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パチンッ。
音高く鳴り響く、竹刀が叩かれあう音。微かにキュッと響く足音。重い鎧に汗水たらしながらも楽しいと感じてしまう剣道。
───凛とした空気感が、なんだか清々しくて好きだった。
最初のうちは怪我だらけで死ぬかと思った。重い鎧のせいで全身筋肉痛になるわ、皮がむけまくって歩けないわ、何も握れないわ……もうとにかくしんどかった。それを乗り越えて仕舞えば、あとはこの空気感に慣れるだけだった。
『った…?!?!』
そんなある日、俺はいつもの部活動中に怪我をした。右目に竹刀に使われる竹の破片…といえばいいのだろうか。それが刺さってしまい、病院行きとなった。
俺と対戦していた相手の人はたくさん謝ってくれた。お見舞いも毎日来てくれた。正直、もうこなくていいって思ってたけど。
まぁでも結果的に視力が落ちただけで済んだ。もう少し深く刺さっていたら、失明だったんだと。その時は安堵したよ。
……まぁ、もう今はその右目が潰れたんだけど。今でさえ竹刀を見るたびに、この思い出を思い出すたびに、少し体が震える。トラウマになっちゃったのかもしれない。でもね、変わったのはそれだけじゃない。
その時から、俺は真面目ちゃんへと人格が移り変わったかのようになった。
長い入院生活を終えて、俺は教室の扉を開けた。目の前には、何も変わらないいつものみんながいた。教室に入った途端に、みんなが自分を心配してくれた。俺はそれがとても嬉しくて、たくさん病院のことを話した。ただ心配して欲しくて。……これが多分、不幸自慢ってやつなんだろうけど。
そんなある日、妹が突然言い出した。『ピアノを習いたい』と。
その瞬間さ、俺心が壊れちゃったんだ。
周りの子は好きなことをたくさんして頑張ってるのに、俺はバカなこと自慢して…何優越感に浸ってんだって。視力が落ちて、片目だけコンタクト。みんなと違う自分がかっこいいなんて思っていた。
『お、おれも!!』
妹みたいにピアノを弾いてみんなに自慢して。そしたら、みんなができていないことを俺はできているから。
───それでも、長くは続かなかった。ピアノで弾ける曲も簡単なものばかりで、妹には置いていかれるばかりだった。
そこで俺は人格が変わったんだと思う。”もう黙って暮らしてれば一番楽なんじゃないか”って。
そこから俺は家族とだんだん喋らなくなって、みんなから心配されるようになった。陰で勉強もしたし、授業も真面目に聞いたし、母さんの手伝いだってしたし、父さんのことだって───・・・。
そうしてふと言われた妹の言葉で、俺は頭が空っぽになった。
『おにーちゃんは、もっと自分のことしていいんだよ。』
よくわからなかった。置いてけぼりばっかする妹に言われたって、俺よりピアノの覚えが早かった妹に言われたって、先生に褒められる妹に言われたって…。できてたら、とっくにしている。俺はまたその日から考え込んで、考え込んで………。
たった1人一つの言葉で何もかもを考え込むくらいに俺の心は弱くなった。人の視線が怖くなって、みんなの意見が怖くなって、言葉が出なくなって、語彙力がなくなって…。
全部自分のせいだってわかっている。これは家族とコミュニケーションをとらなくなったから起こった出来事だ。コミュニケーションをとらなくなったから、相手の目を見て話すことも、意見を発表することも、目の前に立つことも…何もかもが恐怖だった。その度に、みんなからは変な目で見られて…。
(もう合わねぇ。)
そんな日々を送っていた俺は、ついに倒れた。
原因は栄養失調と鬱病、それから起立性障害。中学生になってしょうもなさすぎる理由で倒れて、その時も恥ずかしかった。
───でも、そこからが地獄の日々だったんだよ。栄養とらなきゃいけないからってまた入院生活で点滴ばっかり。痛かったし、身動きが自由じゃないのが辛かった。鬱病のせいで考え込んでは倒れてを繰り返すし。起立性障害で起き上がることすらままならなくて、もう自分なんていなくなればいいって何度考えたことか。
実際にお風呂上がった後にタオルで自分の首を絞めたり、包丁を持ってみたり、落下死してみようとしたりした。何度も何度も。
…でもそれは、幾度となく失敗し続けた。理由は簡単で、俺に死ぬ勇気がなかったから。生きたくもないのに、死ぬとなれば死にたくないって叫びたくなる…。自分勝手な自分に呆れて、また水の枯れない夜が始まる。
そんな毎日を繰り返して、繰り返して………完治するまでにはすごい時間と費用を費やした。
『ごめんなさい。』
退院して家族に言った言葉は、たったその一言だった。家族みんなは俺の看病に疲れ果てて、やつれているかのように見えたのだ。何もかもが全部俺のせいで、酷く辛かった。
『さっさと死んじゃえばよかったのにぃ…!!』
自分に向けて言った言葉は、誰にも責められないし誰にも怒られなかった。