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「フィル様。疲れてしまいますのでその辺で」
「ラズール」
「それと、先ほど聞き捨てならないことを耳にしました。髪をお切りになると?」
いつの間にかラズールが傍にいて、僕の腕を掴んだ。そして少し乱れた銀髪をすきながら、低い声で聞く。
「うん。もう伸ばす理由はないだろ?だから切りたい。リアムやラズールみたいに。ダメ?」
「…いえ、それはそれでお似合いだと思います。ただ、切った髪をどうすると?」
「リアムがほしいって」
「リアム様」
「なんだ」
ラズールがくるりと向きを変えて、リアムを睨む。
リアムが僕を引き寄せて抱きしめた。
「フィル様の髪、俺もいただきます」
「はあ?…まあいいけど」
「ちょっと二人とも。…切るのやめようかな」
「わははっ!」と笑い声がして、振り返るとラシェットさんが愉快そうに口を開けて笑っていた。
「フィルも大変だな。こんな変人に囲まれて。まあ喧嘩しないよう、仲良く分ければいいんじゃないか?さて、式も終わったことだし、大広間へ移動しよう。城に仕える者達が、早く祝いたいと待ってるぞ」
「わかったよ。行こうかフィー」
「うん」
ラシェットさんが先に礼拝堂を出る。
その後に続こうと、リアムに手を引かれて足を踏み出した瞬間、全身に鋭い剣先で刺されたような痛みが走った。
「ああっ!」
「フィー?」
僕は自分の身体を抱きしめてうずくまった。
急速に手足の先が冷たくなり、呼吸が荒くなる。額からは汗が流れ、痛みに耐えきれなくて床に転がった。
「ああっ!あうっ…」
「どうしたフィー!」
「フィル様っ」
すぐ傍で、リアムとラズールの声が聞こえる。
「リア…いた…っ」
「くそっ!いま治癒魔法をっ」
汗が目に入り、ぼやけてよく見えないけど、リアムが僕を抱きかかえているようだ。僕の胸から温かいものが流れ込んでくるから、治癒魔法をかけてくれてるようだ。
だけどもう、無理みたい。ちっとも効かない。痛みが引かない。苦しい。
僕の右手が暖かいものに包まれた。
ラズールも治癒魔法をかけてくれてるらしい。
もういいよ。もうやめて。二人とも倒れちゃうよ。僕はリアムと結婚式を挙げられた。それで満足だよ。ありがとうリアム。ラズールも、今までありがとう。
「ありがとう」と言葉にしたいのに、声が出せない。
僕は胸を押さえて固く目を閉じた。痛みがどんどん強くなり、身体が熱くなる。ひどい耳鳴りが続き、プツンと音が切れた瞬間、僕の意識が途切れた。
気がつくと、真っ暗闇にいた。
どこを見渡しても真っ暗で、前後左右もわからない。
これは地獄という所だろうか。僕は悪いことをしただろうか。ああ…したな。女のフリをして、民に嘘をついた。姉上を助けられなかった。国に戦を持ち込んだ。
「ずっと、ここから出られないのかな」
僕は疲れていた。とても疲れていたからその場に座り、膝に顔を埋めて目を閉じた。
目を閉じても開けていても真っ暗だ。この闇の中に、溶け込んでしまいそうだ。というより、僕はもう、闇になってるんじゃないのか?ずっとここで、孤独に過ごさなければならないんじゃないのかな。
「リアム…会いたい。ずっと一緒にいたかった。本当は、死にたくなんてなかっ…た」
涙が出た。ズボンにぽたぽたと雫が落ちて、濡れていくのがわかる。
あれ…まだ闇になってないの?人の形をしてるの?涙を流してるよ…。
ぐずぐすと泣き続けて更に疲れてしまった僕は、いつの間にか眠ってしまったらしい。
誰かに髪の毛を撫でられる感触に気づいて、目を覚ました。
「…ん、だれ…?」
「フィル」
緩慢な動きで目をこすっていた僕は、声を聞いて勢いよく顔を上げた。
目の前に誰かいる。僕の髪を、優しく撫で続けている。今の声に、聞き覚えがある。でもまさか…そんな。
「は…母上…」
「フィル、なぜこんな所にいるの」
紛れもなく、母上の声だ。暗くて顔がよく見えないけど、母上の声だ。だけどいつも聞いていた冷たい声ではなくて、柔らかく優しい声音をしている。
「僕…は、呪いによって…死んだのです。母上が…亡くなられたと同時に、身体に蔦のような黒い痣が現れて…。それが徐々に広がって、ついには赤い花のような痣まで出てきて…。その呪いが身体に広がって…死んだのです」
「それは違う」
「…え?」
髪を撫でていた手が止まり、今度は僕の頬に添えられる。その手はとても暖かくて心地よかった。
「あなたの身体に現れた痣は、私がかけた魔法によるものです。あなたにかけられた呪いを解くために、生まれてすぐにかけたのよ」
「でも…現れたのは数ヶ月前で…」
「私が存命中は、何かあれば直接救ってやれるわ。しかし私が死んだ後では、助けてやれない。だから私が死ぬと同時に発動するよう、魔法をかけていたのです。あなたの身体の痣は、呪いを吸って大きくなっていたはず。赤い花が咲いたのは、呪いのほとんどを吸いきる前だったから。本来ならば、呪いを吸った後に痣は消えて、あなたに害することは何も起こらないはずでした。しかし呪いが強大すぎて、その呪いを解くための私の魔法も強く作用しすぎてしまった。そのため、あなたの身体が耐えられなかったのね」