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#ロマンスファンタジー
花月夜れん
456
#王道
涙乃
1,060
#ご本人様には関係ありません
°✧⁎puny⁎✧°
102
207
――トロピカルアイランド・個室
「素敵な部屋で、素敵な夜を過ごせそうですね、アーレイ様♡」
支配人に手際よく案内され、足を踏み入れたのは南国を模したカラフルなラウンジだった。
しかし、室内の照明はやたらと低く抑えられている。お堅い会談を開くというよりは、美麗なお姉様が甘美に持て成してくれる夜の空間――といった風情だ。
もうこの時点で、アーレイの脳内には嫌な予感が全開で鳴り響いていた。
「……で、何でわざわざ真隣に来て密着するのかな」
「だって、私たちは『暫定恋人』ですから〜」
お互いの肌が触れるか触れないかという、友人以上恋人未満の絶妙な距離感。
ここまで幾多の既成事実を積み上げ、やっと親密になれたのだから無粋なことは言わないで、とばかりにフローレンスは可愛らしく唇を尖らせてみせる。
「いくら可愛くしたってダメ。ポコが見たら発狂するぞ」
「ふふ、場所は教えていませんし、モジュールを無効化したのでここには来られませんよ」
見事なまでの用意周到ぶりだった。いつもならチャチャを入れてくるお騒がせフェアリーが現れ、画面の中で両腕を使って「ばってんマーク」を作ると、そのまま隅っこでおとなしくなる。
要するに、王族権限を使って機能を一部ロックしたらしい。アーレイは手元で無用になったモジュールを取り外すと、諦めたようにテーブルへと置いた。
「さては姫様、あいつに協力を申し込んだな?」
ダイニングを離れる間際、彼女がジャクリーヌと何やらヒソヒソ話をしていたことを思い出す。となれば、この不自然な夜会自体が仕組まれたものと考えるのが普通だ。
ジッと見つめて答えを迫るが、フローレンスはグラスに注がれた琥珀色の液体を遠い目で見つめるだけで、何も語ろうとはしなかった。
(――今晩あたり、どうか決断してくださいね。もう私には、残された時間がないのですから)
彼女が公の場に姿を見せないことで、本国の一部貴族からはすでに不満の声が上がり始めていた。帰国すれば、待っているのはブラック企業も真っ青な過酷な公務の日々だ。
それは多忙を極めるアーレイとて同じこと。この先、二人でこうしてのんびりと夜会を過ごす時間など、当分は訪れないだろう。
これがラストチャンス。そう痛いほど理解しているフローレンスは、少し寂しげな瞳をアーレイに向けながらも、胸の奥で淡い期待を抱き続けていた。
「お楽しみ中のところ大変恐縮ですが……オーナーから、アーレイ様宛にメッセージをお預かりしております」
他愛のない会話を交わしていると、絶妙なタイミングで静かなノック音が響いた。申し訳なさそうな笑みを浮かべて入ってきた支配人から、一枚の折り畳まれた上質な紙を差し出される。
(どうせ、野暮な断り書きなんかじゃないんだろうな)
これもまた彼女たちの用意周到な計画の内だろうと、アーレイは半ば確信しながらメッセージを開いた。
『今宵はお二人だけで心行くまで過ごして頂き、翌日には《《両》》《《国》》にとって最良の答えを、お伺い出来るものと信じております』
文面を一瞥したアーレイは、短く重いため息をつくと、それを躊躇いなくクシャクシャに丸めてゴミ箱へと放り投げた。
多少の冷やかしや、何かしらのお願い事をしてくるだろうとは覚悟していた。だが、これほど明確に政治的な意味合いを込めた直球を投げ込んでくるとは、さすがに想像の範囲外だった。
(……確かに、星団統一を目指すなら、いつかは避けられない問題なんだよな)
