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Side 美緒
水曜日、昼休み明けの午後イチ(とは言っても午後3時前)
午後の病院の診察が始まる前の時間、私は隣の蒔田医院の診察室に入った。
さっきまで、お昼ご飯を一緒に食べていたのに、よそ行き顔で「こんにちは」と挨拶を交わす。
ランチのオフタイムの三崎君、病院でのオンタイムの三崎先生、そのギャップに緊張する。
病院では白衣のせいか、キリッとして2割増し的な感じだ。
診察用の丸椅子に腰かけると、向かいに座る三崎君の手がスッと伸び、私の顔に触れる。
貧血の具合を見ているだけなのに、近い距離がなんだか恥ずかしい。
視線のもって行き場がなくて、三崎君のおでこを見つめてしまう。
「まだ、少し貧血気味かな。疲れやすいですか?」
「はい」
前回の検査結果を渡され、医者の表情になった三崎先生から結果説明が始まった。
「この前の検査ですが、ヘモグロビン濃度が9g/Lbで低いですね。ここ数日、症状の改善が見られている様子、自律神経の乱れからくる貧血という事で、このまま経過観察でもよいでしょう。しかし、貧血は他の病気が潜んでいる事があるので、注意が必要です。それに、ストレスをため込むと直ぐに潰瘍が出来て貧血が酷くなる場合もあります」
「はい……」
経過観察でホッとした。悪い病気じゃなくて良かった。
自分では気が付いていない内に体にストレスを溜め込んでいて、体が耐え切れなくなったんだ。
健治の浮気を偶然知ってから、ずっと辛かった。
「今回は、経過観察で。疲れ易いようだから、くれぐれも無理をしないように」
「はい」
心の中のバランスがおかしくてなってしまって、誕生日のあの日、果歩に会って、イヤな事を言われて倒れたんだ。
あの時は叫び出したいほど、本当に辛くて悲しかった。
「もし潰瘍になったらピロリ菌の検査や胃カメラの検査出来れば女性は胃よりも十二指腸潰瘍が多いので十二指腸検査も必要になります」
「大変そう……、出来ればこれ以上酷くならないように気を付けます」
健治の言葉を信じてやり直そうと思っているけど、あんな辛い思いはしたくない。
健治の帰りが遅いと ”また、もしかして” とか心の片隅で思ってしまう自分がいる。こういうのが、ストレスの原因になるのだろう。分かっているけど自分ではどうしょうもできない。
顔を上げると三崎君と視線が絡む。
フッと優しく微笑み、三崎先生から三崎君の表情になった。
「酷くならないよう、一人で抱え込まず、ストレスが溜まる前に話を聞きますから倒れないでくださいね。俺でよければ、いくらでも相談にのるから」
「ありがとう。体調管理に気をつけます」
友人として心配してくれているだけ、そのラインは間違えないようにしないと。
そう、自分に言い聞かせる。
「じゃ、今日はここまで。お大事にしてください」
三崎君のメガネの奥のダークブラウンの瞳が優しく弧を描き私を見つめる。
その瞳がとても温かくて、沈んだ心がフワリと浮き上がり、トクンと心臓が音を立てた気がする。
「はい……ありがとうございました」
病院を出て、店舗に戻る僅か数メートル。
ひらひらと舞う蝶を見つけた。
温かい春の日差しが降り注いでいた。