それから三日後、『ロウェルの森』周辺を偵察していた猟兵の一団は凄まじい地響きを感じて警戒心を強める。次の瞬間、『ロウェルの森』からアーマーリザード、アーマーボアの大群が飛び出してきたのである。この大群は真っ直ぐ北へ向かっていた。
「リサ!」
「信号弾を上げなさい!これは不味いことになるわ!総員撤収!急ぐわよ!」
調査隊を率いていたリサは直ちに赤い信号弾を打ち上げて馬を走らせる。
それを見た他の調査隊も次々と赤い信号弾を打ち上げながら馬を走らせて北上する。
それらの信号弾はいくつも中継され、そして黄昏の町から視認されるまでになった。
「信号弾が見えます!」
南側を見張っていた警備兵がそれを確認。
「色は!?」
直ぐ様聞き返すのは暁戦闘部隊を率いるマクベス。
「赤です!間違いありません!色は赤!」
繰り返す見張りをみて、マクベスは表情を引き締める。
「総員戦闘配置!警報を出せ!」
「はっ!」
直ぐ様伝令兵が各地に散り、そして黄昏の町に警報が響き渡る。
「訓練通り住人はシェルターに退避!収容限界を超えた場合は直ぐに北へ逃げて!急いで!」
警報に混乱する住人達をエーリカ率いる自警団がシェルターへ誘導を開始する。
一気に慌ただしくなった町の中を足早に歩く少女が居た。
「間違いはないのですね?」
「はっ!自分もこの目で確認しております!」
「分かりました。ご苦労様です、任務に戻ってください」
シャーリィは歩きながら伝令からの報告を受ける。
「はっ!」
「お嬢もシェルターに……素直に聞くわけないな?」
「当たり前です、ベル。これは存亡を賭けた戦い。私が隠れていては士気に関わりますからね」
肩を竦めるベルモンド相手にシャーリィは視線だけを向けて答える。
そこへ新たな伝令が駆け寄る。
「信号弾が追加で打ち上げられました!青が四つ!青が四つです!」
それを聞き、シャーリィは少しだけ眉を潜めるが直ぐに無表情へと戻る。
「引き続き報告を小まめにお願いします」
「はっ!」
「なあシャーリィ、青四つってなんだ?」
シャーリィと並んで歩きながらルイスが問い掛ける。
「二度目の信号は群れの規模を現しています。青四つは四百以上であることを意味します」
「マジかよ!?」
「だが逃げるって選択は無いんだろう?お嬢」
驚くルイスを尻目に、ベルモンドは何処か愉快そうに問い掛ける。
「当たり前です。それに、何処へ逃げれば良いのですか?私には他に行くべき場所がない。ここで迎え撃ちます」
「派手な歓迎会になりそうだな。それに、追加の弾薬が届いた後で良かったな。お嬢は幸運の女神に愛されてる」
マーサ率いる『黄昏商会』は『ライデン社』から膨大な数の弾薬を購入。アークロイヤル号を動員して直ぐ様荷物を運び込ませることに成功していた。
「幸運の女神様とやらが実在するなら、文句を言ってやりたいくらいです」
すると正面から愛しき妹が駆け寄るのが見えて、シャーリィも前に出て姉妹は包容を交わす。
「レイミ、何故ここに?」
「避難民受け入れの準備が整いましたから、その先導のために参りました。タイミングが良かったです」
「では直ぐに先導をお願いします。シェルターだけでは間に合いませんから」
「そのつもりでしたが、その任務は他の人に任せました」
レイミは姉を見下ろさぬよう膝を着く。
「この時に来たのはまさに天命。お姉さま、どうか私も戦列に加えてください。お姉さまの隣で剣を振るう許可を」
真っ直ぐ姉を見上げる妹。シャーリィは無表情のままそれを見つめる。
「……私は無能です。本来ならば貴女を真っ先に逃がさねばならないのに、助力を期待していました」
「では、お姉さまのご期待に添えるような活躍をご覧にいれます」