星団統一という前人未到の大業を成し遂げるには、口約束ではない、強固で絶対的な関係性の構築が不可欠だ。
もしここでフローレンスを娶れば、ジェフは忖度なしに全力で自分をバックアップするだろうし、それに伴って星団連邦もそのままこちらに付き従うことになる。
さらに言えば、かつての敵国時代の要人がその仲を取り持ったと後々知れ渡れば、カルネ国の立ち位置が飛躍的に向上するのは間違いなかった。
薄々とは感じていたことだった。しかし、姫様に迫るタイムリミットが引き金となり、隠されていた現実が一気に表面化してしまったのだ。
――今宵、決断を下さなければならない。アーレイは嫌でもその事実を突きつけられていた。
「出たよ……中々の策士ですね、あいつも含めて」
「いえいえ。いつかは選ばなければならない道、ですから」
フローレンスの言葉遣いから、彼女が細心の注意を払いながら、事前にジャクリーヌへ協力を仰いでいたことは丸わかりだった。――もしかしたら秘密裏に連絡を取っていたかもしれない。
外堀を埋められたことへの苦笑を漏らしつつも、自分を心から慕う気持ちが痛いほど溢れ出ている彼女の表情を見てしまうと、アーレイの胸の奥に、えぐるような切なさが込み上げてくるのだった。
「こらこら、密着しすぎてますよ、姫様」
「いいの。これが一番落ち着くの。だから……このままで居させて」
手紙の内容をアーレイが察したことを見透かしたように、フローレンスは手にしたグラスをそっとテーブルに置いた。
そのまま、アーレイの二の腕に、双丘の柔らかい感触がはっきりと伝わるほど身体を寄せてくる。彼の肩に頭を乗せ、潤んだ瞳で見上げてくるその仕草は、まるで甘える子犬のように愛らしい。
外堀を埋められ、責められているはずのアーレイだったが、その胸中には別の感情が湧き上がっていた。これまで彼女の好意を中途半端に容認し、先延ばしにしてきたことこそが、実は彼女を一番苦しめていたのではないか――。
突きつけられた現実の中で、彼の中に「彼女を守りたい」という明確な衝動が芽生え始める。フローレンスは、彼の身体が微かに強張るような心境の変化を敏感に感じ取っていた。あと少し。あと少しで、彼は私に最良の答えをくれるはずだと、彼女は確信していた。
(――うわ、ヤバい。危うく完全に引き込まれそうになった……)
決断を下すべきか否か、頭のどこかで思い悩みながらも、恋する乙女の澱みのない瞳を見つめていると、だんだんと意識が吸い込まれそうになる。
気がつけば、互いの吐息が触れ合うほどの、ピントすら合わない距離まで二人の顔は近づいていた。
(……そのまま、キスしてくれたら良かったのに)
しかし、あと数センチのところで、アーレイがふっと目線を外した――。
至高のチャンスタイムは終わりを迎え、フローレンスは名残惜しそうに、ゆっくりと身体を離す。
目を瞑るタイミングを間一髪で逸らされてしまった形だが、彼女が腹を立てることはなかった。(一旦は引きますけれど……次はありませんからね)と、心の中で静かに誓うだけだ。
「こうやって密着していると、本当に心が満たされますねぇ。……我慢なさらず、ここで押し倒してくださってもよろしくてよ?」
「ちょっとちょっと、今日は一段と攻めすぎじゃないですか?」
「そうですか? 私にとっては通常運転ですよ。――ねぇ、少し酔い覚ましに外へ行きませんか」
もう一度同じように仕掛けたとしても、この部屋の中では先ほど以上の盛り上がりには至らない。フローレンスはそう冷静に判断したのだろう。
アルコールが回り、火照った身体の気分を変えたくなったアーレイが先に立ち上がる。だが、姫様はその動きに合わせようとはしなかった。
