テラーノベル
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人は、何かを失う前から、それを失ったあとのことを考えてしまうらしい。
少なくとも俺は、そうだった。
勇斗が隣にいない未来を想像する。五人でいることが当たり前じゃなくなる未来を想像する。今まで何度も繰り返してきた会話も、何気なく交わしていた視線も、いつか思い出の中でしか触れられなくなるのだとしたら。
そんなことを考えるたび、俺は自分の気持ちをなかったことにしようとした。
好きにならなければよかった。 そうすれば、何も変わらなかったのに。
「仁人、今日なんか静かやな」
楽屋で台本を読んでいた俺に、太智が声をかけた。顔を上げると、ペットボトルを片手に持った太智が、向かいのソファに腰を下ろすところだった。
「いつもこんなもんでしょ」
「いや、いつもはもうちょい喋るやん。勇斗にしょうもないこと言うて、怒られて、それでもまた言うて」
「俺、そんなことしてないけど」
「してるしてる」
太智は笑った。否定する気にもなれず、俺も小さく笑い返す。
そのとき、廊下から勇斗の声が聞こえた。
「舜太、それ俺の!」
「ええやん、ひと口くらい!」
「ひと口がでかいんだよ!」
続いて、柔太朗の呆れた声がする。いつもの光景だった。誰かがふざけて、誰かが乗っかって、誰かが止める。そんなやり取りを何年も繰り返して、俺たちは五人になった。
ドアが開いて、勇斗が顔を出す。
「仁人、見て。舜太が俺のプリン勝手に食べた」
「知らないよ。自分で解決して」
「冷たくない?」
「子どもじゃないんだから」
「仁人だって俺のアイス食べたことあるじゃん」
「いつの話?」
「去年」
「覚えてない」
「絶対嘘!」
勇斗が笑う。舜太が後ろから「まだ根に持っとったんかい」と声を上げ、柔太朗まで笑い出した。俺も笑った。 笑いながら、胸の奥が少し痛んだ。
こういう時間が好きだった。 五人でいることが好きだった。
勇斗が俺の名前を呼ぶ声も、くだらないことで言い合える距離も、何年経っても変わらないと思っていた。
だからこそ、変えてはいけないのだと思った。
俺がこの気持ちを伝えたら、何かが変わってしまうかもしれない。
たとえ勇斗が同じ気持ちだったとしても。 付き合った先に、何があるのだろう。
俺たちは国民的アイドルだ。どこへ行っても誰かに見られている。何気ない言葉や仕草さえ、切り取られて、知らない誰かの解釈を与えられる。
今までなら、勇斗と肩を組んでも、顔を寄せて笑っても、仲のいいメンバーだと思われるだけだった。
けれど、もし本当に恋人になったら? 今までと同じことをしていても、同じ意味ではいられない。 俺たちだけのものだったはずの関係に、知らない誰かが名前をつける。祝福してくれる人もいるかもしれない。けれど、そうじゃない人もきっといる。
それでも俺は、勇斗と一緒にいたいと思ってしまった。
自分のことが、少し嫌になった。
*
その日の撮影は、雑誌のインタビューだった。
五人で並んで座り、いくつもの質問に答えていく。デビュー当時と今で変わったこと。メンバーに感謝していること。十年後、どんな自分でいたいか。
「じゃあ最後に、今後も五人で活動していくうえで、大切にしたいことは?」
スタッフの質問に、柔太朗が少し考えてから答えた。
「変わらないこと、ですかね。もちろん、それぞれ変わっていく部分はあると思うんですけど。五人でいるときの空気感は、ずっとこのままでいたいです」
「ええこと言うやん」
舜太が笑う。
「急に真面目やな」
「いつも真面目だよ、俺は」
「それは無理あるって」
太智の言葉に、また笑いが起こる。 勇斗も笑っていた。
それから、俺のほうを見た。
「仁人は?」
「……俺?」
「うん。何を大切にしたい?」
マイクを持つ手に、少しだけ力が入った。
何も変わらないこと。 五人でいること。 今まで通り、笑って、ふざけて、同じステージに立つこと。 言いたいことはいくらでもあった。けれど、どれも本当の答えではない気がした。
「……今あるものを、ちゃんと大切にすることかな」
結局、そんな言葉を選んだ。
「なくなってから気づいても、遅いから」
口にしてから、少しだけ後悔した。 まるで何かを失うことが決まっているみたいな言い方だった。
#山中柔太朗
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勇斗は笑わなかった。 ただ、俺を見ていた。 その目が何を考えているのか、俺には分からなかった。 分からないままでいたかった。
*
撮影が終わる頃には、外はすっかり暗くなっていた。
他の三人は先に車へ向かい、俺は忘れ物を取りに楽屋へ戻った。テーブルの上に置きっぱなしにしていたイヤホンを見つけ、ポケットにしまう。
帰ろうとしたところで、ドアの向こうから声がした。
「仁人?」
勇斗だった。
「何?」
「待ってた」
「……なんで?」
「一緒に帰ろうと思って」
その言葉に、胸の奥が静かに揺れた。
以前なら、何も考えずに「うん」と答えていた。勇斗が待っていることを当たり前だと思っていたし、自分だって勇斗を待つことがあった。 けれど今は、その当たり前に甘えてはいけない気がした。
「先に帰ってていいよ」
