「小さな魔王と丸い悪魔」
🧣✕ショタ🌵
4. 🧣視点
目の前で突然大泣きして眠ってしまった子供を前に、俺はガチ困惑していた。俺の食べ方そんなにキモかったか?とかちょっと自己嫌悪になりそうになったけど、泣いた理由は大体想像できた。
年齢の割に頭が良さそうで、料理の手際もよかった。外から見たら古びた塔だったのに中は掃除が行き届いている。着ている服もよく見たら穴が上手に繕われている。よく使う家具には踏み台が置かれていて、重たいドアは下の方の表面が剥げている。
おそらくここに閉じ込められて長いんだろう。なんでもできるということは、一人で全部をやらなければならなかったということ。技術の蓄積は孤独と現実の裏返しだ。
「……はじめて、って言ってたな」
泣きじゃくる声の中、聞き取れたいくつかのワード。こんな塔の中に一人で、多分閉じ込められてて、この子は初めて誰かとご飯を食べたのか。そりゃ泣いちゃうだろう。
でも所詮人間だ。状況はかわいそうだと思うけど、その「かわいそう」という言葉は俺の穴の空いた心を滑り落ちていく。
人間なんて嫌いだ。どうなってもいいんだよ。ご飯をくれるっていうから出ていくのを待っただけ。残ったパンとりんごを口に運びながら俺はちらりと子供の顔を見た。
椅子に背中を預けて、ちょっとだけ眉間にシワを寄せて眠っている。メガネの向こう、血のように赤い目はぎゅっと閉ざされていて、でも目の周りも頬も今は目と同じくらい赤い。
……人間なんて嫌いだ。一人残らず絶滅すればいい。いつもそう思ってる。
でも、こんな見た目の俺に喜び、一緒にご飯を食べて泣いたこの子のことが。
「はァ~~~、仕方ないなぁ」
俺は自分の残りと、ほとんど手を付けてない子供のご飯を急いで口に押し込む。お腹が満たされて、間に合わせだけどちょっとの間なら人型になれそうだ。
机から飛び降りる。足がポヨンと床についた瞬間、俺は人間の姿になった。
「あ゛ぁ~、ただいまイケメン高身長」
人間は嫌いだけど、この姿は気に入っている。変身の衝撃で乱れた紺色の髪を手で直して、俺は椅子から子供を抱き上げた。その身体は思ったよりずっと軽かった。子供を食べるのは趣味じゃないから知らないけど、人間の子供ってこんなに軽いものなのか?
上階へ向かうドアを押し開ける。この塔の窓は鉄格子があるだけで、あの丸いボディなら簡単にすり抜けられるだろう。
今まで見た階になかったから多分上の階にベッドがある。ご飯の恩だ、せめてそこまでは運んであげよう。それで俺はいなくなろう。
夢、そう夢だったんだ。誰も訪れない狭い塔の中、孤独に生きてきた子供の見たひとときの夢。だって青くて丸い一頭身の生き物なんているわけないし。俺だって自分の本性がこんなポヨポヨなんてのは夢だと思いたいんだから!
上の階のドアを開けると思った通りここがこの子の部屋のようだった。上に向かう階段がないのでここが最上階なのだろう。高い高い天井には落とし戸があるけど、はしごでもなければとても届く高さじゃない。
ベッドの横のタンスには予定表のようなものが貼ってあった。机の上には高学歴の俺でもわからない数式がびっしり書かれた紙が何枚も置いてある。小窓の横には椅子があって、周りに本がたくさん積んであった。
人間の子供部屋はもっと派手で汚かったような気がする。この子供はこの部屋で毎日どうやって過ごしているんだろう。ほんのちょっと気になったけど俺は首を振った。
子供をそっとベッドに寝かせてあげた。毛布をかけて、掛け布団をかけようとしたときに不意に子供が身じろいだ。
「ら、だぁ……」
名前を呼ばれてつい手が止まった。無視して布団をかけようとしたら小さな手が俺の袖を掴んだ。
「らだ、……おれと、と……」
ちょっと動かしてみてもなかなか手を離してくれない。また子供の目尻に涙が浮かんでいた。俺は服の袖でそっと涙を拭ってあげた。
その拍子に細い首にはまる首輪に目が行った。毒々しい色の宝石、おそらく魔石だ。それが時々光るたびに、わずかながらとてつもない魔力の気配がする。何だこの魔道具?魔力はどこから出てんだ?