「若輩者ですが――エスコートをさせて頂きます」
これまで王宮内で幾度となく顔を合わせてきたが、彼女からエスコートを頼まれたことなど一度としてない。
というか、今回が完全に初めてのことだった。アーレイは内心で激しくドギマギしながらも、とりあえず昔見た映画のワンシーンを必死に思い出し、胸にそっと手を当てて格好をつけるように会釈を返した。
だが今宵、彼女の瞳は明らかに違っていた――。
ピンと背筋を伸ばし、一瞬にして凛とした本物の『王族』の表情へと変化したフローレンスは、ゆっくりと、しかし確かな意志を込めて右手を差し出してきたのだ。
「……ありがとう存じます」
今宵はただの暫定恋人ではなく、一人の「王族の女」として向き合ってほしい。
差し出された白い手を取りながら、その無言のメッセージを受け取ったアーレイは内心で激しく困惑していた。
対するフローレンスは、この夜がどんな結末を迎えようともすべてを受け止める覚悟を決め、その心の内は深く、静かに落ち着き払っていた――。
※※※※※※
【深夜のトロピカルビーチ】
夜空を真っ二つに割るように、大きく壮大な天の川が横たわっている。その周囲を無数の星々が取り囲み、赤、白、青と、それぞれが命の輝きを競い合うように明滅していた。
真夜中のビーチ。かつて訪れたどこかの島のように、怪物のごとき甲殻類が出没する心配はない。ただただ静かで、安全な夜だった。
「これは凄い……。こんなに綺麗な星空と、幻想的な砂浜の組み合わせなんて、本当に神秘的です」
「確かに、昼間の賑やかな海とは全然違うな」
夜の帳が下りると同時に、この地では吸血系の虫たちの活動が活発になる。そのため、防虫対策として殺虫レーザーが絶え間なく稼働していた。
闇の合間に、不定期に走る鋭い青い閃光。それが無数の羽虫を焼き尽くしていく。本来なら無機質な迎撃システムのはずだが、今宵の二人にとっては、砂浜を妖しく、そして神秘的に彩る極上の演出のようにすら思えた。
「こんな絶景の中を、ふたりきりで歩くなんて……凄く久しぶりですね」
「悪いね。俺が頑なに、まともなデートに誘わなかったからな」
「じゃあ、今晩は本当のデートですね。……あの、手を繋いでくれたら、嬉しいな」
いつもなら、こうした甘えるような言動や仕草を見せられても、アーレイが決して彼女の気持ちに正面から応えることはなかった。
だが、彼の脳裏には、いつか聞いた諦め交じりの言葉が過る――。
『私を断ったとしても、次が控えている』
フローレンスに迫るタイムリミット、そして彼女が背負う覚悟。それらを想ったアーレイは、今度は逃げることなく、黙って彼女の手に己の手を重ねた。
(やん……っ! アーレイ様、嬉しすぎます……!)
自分から強引に奪いに行かなければ、決して握ってはもらえない。そう諦めかけていたフローレンスの予想を裏切り、アーレイは間髪入れずに、優しく包み込むように彼女の手を握ったのだ。
まさかの展開に、フローレンスの指先がピクリと歓喜に震える。彼女はすぐに、その温もりを確かめるようにギュッと力を込めて握り返した。
「ふふ、また一歩前進ですね!」
応えてくれたことがよほど嬉しかったのだろう。フローレンスは手を繋いだままアーレイの前に回り込むと、夜闇の中でも眩しいほどの、物凄くいい笑顔を振りまいた。
それから、なおも寡黙を貫くアーレイの張り詰めた心中を察したのか、彼女はそれ以上ははしゃぐことなく、そっと彼の側面にピッタリと寄り添った。そのまま腕を絡め、静かに、ゆっくりと、視線の先に見える岬へと向かって再び歩き始める。
「――俺は、星団統一後の世界を、思い描けていなかった」
白い砂浜を抜け、岬の先端までもう間もなくという距離に達した時。
