿部は頷いた。
「大丈夫。むしろ美味しそう」
「食べる?」
佐久間が自分の皿を差し出しそうになる。
「今はいらない」
「そっか」
「今度食べる」
その言葉に。
宮舘が少しだけ笑った。
「じゃあ、今度作る」
「うん」
みんながカレーを食べ始める。
佐久間が一口食べて。
「うまっ!」
ラウールもすぐに続く。
「やっぱ館さんのカレー好き」
康二も。
「これ夢ん中でも食べたかったなあ」
深澤がスプーンを止める。
「カフェのメニューにあったっけ?」
「なかった気がする」
岩本が言う。
渡辺は。
「夢の中でも館さん料理してたし、現実でも料理してるし、結局何も変わってないじゃん」
と笑った。
「好きだからね」
宮舘は淡々と答える。
阿部は。
そのやり取りを聞きながら、お粥をもう一口だけ食べた。
さっき「あと一口」と言ったはずなのに。
みんなが食べているのを見ていたら。
少しだけ食べたくなった。
渡辺がすぐに気づく。
「三回目」
阿部が顔を上げる。
「何?」
「食べてる」
「まだ数えてたの?」
「これで終わり」
「よかった」
みんなが笑う。
その時。
テーブルの上に置いていた岩本のスマホが鳴った。
岩本が画面を見る。
表情が少し変わる。
「マネージャー」
一気に。
みんなの空気が落ち着いた。
岩本が電話に出る。
「もしもし」
少し話したあと。
マネージャーに確認する。
「みんないるけど、スピーカーにしていい?」
電話の向こうで返事があったらしく。
岩本はスマホをテーブルの中央へ置き、スピーカーに切り替えた。
『みんな聞こえる?』
「聞こえる」
深澤が答える。
他のみんなも食べる手を止めた。
『まず、今日の件だけど』
マネージャーの声が。
少しだけ硬くなる。
『事務所として、事件を公にすることになった』
誰もすぐには話さなかった。
阿部は。
手に持っていたスプーンをゆっくり置く。
『詳細をどこまで出すかは、警察とも確認してる。ただ、相手が芸能人で、現場も君たちの自宅だし。完全に伏せたまま捜査を続けるのは難しい』
岩本が聞く。
「阿部の名前も出る?」
『出る可能性が高い。目黒くんも』
目黒が阿部を見る。
阿部も目黒を見る。
少しだけ胸がざわついた。
また。
外に出る。
自分のことが。
知らない人たちに話される。
記事になる。
好き勝手なことを言われるかもしれない。
夢へ行く前の阿部なら。
その想像だけで。
もう全部嫌になっていたと思う。
目黒がテーブルの下で阿部の手を握る。
阿部は。
その手を握り返した。
『ただし、事務所側から出せる事実はきちんと出す。これまでの付きまといや虚偽の写真についても、必要な範囲で説明する予定』
渡辺が小さく息を吐く。
「やっとか」
宮舘が隣を見る。
『それと、もう一つ』
全員が電話を見る。
『今日から、九人全員の活動を一時休止にする』
「全員?」
ラウールが聞き返した。
『うん』
阿部が思わず口を開く。
「俺とめめだけじゃなくて?」
『全員』
「でも」
阿部は。
すぐに仕事のことを考えた。
「みんな関係ない仕事あるでしょ」
佐久間も。
康二も。
ラウールも。
それぞれ予定があるはずだ。
岩本が阿部を見る。
でも。
電話の向こうからマネージャーが続けた。
『関係あるよ』
阿部が黙る。
『今日、相手が阿部さんだけじゃなく、メンバーについても発言していることが確認されてる。それに、どこまで行動を把握されていたのか、まだ分からない』
あの言葉が頭をよぎる。
――今日、阿部さん一人だって。
どうして知っていたのか。
まだ分かっていない。
『自宅も知られていた。阿部さんと目黒くんだけを移動させれば安全、とは今の段階では言えない』
岩本が頷く。
「分かった」
『捜査が進んで、安全が確認できるまでは全員休み。仕事先には事務所から説明する』
阿部は。
まだ少し納得できないように言う。
「でも、俺のせいで」
「阿部」
岩本がすぐに止めた。
阿部が見る。
「それやめよう」
深澤も。
「そうそう」
渡辺もスプーンを置く。
「今それ言ったら怒るよ」
「まだ何も言ってないじゃん」
「言ったじゃん。俺のせいでって」
阿部は黙る。
夢の中でも。
何度も言われた。
一人で九人を背負わない。
何でも自分のせいにしない。
助けてもらう。
マネージャーも電話の向こうで言った。
『これは事務所の判断だから。阿部さんが決めたことじゃない』
「……はい」
『それから』
まだあるらしい。
佐久間が少し身を乗り出す。
『しばらく滞在できる場所を用意した』
「滞在?」
深澤が聞く。
『旅館』
全員が止まった。
阿部が聞き返す。
「……旅館?」
『そう』
佐久間の顔が。
一気に明るくなる。
「温泉ある!?」
「そこ?」
阿部が言う。
電話の向こうでマネージャーが少し笑った。
『ある』
「やった!」
「佐久間!」
緊張感が一瞬で消える。
『一般のお客さんが入る場所とは分けられる。事務所が以前から使ってるところで、場所も外には出ない。安全確認もしやすい』
岩本が聞く。
「九人全員?」
『九人全員。必要ならマネージャーも交代で近くにいる』
ラウールが目を輝かせる。
「どれくらい?」
『まだ分からない。捜査次第』
深澤が。
「数日かもしれないし、一週間以上かもしれない?」
『そう思っておいて』