石に手を近づけた瞬間、めまいがして俺はまた青いまんまるに戻ってしまった。掴む袖がなくなって子供の手がベッドから滑り落ちる。それを毛布の中に戻して、今度こそ掛け布団をかけてやった。
青空を小鳥の群れが飛んでいる。あとはここから逃げ出すだけ。でも、俺はどうしても気になってしまった。
……この子はなんなんだろう。なんでこんな人里離れた、厳重な封印の施された塔に監禁されてるんだろう。定期的に供物……食料を与えられて、生かしているのに監視者がいるわけでもない。どう見ても無害そうなただのガキなのに。
俺はウトウトしながら思い出す。そもそも俺がここまで乗ってきた馬車。なるせの言っていた隠れ里の話。国の印章入り物資の横流し事件。
そして、一瞬だったけどとても美味しそうな……どこか懐かしいようなこの魔力。
俺はベッドに飛び乗った。うなされる子供の頭を腹に乗せてあげた。世界一柔らかい最高級クッションだぞ。どうせ見るならいい夢を。きっと俺の寝心地は抜群だ。
すぅすぅ落ち着いた寝息を立て始めた子供を乗せたまま、やがて俺も眠りに落ちた。
*
🌵視点
体がポカポカ熱くなってきて俺は目が覚めた。窓から日光が直接俺の顔に降り注いでいた。
「おはよう、ござ……」
いつもの挨拶をしようとして、俺はメガネをかけっぱなしなことに気づいた。いつも寝るときはちゃんとサイドテーブルに置くはずなのに。
なんとなく記憶がおかしい。ぼーっとする頭で窓の外を眺めていると、いまにも山の陰に隠れそうな月が青い空に薄く見えている。あれ?昨日は満月だったような……。
「うそだろ?!」
何日寝てたんだ?!俺は慌てて記憶をたぐる。確か青いまんまるがいて……それで、二人でご飯を食べたんだ。
飛び起きようとしたら、ポヨンと柔らかい感触がした。ぼんやり思い出した記憶通りの青いまんまるが俺の後ろにあった。
「ッ……!?らっ、だぁ?」
俺は思い出した名前を恐る恐る呼んだ。俺の頭を乗せて、大きなクッションみたいに動かない。
「なぁ、らっだぁ……?」
ほっぺたをぷにぷに指で押した。でも起きない。俺はいま本当に起きてるのか?まだ夢なのか?実はらっだぁっていう生き物だと思ってたのはただのクッションで……?
急に怖くなってらっだぁのほっぺたを両手でびよーんと引っ張った。どこまで伸びるのか不安になりかけたら急に「らっ?!」と大声を上げて飛び起きた。
「わぁ?!もう、夢かと思ったぞ!」
「らぁ~」
俺は起きたらっだぁをギュウギュウ抱きしめた。目が覚めてもこいつがいてくれて本当によかった。あの声は鼓膜がやられるかと思ったけど。
「じゃあ今日も、おはようございます!」
朝の挨拶をして、俺はベッドから飛び降りた。
「ららぁぁー」
らっだぁも俺の横にポヨンと降りた。いつもの俺の日課に挨拶が返ってきた。俺は気持ちを抑えるためにその場で地団駄を踏んだ。こうでもしないと何もかもが嬉しくって、すぐにらっだぁに飛びついちゃいそうだ。
お腹がペコペコだった。今までも急に眠っちゃうことはあったけど、こんなに長い間寝ちゃったことはない。あの月齢の感じ、4~5日は経ってないか?おかげで頭はスッキリしたけど。
*
らっだぁと二人でいつもの朝食を食べ終わって、俺は残ったパンくずをテーブルの横の窓辺においた。しばらくすると小鳥がやってきてそれを食べ始めた。今日来たのはアトリの仲間だ。書庫に野鳥図鑑があって本当によかった。
たくさんあるのに同じパンを取りあったり、その隙に一羽で独り占めしたり、さっとくわえて持っていったり。みんな個性豊かで、小鳥たちの仕草を見るのが俺は好きだった。
だけど急に小鳥が飛び去った。らっだぁがテーブルの上に乗ってきたんだ。
「ああーっ!!俺の、と……」
その先の言葉を、俺はなぜか言えなかった。らっだぁに会う前までなら言えた。だってあのときまで小鳥たちは、俺の唯一の……。
俺は椅子から降りた。らっだぁも気まずさを感じたのかテーブルの上から飛び降りて、遠くを見ている。
「あのな、あのときちゃんといえなかったけど……」