不意に足を止めたアーレイが、ポツリと、しかし心の奥底に沈殿していた重い本音を吐露した。
あまりにも重く、そして彼という男の根幹に触れる告白。フローレンスはすぐに言葉を返すことができなかった。ただ、彼の言葉の重みを一つ残らず受け止めようと、真剣な、それでいてどこか愛おしそうな愛憎の入り混じった瞳で、じっとその横顔を見つめ返していた。
「やっぱり私たちのことを、真剣に考えていてくれたのですね」
「ああ、獣人の支配者が皆を見捨てるわけにはいかない」
見捨てるわけにはいかないという言葉の裏には「統一後も残ってくれる」と「帰りたくても帰れない」の両方の側面がある。瞬時に理解したフローレンスは歓喜に沸くけど、直ぐさま暗い気持ちに覆い尽くされる。
(帰りたくても帰れない、それはとても寂しく、辛いこと)
帰らなければ一緒に過ごせるけど、本来帰るべき場所には戻れない。そう思うと心の中に嬉しいと、寂しさが同居して、今までとは違う異質の苦しさが込み上げ、自然と表情が暗く苦しくなり始めた。
――ポツ、ポツ。
心地よい暖かさを切り裂くように、冷たい一陣の風が吹き抜けた。先ほどまで夜空に光り輝いていた星々が、またたく間にその数を減らしていく。
程なくしてポツリポツリと大粒の雨が降り始め、高台から海を望めば、真っ黒な雨雲のカーテンが周囲を急速に埋め尽くそうとしていた。
「これは一雨きますね。あそこの展望台で雨宿りをしましょう」
「ああ、そうしよう」
激しくなり始めた雨が、先ほどまでの重苦しい雰囲気を洗い流していく。
アーレイに手を引かれながら、フローレンスは胸をなでおろしていた。
何はともあれ、彼がこの場に残る決断をしてくれた。その事実だけで、彼女の心の底からは溢れんばかりの喜びが湧き上がり始めていた。
「ひゃー! ギリギリ間に合いませんでしたね」
途中で雨脚が一段と強くなり、二人は展望台の手前にある東屋へ逃げ込んだ。
雨粒を弾いてきらめく髪を、フローレンスが小さく息を弾ませながら耳に掛ける。その仕草があまりにも愛らしく、アーレイは吸い込まれるように彼女へと手を伸ばした。
――パッ、パチチッ!
「ひゃっ!?」
その瞬間、どんよりとした暗雲が不気味な閃光を放ち、互いの顔を青白く照らし出す。
突然の閃光に驚いたフローレンスが、勢いよくアーレイの懐に飛び込んできた。同時に、彼女の髪に触れようとしたアーレイの指先に、パチンと激しい衝撃が走る。大気中に異常なほど蓄積されたプラス電荷がスパークしたのだ。
(まずい、電界が跳ね上がってる。ここに落ちるぞ……!)
「行くぞ、ここは危険すぎる!」
「は、はいっ!」
東屋には屋根こそあるものの、吹き付ける横殴りの雨の前には気休めにもならない。何より開けた高台にあるため、格好の標的だ。
すでに頭上からはゴロゴロと腹に響く重低音が鳴り響いており、落雷までは時間の問題だった。もし直撃すれば、濡れた衣服のままではひとたまりもない。
アーレイはまだ震えているフローレンスの手を強く握り締めると、激しい雨が叩きつける中、展望台へと向かって再び駆け出した。
「ちっ、やっぱ施錠されてるか!」
息を切らせてたどり着いた展望台。避雷針がある分、東屋よりはマシだが、本当の安全を確保するには何としても室内に入らなければならない。
雨はさらに激しさを増し、稲光が視界を白く染める頻度も短くなっていく。刻一刻と最悪の状況へ向かう中、アーレイは覚悟を決めた。
「フローレンス、掴まってろ!」
姫様の手をしっかりと引いたまま、アーレイは木製の頑丈な扉へと鋭い蹴りを叩き込む。
バキァンッ! と激しい破砕音を響かせながら扉が開き、二人は雪崩れ込むようにして展望台の中へと飛び込んだ。
――ズガガァンッ!!!
