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「ふざけるな……ふざけるなッ!」
俺はスマホを地面に叩きつけそうになり、寸前で思いとどまった。
ここでこれを壊したら、俺を繋ぎ止める唯一の「外の世界」との接点が消えてしまう。
SNSの画面の中、俺の部屋
俺のベッド、俺の時計
それらを自分のものとして享受している「知らない男」。
その男が「佐藤タクミ」として世界に承認され
俺という存在が、まるで出来の悪いコピーのように弾き出されようとしている。
「あの老いぼれ……全部あいつのせいだ」
俺は立ち上がり、夜道を走り出した。
向かう先は、あの錆びついたプレハブ小屋。
「忘れ物センター」だ。
あそこに行けば、あの老人がいる。
指輪を返せば、全部元通りになるはずだ。
美咲の指輪は大切だが、俺自身が消えてしまったら元も子もない。
深夜の駅北口は、不気味なほど静まり返っていた。
街灯が点滅し、蛾がジリジリと羽を焼いている。
「おい! 出てこい! 全部返してやるから、俺を元に戻せ!」
俺はプレハブの引き戸を力任せに開けた。
「……は?」
声が裏返った。
そこには、何もなかった。
昨日まであったカウンターも、埃を被った棚も、桐の箱も。
ただの空っぽな、打ち捨てられた資置場があるだけだった。
コンクリートの床には、何十年も人が立ち入っていないような厚い塵が積もっている。
「嘘だろ……。昨日、確かにここに来たんだ。指輪を受け取って、鍵を置いて……」
混乱して辺りを見回すと
プレハブのすぐ横に、一台の古びた公衆電話ボックスが立っているのが見えた。
まるでそこだけ時間が止まったような、くすんだ緑色のボックスだ。
俺は飛び込むように中に入り、震える手で十円玉を放り込んだ。
あの番号を回す。
『……プルルル、プルルル……』
呼び出し音だけが虚しく響く。
頼む、出てくれ。
怒鳴りつけてやる。
いや、泣いてでも縋ってやる。
だが、十回、二十回鳴らしても、受話器の向こうは無音のままだった。
ふと、足元に視線を落とした。
電話機の台の下に、一冊の薄汚れたノートが落ちている。
ページをめくると、そこにはビッシリと名前が書き込まれていた。
「……加藤、田中、山崎……」
そして、最新のページの最後に、殴り書きのような文字でこう記されていた。
【佐藤タクミ:補充完了まで残り120時間】
「補充……完了?」
その文字を見た瞬間、耳鳴りがした。
視界がぐにゃりと歪む。
自分の手を見ると、皮膚の質感がさらに変わっている。
節くれだっていた指先は、今やところどころ皮膚が硬質化し
まるで長い間、重機でも扱ってきたような「職人の手」に変貌していた。
鏡代わりの電話ボックスのガラスに映る俺の顔。
右目の下の火傷の痕が、さらに大きく、深く広がっている。
「ああ……あああ……ッ!」
受話器から突如、ザザッという砂嵐のような音が漏れた。
そして、あの穏やかな老人の声が、鼓膜に直接響く。
『おや、せっかちな方だ。まだ「体」の馴染みが完全ではありませんよ。……今のうちに、新しい生活の準備を済ませておくことをお勧めします。あなたの場所は、もう他の方が座っていますから』
「待て! 返せ! 俺の人生を返せ!」
『返せ? おかしなことを。……あなたは、美咲さんのいた過去を望んだ。だから、今のあなたは美咲さんのいない未来には必要ない。……ただ、それだけのことですよ』
プツッ。
通話は切れた。
十円玉が返却口に落ちる
#ダークファンタジー
カランという乾いた音が、俺の終わりの合図のように聞こえた。