俺はモジモジしながららっだぁの前に立った。胸がドキドキして、足の指がぎゅってなる。
きっとこれが恥ずかしいってことなんだろう。震える手を握りしめて、青くてまんまるならっだぁを見た。
「お、俺、くもつばこにずっと書いてたんだ!「友達がほしい」って!」
また目の奥がぎゅっと熱い。でも今泣いちゃ駄目だ。また眠っちゃうかもしれない。
「だから来てくれたんだろ?やっと、俺のところに」
くもつが入ってる箱の前にらっだぁがいた。ぬいぐるみかと思ったら動いて、しゃべって、あの時の感動は死ぬまで絶対忘れない。
自分以外の足音が聞こえることも、目が合うことも、挨拶が返ってくることも、ひとりじゃないことも。それがどれだけ幸せなことなのか。らっだぁが来てくれたからわかったんだ。
「らっだぁ、その……俺と友達になってくれるか?」
俺は震える右手をぎゅっと握って、それからぱっと開いて力強く差し出した。
ずっと昔に読んだ絵本にはなんて書いてあったっけ。友達のなりかたってこれでいいんだっけ。最近読んでた難しい本にはそんなことなんにも書いてない。
らっだぁはそのぽやっとした顔で俺と俺の手を何度も見た。やっぱり間違えたのかな、ってだんだん不安になってきた。
「らっ!」
でもらっだぁは小さい手で俺の右手を握り返してくれた。
「あ、あ……ありがとう!!らっだぁ、俺たち友達だぞ!ずっとずっと、友達だからな!」
俺はその手をブンブン振り回して、しまいにはらっだぁに抱きついたまま床に転がった。ポヨポヨのおなかに飛び乗ったら身体がポヨンとはずんで、嬉しくなって何度も飛びついた。
俺は有頂天だった。これから二人で何をしようか。夢がどんどんふくらんで、そしてそれはぜんぶ現実になるんだ!
らっだぁとさんざんふざけあってから、俺は書庫に行って古い地図を取ってきた。残りわずかなクレヨンも特別に出した。これから友達、らっだぁと一緒に何をしたいかこれにいっぱい書くんだ。ああでも、話し合わなきゃ駄目だよな。二人で一緒にやりたいことじゃなきゃ意味がないんだ。
俺の部屋の床に裏返した地図を広げる。これだけ大きかったら何個でも書けそうだ!
「らっだぁ、これから二人でなにしたい?俺は……」
相槌を求めて振り向いた視界のどこにも青いまんまるはいなかった。張り上げた俺の声が部屋に虚しく響く。
「……らっだぁ?」
ずっと一緒にいると思ってたのに。らっだぁがいない。
あれ?そういえば書庫に行ったあたりからついてきてなかった気がする。それとも書庫の中にいるのに俺がドア閉めちゃったのかな。
また俺が一人で舞い上がって走り回ったから、あの足じゃついてこれなかったのかもしれない。歩幅を合わせられないなんて、友達失格だ!俺は慌ててランプを片手に書庫に駆け込んだ。
「らっだぁー!!どこだよー!!」
積み重なる本、薄暗い棚の裏、小さな戸棚の中まで探してみてもらっだぁはいなかった。
あいつあんなポヨンポヨンだから挟まったら出られなさそう。すごい小さな箱にも入れるんじゃないか?今もどっかに挟まって困ってるんだ。
「らっだぁー!!どこだよー、出てこいよーっ!!」
焦りが心臓を蹴飛ばす。名前を呼び続ける喉が痛む。ずっと息が苦しくて、頭が締め付けられるみたいに痛い。
普段はあまり入らない一階の暗い倉庫も隅々まで見た。でもいなかった。脅かそうとしてるのかなってタンスの中までひっくり返した。でもいない。
冷たい石の階段を何度も上下して、おんなじところを何度も探して、不意に周りが真っ暗になった。ランプが切れていた。
カラスが騒ぎながらねぐらに帰っていく。俺は自室に戻って広げた地図の前にぺたんと座り込んだ。
青いクレヨンを手に取った。残り少ないクレヨンで紙の真ん中に丸を書く。このお腹はポヨポヨで、とってもあったかかった。ちっちゃな4つの手足をつけて、ニコニコ笑顔の顔を書く。結局口はどこにあるのかわかんなかったな。それで、この手で俺と握手してくれて……。
唇を噛む。紙に雫が落ちた。静かな涙が頬を伝って紙を濡らしていく。
「……っ、ひっく……らっ、だぁ……」
らっだぁはもうどこにもいなかった。