展望台に滑り込んだ直後、背後で天が割れた。
凄まじい稲妻が突き刺さり、先ほどまで二人が雨をしのいでいた東屋の屋根が、跡形もなくバラバラに吹き飛ぶ。間髪入れずに轟音が部屋全体を揺るがした。
生々しい衝撃波に、アーレイの背筋に冷たいものが走る。あと一歩退避が遅れていたら、今頃は確実に黒焦げになっていただろう。
「キャーッ! 怖い、怖いよ……!」
落雷の凄まじさに、展望台の窓ガラスがビリビリと悲鳴を上げる。
外界はこれからが本番だと告げるように、絶え間ない閃光が室内を青白く不気味に照らし出していた。
続く雷鳴が轟いた瞬間、恐怖の限界を迎えたフローレンスが、「私を守って」と言わんばかりにアーレイの胸へと激しく飛び込んできた。
「レン、大丈夫だ。もうここは安全だから、落ち着いて」
「うん……っ、アーレイと一緒なら、大丈夫……」
最悪のアクシデントが引き起こした結果ではあったが、気がつけば互いの腕が自然と腰に回っていた。その密着具合は、客観的に見ればごく自然な恋人同士の距離感だ。
そして何より、アーレイ自身が彼女のその温もりを拒まず、受け入れつつあることの証左でもあった。
お世辞にもムードのある告白のシチュエーションとは言えない。だが、二人の心の距離を一気に縮める絶好のチャンスであることだけは間違いなかった。
「今晩の俺は、君を守るナイトですからね、姫様」
少しでも彼女の恐怖を和らげようと、アーレイは努めておどけた調子で囁いた。
すると、彼との心の距離が縮まったことを確信したフローレンスは、少しだけ茶目っ気を含んだ笑みを浮かべる。
今の彼なら、多少のわがままは聞いてくれるはず――そんな愛らしい計算が、彼女の瞳に宿っていた。
「そうですよ、私はか弱い女の子なのですから。……ナイト様なら、もっとギュッとしてくれるのが理想です」
いたずらっぽく、だけど切実なリクエスト――。
そんな彼女の微笑みを見つめ、アーレイは小さく息を吐くと、真剣な眼差しをその瞳へと向けた。
「……わかった」
今度は躊躇うことなく、ゆっくりと、しかし確かな力を込めて、愛しいその身体を強く抱きしめた。
「レン、済まない。待たせたね」
「えっ……? うん、えっ?」
抱きしめられた温もりに浸りながらも、フローレンスは心のどこかで身構えていた。いつもの彼なら、きっとここで「今だけだぞ」とか「今日は特別だからな」なんて、照れ隠しの予防線を張るに違いない――そう予想していたのだ。
しかし、斜め上から降ってきた短くも破壊力抜群な一言に、脳が意味を理解するよりも早く、フローレンスの鼓動がドクンと跳ね上がった。
『ごめん、やっぱり見捨てられない』
それは、獣人の支配者、そして何より一人の男としての、アーレイの明確な意志だった。
己の理想に従い、彼女を娶らぬまま星団統一を進めることも不可能ではなかったかもしれない。だが、獣人の支配者という重責を背負ったアーレイは、この先しばらくは故郷である日本へ帰ることは叶わない。
ならば、自分を心から慕い、タイムリミットに追われるフローレンスの幸せを考えた時、もう決断を先延ばしにすることなどできなかった――。
(今の言葉……私を受け入れてくれる、って思ってもいいのよね?嗚呼嬉しい ……!)
