雑音まみれのカセットテープ。
その子は、それを何度も回していた。
「どうかしたのか?」
後ろの子がそう問いかける。
「思い出だよ、霞との。こっちは優良ので、こっちは…誰だっけ。」
帽子に少し隠れる眼が少し曇る。
この子は自分の名前を知らない。
この子は、生まれた時から「団長」と名乗っていた。
本人は自負しているが、実際のところは違う。
団長は、憶えるのが極端に苦手で、1時間前に聞いた話も繰り返して聞く。
人の名前は時に三回、時に十回聞かないと憶えられないほどの軟弱な記憶力。
でも、そんな団長でも、絶対に憶えている二人がいた。
それが「霞」と「優良」だ。
聞いた話によると、霞は育ての親、優良は自分の生涯かけての友達らしい。
…本人の話なので信じないが。
「…って聞いてるの?…誰だっけ。」
「…全く。ギリアだよ、ギ・リ・ア。」
俺はその場でため息を吐き、バールを握りなおした。
「そうだったそうだった、悪いね、ずっと立たせちゃって。」
団長はそう言いつつも、俺の兄…レギアのカセットテープを探すのに必死になっていた。
「名前書いてるんだけどな~…。え~っと…あった!これだ!」
汚いカタカナで書かれた「レギア」という文字。
「じゃあ、はめてみるよ。」
カセットテープがぐっと押し込まれる。
その瞬間、鳴ったのは――――
「お前ら!すぐに取り押さえろ!」
鳴り響く看守の声。俺と兄ちゃんはその声に怯えていた。
「怖いよ…。」
「大丈夫、ギリア。僕らが二人でいれば怖いものなしだよ。」
兄ちゃんは俺をぎゅっと抱き寄せると、小さく固まった。
「いたぞ!こっちだ!」
「嫌だ!離して!」
「うるさい!大人しくしてろ!」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
俺はその会話を聞いて耳を塞いだ。
ここは実験施設だ。俺と兄ちゃんの親は、ここに俺らを置いてどこかへ行ってしまった。
そして今、その機密情報が漏れたため、こうして子供を殺処分しているらしい。
「生きて帰ろう、ギリア。」
兄ちゃんは小さい声で、だけど力強くそう言った。
「もう一体いたぞ!」
俺らを見つけた看守がそう叫ぶ。
そして、それと同時に兄ちゃんは俺を抱き締めていた手を離して、看守の前に立ちふさがった。
「兄ちゃん!」
「大丈夫、任せとけ。」
兄ちゃんはいつもと変わらない笑顔で言った。
そして、看守の方を向くと、大声で、力強い声で看守たちに言った。
「殺したいなら俺を殺せ!ギリアには手を出すな!!いいか、これは契約だ!!!」
この一室に音が反響して響く。
看守たちは一瞬手を止めたが、すぐに気を持ち直して向かっていた。
「…兄ちゃん。」
俺は泣きそうな声で言う。
兄ちゃんは、それに反応して後ろを振り返り、言った。
「ギリア、生きろ。」
「…ふーん、こんな過去があったとは…。」
「…思い出させんな気色悪ぃ。」
ここから先は記録されていなかったし、俺も憶えていない。憶えているはずがない。
ただ一つ、分かっていることは。
俺が悪魔の血を引いているってだけ。
「ま、こんな感じですわ。また迷ったらおいで。君も記録しておくから。」
「はいはい。あと、ギリアな。」
俺はそう言い残して、ここを出ていった。
出た先には、茶髪の女が待っていた。
「行こっ!ギリア!」
「はいはい、ちょっと待って。」
…空は、嫌味なほどに快晴だった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!