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水縹家――
そう書かれた墓石を見て、虚しくなった。そして、あの時のニュースが、瞼を閉じれば蘇ってくる。突然の報道、あの時の衝撃。全てが鮮明に蘇ってくる。そして、楓音の笑顔が、俺を呼ぶ声が聞えてくるような気がした。この墓には、骨しか埋まっていない。だから、楓音がここにいるのか、天国という場所が存在して、そこで元気にやっているか分からなかった。でも、もう、言葉を交すことはないと、それだけは返られない事実だ。
「楓音、俺さ。お前のいうような、いい奴じゃなかったかも知れない」
懺悔。
眠っている人には届かない言葉を、俺は口から吐き出す。
どうしても、後悔している。何だか、楓音を裏切ってしまったような気がして。それだけじゃなくて、俺があの時家について行ってやれば良かったとか、家に泊まっていけばとか言えばよかったとか。兎に角色々。あとからなって、こうしておけば良かったなんてこと、幾らでも出てくる。でも、その大半が、失って気づいたものだから、失わなければ一生気づかなかっただろう点。
分かってる。こんなの、言い訳だし、後出しだって。
「楓音は、俺の事良い奴だって、好きだって告白してくれた。本当は、凄く嬉しかったんだ。告白なんてされたことなかったし、俺の事、本気で好きだっていってくれる人がいたんだって、気づかせてくれたのは、楓音だった。俺も、楓音のこと好きだった。可愛いとか、笑顔が素敵とか……そんな淡いものだったけど。恋愛感情か、否か、分からなかったけど。俺は、友達として楓音のことが好きだった。お前の、笑顔が、俺の名前を呼んでくれるときのトーンや、少し頬を赤らめて笑う楓音が……」
そこまで言って、ズビッと鼻を啜る。
俺が泣く資格なんてないって、自分の中でルールを作ってがんじがらめにしているせいで、俺は、泣けなかった。泣いたらスッキリしたかも知れない。でも、俺には出来なかった。泣くのが恥ずかしいっていうのもあったから。本当に、頑固だよなって自分でも思う。
「……だから、凄くあの日のこと後悔してる。不審者の話し聞いてたから……なんか、報道では、色々あることないこと言われてただろう? 楓音が、道を聞かれてたとか、営業時間外の水縹探偵事務所に人が入っていったとか……だから、何がほんとか分からないけどさ、あの時ついて行ってれば良かったって、思ってしまうんだよ」
ついて行ったところで、何かがかわったわけじゃないかもだけど。それに、俺も殺されてしまう可能性もあったわけで。
不審者がいる、という情報だけで、どんなも、何処でも、聞いていなかったから、朔蒔に不審者の話をしたくせに、フワッと考えていたのかも知れない。それが、この結果だ。
いや、止めれなかったのかも知れないけど。何をしても、変わらなかったのかも知れないけど。
自分を責めることで、救われようとしていたのかも知れない。
「……楓音の告白、何度も言うけどさ、嬉しかった。けど、応えられなくてごめん。俺は朔蒔のことを好きになっちゃってたから……でも、今分からないんだ。楓音、聞いてくれ」
きっと、いいたかったのはこっちだと。
俺は、息を整えて、水縹と描かれた墓石を見る。
「朔蒔がさ……朔蒔の父親が、なんだけど、お前を殺した犯人なんだって。彼奴がいってた。嘘だって思いたかったけど、何となくそうだって気がしたんだ。何も証拠ないのにさ、信じちゃったんだ。けど、うん……そうだと思うから。楓音の仇が取れる、とならなきゃっていったら、きっと楓音は止めるだろうから、そんなことはしない。だけど……仇がすぐそこにいて、それが、好きな人の父親だっていうんだ。殺人鬼の息子っていうことになる。俺って、いいのかな」
いいのか。
何に対してのいいのか。
大好きな友達の仇である殺人鬼の息子を好きになって、罪悪感とか、色々わいて出てきた。でも、好きという気持ちだけは、消せなかった。それが、何よりも悔しい。割り切ってしまえない自分と、好きな人を、そんな風にしか見えない自分と。
楓音だったら、どんな答えをくれるのか。どう、アドバイスをくれるのか。でも、応えてはくれない。俺の中の楓音像があるだけで、楓音はもう俺に助言なんてしてくれない。というか、あの時だって厚かましすぎた。楓音の気持ちに気づいてあげていれば、あんなアドバイスをしてくれ、なんていわなかっただろうから。
いつも、俺は気付くのが遅すぎる。そして、後悔を生んでいる。負の連鎖。
「……クソ、クソ……ッ」
ここに来たら、少しは落ち着くかも知れないと思ったが、吐けば吐くほど苦しくなった。俺は、またその場にしゃがみ込んだ。
すると、それまで聞えてこなかった足音が、気配が近付いてき、俺はゆっくり顔を上げる。パサリと、地面に何かが……花束が落ちる音がした。
「星埜?」
「朔蒔? 何で……ここに」
そこにいたのは、琥珀朔蒔。俺を一番悩ます相手であり、仇の息子であり、好きな人。
もう、ぐちゃぐちゃだ。
朔蒔は、俺を見てから、花束を拾い直すと、何が可笑しいんだと言わんばかりに眉をひそめた。
「ともだちの墓参りだけど?」
そう答えた、朔蒔は、真っ黒い瞳で俺を見下ろした。