外では激しい落雷音が轟き続けているというのに、今のフローレンスには一切の恐怖が消え去っていた。ただ、彼の言葉の真意を噛み締めることに全神経を尖らせている。
稲光が窓の外で青白く弾け、アーレイの真剣な横顔を美しく浮かび上がらせた。
フローレンスは息を呑み、彼の次の言葉、次の動きを心待ちにする。
――どれほどの時間が過ぎただろうか。
じっと見つめ合う二人の間で、腰に回されていた互いの腕が、答えを求め合うようにそっと背中へと回された。もはや、陳腐な言葉による説明など必要なかった。二人の身体は、何よりも確実な「誓い」を欲していた。
「……っ」
引力に導かれるように、自然と二人の距離が縮まっていく。
彼がすべてを受け入れてくれたのだと確信したフローレンスは、愛おしさに胸を震わせながら、静かに、ゆっくりと目を瞑った。
アーレイもまた、すべての迷いを振り切るように覚悟を決めると、目の前の愛しい姫君の唇へと、優しく、深く、自らの唇を重ねた。
「……やっと、キスしてくれましたね」
唇が離れた名残惜しさに胸を震わせながら、フローレンスは潤んだ瞳で愛しい人を見つめた。
そんな彼女の華奢な肩を包み込んだまま、アーレイは真っ直ぐな眼差しを返す。
「君のナイトになりたい。……君と一緒なら、どんなに暗い世界でも、明るい未来が描ける気がするんだ」
「ありがとう、アーレイ。でもね……ナイトではなくて、私の王子様でいてください」
わざわざ『結婚してください』という形式張った求婚の言葉を贈られずとも、フローレンスには十分すぎるほど彼の決意が伝わっていた。張り詰めていた心が歓喜で満たされ、今にも嬉し涙が溢れ出しそうなほどに彼女は破顔する。
対するアーレイは、柄にもなく少しだけ自信のなさそうな、複雑な表情を浮かべていた。己の決断の重さを誰よりも理解しているからこその、誠実な迷いだった。
「この先、俺の勝手で、君にもの凄く大きな負担をかけるかもしれない。……それでも、いいのか?」
「貴方は、ご自分の成すべきことをすればいいだけです。どのような結果になろうとも、すべてを隣で受け入れる覚悟は、とうに出来ておりますわ」
慈愛を湛えながらも毅然と言い放ったフローレンスの瞳は、真剣そのものだった。いざという時に見せるその凛とした強さは、流石は一国の王族というべき気高さだろう。
その強い光を宿した瞳は、まるで『確証がないのなら、その手で明るい未来を勝ち取りなさい』と彼の背中を優しく、しかし力強く押しているかのようだった。弱気になりかけていたアーレイの胸に、新たな熱い炎が灯る。
「……ありがとう。精一杯頑張るから、俺に期待しててよ」
「もちろんです。ですから――もう一回キスして? 大好きよ、アーレイ」
ねだるように紡がれた言葉に応え、アーレイは先ほどよりも深く、熱いキスを彼女と交わした。
やがて静かに唇を離し、甘い余韻に浸りながらふと窓の外へと目を向ける。
いつの間にか世界を騒がせていた嵐は去り、雨は完全に止んでいた。雲ひとつなく晴れ渡った夜空には、息を呑むほどに美しい満天の星空が広がっている。
またたきをくり返す無数の星々は、まるで障壁を乗り越え、真に結ばれた二人を祝福しているかのように、どこまでも優しく輝き続けていた。
※※※※※
<<アイランドホテル・アーレイの部屋>>
「もう少し、一緒にいたいです。アーレイさま♡」
「いや、流石に寝る時間でしょ。ほら、自分の部屋に戻ろうね」
「むぅ……。今からお父様に直電しますよ〜?」
「もう《《恐》》《《妻》》《《権》》発動ですか。仕方ないなぁ……。とりあえず、濡れた服を乾かしてね」
婚約成立(仮)に至り、超ご機嫌状態のお姫様は、他人が見ればこちらが恥ずかしくなるほどベタベタと纏わりついて離れなかった。
ホテルへ戻ってからも興奮が冷めやらず、「まだ一緒にいたい!」と言い張ってアーレイの部屋に押し掛け、今に至る――。
「高速ランドリーと、シャワー《《も》》お借りしますねっ」
「こらこら」
身を清めてくる、と言い残したフローレンスは、アーレイの制止をハタハタと振り切り、どこか恥ずかしそうな、それでいて期待をにじませた表情でシャワールームへと消えていった。
――この流れは、つまりそういうこと(致すの前提)だろうし、彼女自身もそれを望んでいるはずだ。
