「では…やはり僕は、死んだのですね」
「いいえ、まだ死んではいません。一時的に仮死状態にはなったけど、私の魔法があなたを守っています。今、あなたの身体に生命維持の魔法がかけられています。だからもうすぐ目覚めるはずよ」
「…え?」
僕は恐る恐る手を伸ばし、目の前の母上に触れた。
「母上…僕のこと、憎かったのではないのですか?僕のことを…嫌いだったのでは…」
「腹を痛めて産んだ我が子を、憎く嫌いなわけがないでしょう。フィル、私も呪われていたのよ。イヴァルの女王として、男の子を捨てよという呪いにかかっていたのよ。フェリが元気になった時、大宰相達があなたを殺す相談をしていました。そうさせないために、私はあなたを城から出した。あの時、兵にあなたを殺すよう言ったのは、私ではないわ。私はあなたが国のどこかで、生きてさえいてくれればいいと思っていたもの。だから、あの時に助けてくれたという、バイロンの王子には心から感謝しているの」
「母上…僕、その彼と…リアムと、結婚式を挙げたんです。ずっと一緒にいようと誓って…」
「そう!そうなのっ…。それほどあなたを大切に想ってくれてるのね。あなたはその王子といると幸せ?」
「はい…とても幸せです」
「それならば、早く目を覚ましなさい。ひどく心配してるでしょう。早く目を覚まして、もう大丈夫だと安心させてやりなさい」
「母上…あっ」
突然、強く抱きしめられた。
身体を包む柔らかな感触。甘く優しい香り。僕はこれらを知っている。母上に抱きしめられた記憶はないのに、知っている。どうして…。
「フィル…私の愛しい子。いつも堂々と抱きしめてあげられなくてごめんなさい。あなたを見かけるたびに抱きしめたかったけど、できなくてごめんなさい。夜中にこっそりと、眠るあなたを抱きしめることしかできなくて…ごめんなさい」
「母上っ…」
僕も母上にしがみついた。母上の肩に顔を埋めて、泣きじゃくった。
しばらくして、母上がそっと僕を離した。
「もうそんなに泣かないで。離れがたくなるわ。あなたの帰る場所は別にあるでしょう?さあ、行きなさい。こちらを振り返ってはダメよ。私はあなたの幸せを願っています」
「母上…ありがとう…ございます」
「フィル、愛してるわ」
母上が僕の頬にキスをして、僕を立たせてくれた。そして遠く光が見える方へと、僕を押し出す。
僕がもう一度、振り返ろうとすると「早く行きなさい」と厳しい声がした。
僕は頷き、光の方へと進む。光が近づくにつれて、声が聞こえてきた。
リアムだ。リアムの声だ。リアム!今戻るから待ってて!
僕は光に向かって走り出し、両手を伸ばして飛び込んだ。
リアムの願い
フィーが倒れた。
式が終わり、広間へ移動しようとしたその時、苦しそうに呻いて倒れてしまった。
ついに呪いがフィーの全身にまわったのだ。フィーは痛くて苦しそうにしている。
俺は急いで治癒魔法をかけた。全力でかけた。だがちっとも効かない。
ラズールもフィーの手を握りしめて治癒魔法をかけていたが、全く効かなかった。
そのうちフィーの全身から力が抜けて、呼吸が浅くなった。
俺は呆然とした。頭が真っ白になって、動けなくなった。
待ってくれ…フィーが死ぬ?いや、聞いてはいたが、信じたくなくて、考えたくなくて、まだ俺は、覚悟ができてない。どうすればいい?俺は…なにをすれば。
「リアム!何をしているっ。早くフィルを部屋へ運べ!」
頬に衝撃を受けて、正気に戻った。
伯父上が怖い顔で怒鳴っている。
そうだ。ほうけてる場合じゃない。俺は諦めない。フィーを助けるんだ!
ふと横を見ると、ラズールが妙に落ち着いた様子でフィーを見ている。
俺は察した。こいつ、フィーの後を追うつもりだ。フィーが息絶えた瞬間、自害するつもりなんだ。バカめ。そんなことをしてフィーが喜ぶとでも思ってるのか?そもそも、フィーを死なせやしない!
俺はフィーを抱き上げると、ラズールに怒鳴った。
「ラズール!俺はフィーを死なせない!だからくだらないことを考えるなよっ!ついて来いっ」
「…くだらないことではない」
「いいから!とにかくついて来いっ」
俺は走った。礼拝堂から俺達の部屋まで、一度も止まらずに走り抜けた。
部屋に入るとフィーをベッドに寝かせ、上着とシャツを脱がせる。
「あっ!痣が…」
フィーは痣の呪いで死にかけている。だからもっと痣が増えていると思っていたのに、逆に消えかけているではないか。
「どういうことだ?消えかけてる…。ということは、痣が消えればフィーは助かるのでは?」
「なぜ…。…もしや、そういうことかっ」
「ラズール、なにか思い当たることがあるのか?」
青ざめた顔のラズールに聞くと「いえ、わかりません…」と目を伏せた。
ラズールの様子が気になったが、今はそれどころではない。
「フィーに体力回復の魔法をかける。心音が弱くなっているから、少しづつかけていく。ゼノ、俺が飲むための栄養剤を用意しておいてくれ!」
「はっ!」
俺は上着を脱ぎ捨て、シャツの袖をめくった。そしてフィーの胸に手のひらを当てて、全身が凍りついた。
「そ…な…」
「リアム様?」
「リアム、どうした?」
ゼノと伯父上が、不思議そうに聞いてくる。
ラズールが「フィル様!」とベッドに飛びつく。
俺は震えた。フィーの肌は温かいのに、心臓が止まった。
どう…すれば。治癒魔法で心臓を動かす?そんなこと…できるのか?どうすればいい?俺は…なんとしてもフィーを助けて…。
「フィー…」
俺は、ゆっくりとフィーを抱きしめた。
まだ身体はこんなにも温かい。甘い香りだってする。なのに、心臓が止まってしまった。もう、どうしようもないのか…。
その時、肩を強く引かれた。
振り向くと、ラズールが俺をフィーから引き剥がそうとしていた。
「離れてください」
「…ラズール…フィーが…」
「死んではいません。離れて様子を見ていてください」
「でもっ…心臓が止まって…っ」
「一度は止まりましたが、必ず動き出します。今、前王がかけた魔法が発動してます。大人しく見ていてください」
「前王の魔法…?」
ラズールが深く頷く。
フィーのことを一番に思うラズールが、落ち着いている。ということは、本当に大丈夫なのだろうか。
俺は身体を起こすと、大人しくフィーを見守った。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!