康二が笑う。
「九人で旅館暮らしや」
渡辺がすぐに言う。
「旅行じゃないからね」
「分かっとるって」
「顔が旅行なんだよ」
宮舘も。
「厨房使える?」
と聞く。
『そこ気にする?』
「阿部の食事もあるから」
一瞬。
みんなが静かになる。
マネージャーも少しだけ声を柔らかくした。
『旅館側には相談しておく。食べられそうなものを優先して出してもらえるようにするよ』
阿部が。
「ありがとうございます」
と答える。
『あと、これは休養でもあるから』
その言葉に。
九人が黙る。
『事件のこともあるし、最近ずっと全員無理してたでしょ』
阿部は。
夢の中で聞いた話を思い出す。
刺されたあとの八人。
それぞれが。
それぞれの形で壊れていた。
でも。
今はまだ。
そこまで行っていない。
時間が戻ったから。
『仕事の心配はしなくていい。こっちはこっちで何とかする』
岩本が静かに答える。
「分かった」
『今日は移動できそう?』
全員の視線が。
阿部へ向く。
阿部は少し考えた。
ここを離れる。
さっきようやく。
まだ自分たちの家だと思えた場所。
本当なら。
今夜はここで目黒と眠りたい気持ちもあった。
でも。
玄関を見る。
女優が立っていた場所。
今は警察もいて。
安全だと分かっていても。
インターホンが鳴れば、きっと身体が固まる。
目黒が聞く。
「あべちゃん、どうしたい?」
前なら。
みんなの都合を考えたと思う。
仕事。
移動。
迷惑。
でも。
今は。
自分がどうしたいかを考えた。
「……行きたい」
素直に答える。
「今日は、ここで寝るのちょっと怖い」
目黒が頷いた。
「じゃあ行こう」
佐久間も。
「行こ!」
深澤が電話へ向かって言う。
「今日から行けます」
『分かった。車回す。荷物は必要最低限でいいよ。足りないものは後で用意するから』
「了解」
岩本が答える。
『じゃあまた連絡する』
電話が切れた。
部屋の中が。
しばらく静かになる。
最初に口を開いたのは。
佐久間だった。
「……旅館」
渡辺が見る。
「旅行じゃない」
「分かってるって!」
「じゃあその顔やめて」
「でも九人で温泉」
阿部が思わず笑う。
「夢でも行ったじゃん」
佐久間が。
「あ」
と声を出した。
全員が顔を見合わせる。
深澤が吹き出す。
「また温泉?」
康二も笑う。
「しかも今度はトイレから行かんでええやつ」
ラウールが。
「本物の旅館だ」
と言う。
宮舘がカレーを一口食べて。
「夢で約束したね」
阿部も。
思い出した。
帰ったら。
九人で本当の温泉にも行きたい。
ノートにも書いた。
阿部は。
テーブルの上に置いてある、夢から持ち帰ったノートを見る。
まだ冷たさの残る表紙。
「……これも」
「何?」
目黒が聞く。
阿部は笑った。
「もう一個、叶うね」
目黒も。
少しだけ笑う。
「予定より早かったけど」
「早すぎる」
深澤が言う。
「今日帰ってきたばっかだよ?」
「魔王、予定詰め込みすぎじゃない?」
ラウールが言うと。
渡辺がすぐに。
「魔王のせいにすんな」
と返す。
みんなが笑った。
事件は。
まだ終わっていない。
これから公になる。
捜査も続く。
仕事も止まる。
何が起こるか。
まだ分からない。
それでも。
阿部は。
目の前でカレーを食べる八人を見た。
一緒に休む。
九人で。
夢の中で。
ようやく覚えたことだった。
阿部は。
まだ少し残っていたお粥を一口だけ食べる。
「……旅館か」
目黒が隣で聞く。
「嫌?」
「ううん」
阿部は首を振った。
「ちょっと楽しみ」
言ってから。
自分でも驚く。
こんな日なのに。
これから大変なのに。
楽しみだと思えた。
佐久間がすぐに。
「卓球しよう!」
と言う。
「だから休養」
渡辺。
「卓球くらいいいじゃん!」
「あべちゃん休ませるんだからね」
「俺もやりたい」
阿部が言うと。
渡辺が止まった。
「……元気だったらね」
「はい」
宮舘が。
「まず食べること」
「はい」
岩本が。
「寝ること」
「はい」
深澤が。
「何もしないこと」
阿部が笑う。
「それ、ふっかがやりたいだけでしょ」
「バレた?」
また。
笑い声が広がる。
活動休止。
身を隠すための旅館。
決して。
楽しい理由ではない。
でも。
今度の休みは。
誰かがいなくなったから始まるものではない。
九人全員がいるまま。
九人全員で休むための時間だった。
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第59話、読み終わりました。 カレーの匂いと雑談に包まれた日常が戻ってきて、それだけでじんわりしましたね。「俺のせいで」と言いかけた阿部ちゃんを岩本さんと深澤さんが止める流れ、ちゃんとチームになってるんだなと。あと、マネージャーからの「全員休止」の報せに「俺とめめだけじゃなくて?」と聞き返す阿部ちゃんの反応が、彼がまだ「自分が背負わなくていい」を完全には信じきれていない感じを出していて、そこもリアルでした。 そして「旅館」。夢で約束した場所に、今度は現実で九人全員が行くんだなという感慨。渡辺くんが「数えてたの?」のやり取りを最後まで拾うところ、好きです。「一緒に休む」ことを許された空気が、一話ごとにじわじわと沁みていきますね。また次の話も読ませてもらいます。