アーレイは内心で悶々としながらも、最悪の事態(?)に備えて穏便に断る理由をあれこれと考えつつ、彼女が姿を現すのを待った。
「……お先に頂きました」
てっきりナイトガウン姿で出てくるものと身構えていたアーレイだったが、現れたフローレンスは、入った時と全く同じ服を着ていた。
それどころか、先ほどまでのハイテンションはどこへやら、急激にトーンダウンしている。きゅっと唇を噛み締め、悔しさ半分、恥ずかしさ半分の実に微妙な面持ちで行き場をなくしていた。
「あの……このまま、添い寝してくれますか?」
「ま、まぁ、添い寝だけだったら考えなくもないけど……」
許可を得るなりモジモジとベッドに潜り込んだフローレンスだったが、なぜか赤ら顔のまま、じっと恨めしそうな表情でアーレイを見つめてくる。
邪推するまでもなく、何かしら「致せない理由」があるのは明白だった。
アーレイは何も聞かず、ただ優しくベッドの脇に腰を下ろす。乾いたばかりの、まだ生暖かい彼女の髪にそっと触れ、そのまま愛おしさを込めて柔らかい頬を撫でた。
「あのね、アーレイ……せっかくの夜なのに、その、信じられないタイミングで……」
「……言わなくてもいいよ。今日は疲れたろ? 先にお休み」
――ッ。
「うん、優しいね……」
急にしおらしくなってしまったのは、どうやら『月の物』が来てしまったらしい。物理的にどうしようもない不条理に直面し、流石に致せなくて悔しい思いが炸裂してしまったのだろう。
アーレイが宥めるようにおやすみのキスを贈ると、フローレンスの表情は一瞬でとろけるように柔らかくなった。
彼女は小さく微笑みながら、今度は自分がシャワールームへと向かうアーレイの背中を、どこまでも優しい眼差しで見送るのだった。
【翌朝・裏手の格納庫】
朝目を覚ますと、すでにフローレンスの姿はなかった。
朝食を済ませて格納庫へ向かうと、驚いたことに、彼女は何故かポコと一緒になって愛機であるベクスターの清掃に励んでいた。
「おはよう、二人とも朝からありがとう」
「おはようございます、アーレイ様」
「おはようナノ!」
フローレンスの意図は測りかねるが、自分が結婚してもポコが付き従うことを見越して、今のうちから味方に引き込もうという算段なのだろう。細部まで抜かりのない彼女の気配りには、素直に好感が持てた。
「準備万端のようだね。ありがとう、ポコ」
「うにゃ! すぐに飛べるナノ!」
褒めてほしそうに見上げてくるポコの頭を撫でてやると、千切れんばかりに尻尾を振って喜んだ。幸い、シャワーを浴びて服も着替えてきたため、姫様の残り香には気づかれていないようだ。
ジェフが正式に婚約を発表するまでは隠し通すつもりだが、それよりジャクリーヌにどう報告すべきか。今のアーレイはそのことで頭がいっぱいだった。
「おはようございます、アーレイ様、フローレンス様」
「ご機嫌よう、ジャクリーヌ様」
「おはよう、ジャクリーヌ」
程なくして現れたジャクリーヌは、どこか艶っぽいオーラを纏っていた。昨晩ブラッドと充実した時間を過ごしたのが一目で察せられたが、そこは大人の対応でスルーする。
出方を伺っていると、ジャクリーヌがニヤニヤと口角を上げた――。
(……ああ、もう報告済みなんだな)
その確信犯的な笑みで全てを察した。ポコの死角で、小さくガッツポーズを決めている姫様を見れば、もはや答え合わせの必要すら不要だ。
「おはようございます、アーレイさん」
「おはようございます、ルワンダさん……」
続いてやってきたルワンダまでもが、ジャクリーヌ同様の生暖かい視線を投げかけてくる。
筒抜けだった昨晩の顛末。口角を上げる二人に見守られ、アーレイが猛烈な気恥ずかしさに襲われたのは、言うまでもなかった。
コメント
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わあ……100話おめでとうございます!✨ アーレイとフローレンス、ついに本当の意味で結ばれたんですね。星空の下、雷雨の中で抱きしめ合うシーン、すごく胸が熱くなりました。「待たせたね」の一言に、ここまでの道のりが全部詰まってる気がして……涙が出そうでした。最後のオチまで含めて、耀聖さんの優しい筆致が光るエピソードだったと思います。お二人の幸せ、心から応援してます🌙🤍