「決まりだな、お嬢。正直妹さんが参戦してくれるのはありがたい話だ」
「妹さん強いからなぁ」
「微力を尽くしますよ」
二人に笑みを返すレイミ。そこへドルマンが歩み寄る。
「嬢ちゃん」
「ドルマンさん、首尾は?」
「予定どおり、武器庫は全開にしてある。自警団以外にも戦う気概がある奴にも武器を渡してるよ」
「それは助かります。戦力の底上げになりますね」
「それと、コイツを渡そうと思ってな。何だかんだで一年も掛かってしまった」
ドルマンはそう言いながら剣の柄をシャーリィに差し出す。それは過分ならない程度の装飾が施されていた。
「お姉さま、これって」
「遂に完成したのですね?ドルマンさん」
「ああ、済まんな。随分と手間を取ったが、何とか修理できた。勇者の剣だ」
ドルマンから差し出された勇者の剣をシャーリィはそっと握る。次の瞬間、目映いばかりの光が発せられ周囲を包む。
「これは!?お姉さま!」
「シャーリィ!」
愛する妹とルイスの声を聞いたのを最後に、シャーリィの意識は暗転する。
次にシャーリィが目覚めた時、そこは闇に包まれた何もない空間であった。
シャーリィは手元に勇者の剣があることを確認して、用心深く周囲を観察する。すると、視線の先に青い髪の青年が現れた。彼は俯いたまま、何かを呟いていた。
『俺は頑張ったんだ。理不尽に呼び出され、訳も分からず戦わされ……それでも、魔王を打ち倒せば元の世界に帰してくれるって約束を信じて、戦い続けたんだ。それなのにっ……俺は何のためにっ!』
呟く程度ではあるが、声が反響してシャーリィにも聞こえる。
「まさか、勇者様ですか?」
シャーリィが語りかけると、青年はゆっくりと顔を上げ、シャーリィと同じ色の瞳が彼女を映し出す。
『君が勇者の力を受け継いでしまった娘か。この力は呪いだ。必ず使用者を不幸にする』
「確かにその通りです。私も一夜にして全てを奪われましたから」
シャーリィの言葉を聞き、青年は歪んだ瞳を向ける。
『それなら君も世界を恨むか』
「いいえ、恨むべきは不幸に陥れた存在です、勇者様」
『なに?』
「この世界は意地悪です。私達から大切なものを奪おうとする。今まさに別の悪意が私の新しい居場所を、大切なものを根こそぎ奪おうとしています。私はそれを許容するつもりはありません」
『それならどうする?』
「抗い、そして排除します。勇者様、かつて貴方を陥れた者達が笑うのを嘆きながら見ているだけで満足されるのですか?私には無理です。私は復讐するために、これまで生きてきたんですから」
『……』
「力を貸してください、勇者様。貴方の力を、勇者の力で悪意ある存在を排除するために。この力が呪いならば、その呪いで復讐を果たしましょう」
『嘆くのではなく抗う、か。俺は疲れていたのかもしれないな。抗えたのに、諦めてしまった。あの島で一人嘆きながら死んだだけだ。なにも果たせていない』
勇者と呼ばれた青年の瞳に力が宿る。
「では果たしましょう。復讐すべき相手は居ますか?」
『流石に生きてはいないさ。しばらくは君に力を貸そう』
「ありがとうございます、勇者様」
二人は握手を交わし、そして再び目映い光が二人を包み込んだ。
「お姉さま!お姉さま!」
再びシャーリィが目覚めると、自分を見下ろすレイミの顔が写った。そして後頭部に感じる柔らかい感覚により、自分が今レイミに膝枕されていることを悟る。
「最高の目覚めですね。レイミの膝枕ならば永遠に眠られそうです」
手を伸ばして安堵する最愛の妹の頬を優しく撫でながら、シャーリィは満面の笑みを浮かべるのだった
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!