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──それから五年の月日が経った。
十五歳になったルシンダは、白い学生服に身を包み、ステンドグラスの天窓が美しい講堂の椅子に腰掛けていた。
今日は、ここ王立魔術学園の入学式だ。
魔力持ちの王侯貴族の子女は、この学園で三年間学ぶことが義務となっており、ルシンダは今年から新入生として通うことになっていた。
(お兄様から学園の話は聞いているとは言え、緊張するなぁ……)
去年からこの学園に通っているクリスから、学園の雰囲気や授業の内容などを教えてもらっていたが、実際に学園生活が始まるとなると不安な気持ちが膨らんでくる。
(もともと仲良しの幼馴染とかもいないし、ちゃんとお友達できるかな……)
進学時の定番の悩みである人間関係について思いを馳せていると、朗々とした美声が響き渡った。
「──今日このよき日に、伝統ある王立魔術学園の一員となれたことを嬉しく思います」
新入生代表の挨拶のようだが、壇上に立つその姿には見覚えがあった。
(アーロン殿下だ……! そういえば、お母様が同い年だって言ってたっけ)
フローラ先生を紹介してもらったことは、以前に手紙で丁重にお礼を伝えたが、できることなら直接お礼を言わなくては。
そう思いながら、立派に挨拶を果たすアーロンの姿を見ていると、一瞬、目が合ったような気がした。
そして入学の式典が終わり、オリエンテーションのために生徒たちがそれぞれ振り分けられたクラスの教室へと移動し始めた。
ルシンダのクラスは「特魔クラス」で、魔術の才を持つ生徒たちが集められた特別なクラスだ。
ちなみに、担任教師はレイだ。あれから教師を目指して猛勉強して二年前にこの学園の教師となり、魔術の実力の高さが評価されて、今年初めて担任を任されたらしい。
(もう担任になるんだから、レイ先生って呼ばないとだよね)
そんなことを考えながら教室に入ると、ついさっき聞いたばかりの声が話しかけてきた。
「五年ぶりですね、ルシンダ」
「……! アーロン殿下! 私のことを覚えていてくださったのですね」
「もちろん、忘れるわけがありません」
「あ、実はずっとお礼を申し上げたくて……。フローラ先生をご紹介くださって、ありがとうございました。あれからずっと魔術師を目指して訓練を続けています」
「ああ、ときどき先生から君のことを聞いていました。とても才能ある弟子だと。先生を紹介した甲斐がありました。ぜひこれからも頑張ってくださいね」
アーロンが爽やかな笑顔を浮かべる。
やっぱりいい人だな……と、ルシンダがしみじみ思っていると、今度は真っ赤な髪をした男子生徒が近づいてきた。
「ルシンダって……まさか、あの時の? お前、貴族だったのか……。あれから何度か街に探しに行ったんだが見つけられなくて残念に思っていた」
柔らかな雰囲気のアーロンとは違ったタイプの、凛々しい顔立ちをした美男子だ。
一瞬、こんな知り合いいただろうかと思ったが、燃えるような赤髪に覚えがあった。
「あっ、もしかして子供の頃に街で会った騎士志望の……? あなたも貴族だったんですね」
「ああ、ライル・マクレーンだ。あの時はお前に助けられた。ありがとう」
「いえ、大したことはしてませんから……」
「今は親にも認められて、魔術騎士を目指しているんだ。お前が提案してくれたおかげだ」
「それは素晴らしいですね!」
五年越しの嬉しい報告にルシンダが顔を綻ばせると、アーロンが驚いた様子で会話に加わってきた。
「え、魔術騎士はルシンダの提案だったのか……?」
「ああ、彼女が剣術と魔術を組み合わせてみてはと言ってくれたんだ」
「今では近衛騎士の編成にも欠かせない魔術騎士が、まさか彼女の提案とは……。私はてっきり宰相の発案だと思っていたけど……」
「俺が父に伝えて、賛同してくれた父が陛下に提案させていただいたんだ」
「そうだったのか……」
(えっ、いつの間にそんな大きな話に……?)
あの時、ライルが夢を諦めなくて済めばいいと思って言っただけだったのに、陛下に提案だとか、近衛騎士に欠かせないだとか、随分と規模の大きな話になっている。
(それに、ライルの家って、あの有名な宰相様がいるマクレーン侯爵家……?)
色々と理解が追いつかずにルシンダが混乱していると、今度は背後から女の子の愛らしい声が聞こえてきた。
「みなさん、やめてください! ルシンダはわたしのお友達なんです!」
ルシンダが振り返ると、そこには淡い桃色の髪に、水色の大きな瞳が印象的な美少女が立っていた。
(……え? どういうこと?? 一度も会ったことないはずだけど……)
ルシンダが呆気に取られているうちに、アーロンとライルから「ご友人ですか」「話してくるといい」と優しく送り出されてしまった。
「あの……あなたのお名前は? ”友達” って一体……」
初対面のはずなのに友達だと主張する謎の美少女を目の前に、ルシンダが恐る恐る尋ねると、美少女も困惑した表情で答えた。
「わたしはミア・ブルックス。……あの人たち、あなたを虐めようとしてたんじゃないの?」
ミア・ブルックス。やはり知らない名前だ。
それに、なぜかひどく誤解しているようだ。
アーロンとライルのためにも、しっかり誤解を解かなければと、ルシンダは首を大きく横に振った。
「違います。二人はとてもいい人たちで、五年ぶりに再会したので挨拶していただけです」
すると、ミアと名乗った少女は驚いたような表情を浮かべ、何かぶつぶつと呟き始めた。
「どういうこと? 悪役令嬢のはずなのに……。キャラの挙動がおかしいわ。原作と雰囲気も全然違ってるような気がするし……。もしかしてバグ?」
ミアの口から前世で馴染みのある用語が聞こえてきて、ルシンダは耳を疑った。
(キャラ? 原作? バグ? もしかして……)
「あなたも転生者なんですか?」
ルシンダが意を決して尋ねると、ミアはパッと笑顔になって頷いた。
「なんだ! あなたも転生者なのね! どうりで何かおかしいと思った。それにしても、わたしはヒロインに転生したからよかったけど、あなたは悪役令嬢だなんてツイてなかったわね」
「……はい? 悪役令嬢? すみません、言ってることがよく分からないんですけど……」
どうやらミアも転生者らしいが、話がよく見えない。
ルシンダが困惑して尋ねると、ミアが首を傾げながらも説明してくれた。
「え、だから、ここは『恋と魔法の学園パラダイス』、通称『恋パラ』っていう乙女ゲームの世界で、私がヒロインのミア。あなたは悪役令嬢のルシンダ・ランカスターでしょ?」