「俺、待ってたんだけど」
「ごめん。ちょっと用事あるから」
嘘だ。 帰るだけだった。 勇斗はしばらく黙っていた。
「……そっか」
その声が、思っていたよりも寂しそうに聞こえた。
振り返りたかった。 やっぱり一緒に帰ろうと言いたかった。
けれど、俺はその場を動かなかった。
勇斗が先に歩き出す。足音が遠ざかって、やがて聞こえなくなった。
それから俺は、誰もいなくなった楽屋で、しばらく立ち尽くしていた。 こんなふうに少しずつ離れていけば、いつか慣れるのだろうか。
勇斗が隣にいないことに。
名前を呼ばれないことに。
一緒に帰らないことに。
いつか、勇斗が俺以外の誰かと並んで歩いている姿を見ても、笑っていられるようになるのだろうか。 そうなれたら、きっといい。 勇斗は優しいから、俺がいなくても幸せになれる。 俺がいないほうが、もっと自由に、もっとたくさんのものを選べるのかもしれない。
俺のせいで、その可能性を狭めたくなかった。
それは本心だった。
でも、本当はもうひとつ、言葉にしたくない気持ちがあった。
勇斗が俺以外の誰かを選ぶところなんて、見たくなかった。 俺じゃない誰かに、あの笑顔を向けるところなんて。 俺の知らないところで、俺の知らない幸せを見つけるところなんて。
見たくない。
そんな自分勝手な気持ちを、勇斗の幸せを願う言葉で隠していた。
最低だと思った。
好きなら、好きだと言えばいい。 そう簡単に言える人が、少しだけ羨ましかった。
俺にはできない。
俺が勇斗を好きになったことを、勇斗にまで背負わせたくなかった。
*
その夜、勇斗は一人で帰った。
いつもなら、車の中で仁人とくだらない話をしている時間だった。今日の撮影のこと。最近見た映画のこと。次の休みは何をしようか、という話。 別に、特別な会話なんてしていなかった。 それでも、仁人が隣にいるだけでよかった。
何かを話していても、黙っていても、そこに仁人がいる。それが自分にとって、どれだけ大切なことだったのか。 最近になって、嫌というほど思い知らされている。
避けられている。
そう思うたびに、理由を考えた。
何か怒らせるようなことをしただろうか。知らないうちに傷つけただろうか。それとも、単純に俺といるのが面倒になったのだろうか。
どれも違う気がした。 仁人は、俺を見るときだけ、何かを隠すようになった。
目が合えば、以前より早く逸らす。 隣に座れば、少しだけ距離を取る。 一緒に帰ろうと言えば、断る。 そのくせ、時々、どうしようもなく寂しそうな顔をする。
あの顔を見るたび、胸が痛んだ。
理由を聞きたい。 何を考えているのか知りたい。 でも、もし聞いたことで、今よりもっと遠くなってしまったら。
そう思うと、何も言えなかった。
俺だって、失うのが怖かった。
仁人と過ごした時間を。 五人で築いてきたものを。 それから、誰にも言えない、自分の気持ちを。
ずっと前から、仁人が好きだった。
いつからかなんて、もう覚えていない。 気づけば、何かあれば最初に仁人に話していたし、面白いものを見つければ、仁人にも見せたいと思っていた。嬉しいことがあれば隣で笑ってほしくて、つらいことがあれば、何も聞かずにそばにいてほしかった。
それを友情と呼ぶことに、疑問を持ったことはなかった。
大切なメンバーで、親友で、何年も一緒に過ごしてきた相手。 好きだと認めてしまえば、今までの全部に別の意味が生まれてしまいそうで、ずっと名前をつけずにいた。
けれど、仁人が離れていく今になって、ようやく分かった。
俺は、仁人の隣を誰にも譲りたくなかった。 友達だから、なんて言い訳では足りないくらいに。
それでも、言えなかった。 言ってしまえば、仁人を困らせるかもしれない。 俺の気持ちが、仁人の大切なものを壊してしまうかもしれない。
だったら、今まで通りでいればいい。 隣にいられるだけでいい。 そう思おうとした。
けれど、今日、仁人が帰りを断ったとき 俺は初めて、このままでは嫌だと思った。
仁人が俺を好きじゃなくてもいい。
俺と同じ気持ちじゃなくてもいい。
ただ、理由も分からないまま、何も言えないまま、少しずつ遠くなっていくのだけは嫌だった。
スマホを開く。 仁人とのトーク画面には、昨日のくだらないやり取りが残っていた。
何か送ろうとして、やめる。
今、何を言えばいいのか分からなかった。
ただ、ひとつだけ、確かなことがあった。
仁人が俺から離れようとしているのなら。
俺は、まだ離れたくなかった。
それがどんな気持ちなのか、仁人に知られてしまう日が来るとしても。 せめて、その理由だけは聞きたかった。
俺たちが、ずっと五人でいられるように。
そして、できることなら。
その未来の中に、俺の隣にいる仁人を、当たり前のように残しておきたかった。
コメント
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仁人と勇斗、お互いに「相手を想うからこそ踏み出せない」って気持ちが痛いくらい伝わってきて、読んでて胸がぎゅっとなりました。特に最後の勇斗のモノローグ、「せめてその理由だけは聞きたかった」っていう切実さが刺さりますね。待ってるだけじゃ変わらないって分かってても動けない感じ、すごくリアルでした。来週が気になります。