テラーノベル
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閉店後の店内は、やけに静かだった。
照明を半分落としたフロアで、エリオットはレジに肘をついて、ぼんやりと時計を見ていた。
「……帰るか」
そう呟いた声は、自分でも驚くほど小さい。
本当はわかっている。
帰りたくない理由なんてひとつしかない。
チャンスに会うのが、気まずい。
チャンスのことも、マフィオソのことも、
頭から離れない。
触れた温度も、距離も、全部中途半端なまま――
(……俺、何やってんだろ)
ため息をついて、エプロンを外す。
考えても仕方がない、とにかく外に出よう。
ドアを押し開けた、その瞬間。
「……は?」
店の前の歩道に、異様なものがいた。
真っ白で、やけにでかい。
人の膝くらいあるサイズの――うさぎ。
「……でか……」
そのうさぎは、じっとエリオットを見上げていた。
逃げる気配もない。ただ、そこにいる。
ゆっくり近づくと、ふわりと鼻が動く。
「……お前、野良……じゃないか」
首元に、黒いリボンが見えた。
しかもやけに手入れがいい。
「……迷子か」
少し迷ったあと、エリオットはしゃがみ込む。
「……来るか?」
試しに手を差し出すと――
とす、と当たり前のように寄ってきた。
「……うわ」
その重さに思わず苦笑する。
抱き上げると、予想以上にずっしりしていた。
「……連れて帰るしかないか」
「……お前、それ」
背後から声がした瞬間、心臓が一回強く跳ねた。
振り返ると、やっぱりチャンスがいた。
いつものように、少し気だるそうに、壁に寄りかかっている。
「……見れば分かるだろ。うさぎ」
「いや、問題はそこじゃねえ」
チャンスはゆっくり近づいてきて、うさぎを見下ろした。
そして、少しだけ眉をひそめる。
「……そいつ、グビーだ」
「……は?」
「マフィオソの飼いだよ」
一瞬、思考が止まる。
「……は???」
エリオットは腕の中のうさぎを見た。
グビーは何事もない顔で、のんびりと目を細めている。
「いやいやいやいや」
「なんであいつのペットがここにいんだよ」
「知らねえよ。あいつ、たまに放すからな」
「放すなよ」
即答だった。
チャンスは肩をすくめる。
「で、どうすんだ」
「どうするって……」
返しに行く。
それが普通だ。
普通、なんだけど――
(……マフィオソに、会う)
その選択肢が、妙に重く感じる。
「……別に、明日でもいいだろ」
チャンスがぽつりと言った。
その声は軽いけど、少しだけ低い。
「今夜わざわざ行く必要ねえよ」
「……」
エリオットは黙ったまま、グビーの耳を撫でる。
柔らかい感触が指に残る。
(返せば、会う)
(返さなきゃ、会わない)
単純な話なのに――
「……なあ」
チャンスが、少しだけ近づいてくる。
「お前、まだ迷ってんのか」
「……何を」
分かってるくせに、聞き返す。
チャンスは一瞬だけ黙って、それから薄く笑った。
「どっちに行くか」
空気が、少しだけ重くなる。
エリオットは視線を逸らした。
「……うるさいな」
「図星かよ」
「違う」
即答したけど、自分でも弱いと思った。
沈黙が落ちる。
その間に、グビーがぴょんとエリオットの腕から降りた。
「おい」
床に着地して、のそのそと店の奥へ歩いていく。
勝手すぎる。
「……帰る気ねえな、こいつ」
チャンスが小さく笑う。
「飼い主に似たんじゃねえの」
「笑えないし」
エリオットはため息をついた。
それから――
扉の方を見る。
外は、もう完全に夜だ。
「……どうするか」
小さく呟く。
マフィオソに返すか。
それとも――
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#ジョン・ドウ