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籠の鳥の生活は、恐ろしいほどに甘やかで、そして吐き気がするほど空虚だった。
目覚めてから一週間。
私の世界は、ジェルという名の男によって、指先の角度一つまで隅々まで管理されていた。
朝、シーツの擦れる音さえ許さないような静寂の中で目覚めると
必ず彼がそこにいる。彼は私の意思を問う前に、その日のドレスをクローゼットから選び出す。
「真珠のように白い君の肌に、今朝の柔らかな光が映えるのはこれだ」
そう言って、夜の闇をそのまま切り取ったような、深い紺青のシルクドレスを私の体にあてがう。
私の意思など介在しない、彼が望む「王女」という名のドールを着せ替えるような無機質な作業。
食事さえも、彼は自分自身で毒見を済ませたあと
まるで聖体拝領でも執り行うかのように、銀の匙で私の口へと運んでくる。
自らの手で咀嚼することさえ奪われそうな、窒息しそうなほどの献身だった。
「シェリー、今日は王国の歴史を復習しようか。君が忘れてしまった、僕たちの輝かしい記録を」
午後のティータイム
窓から差し込む陽光は暖かく見えるのに、私の肌を温めることはない。
ジェルは音もなく私の背後に立つと、白磁のように冷たく滑らかな指先で私の髪を梳きはじめた。
そのまま、机に広げられた分厚い歴史書をめくる。
政治の力学、複雑な礼儀作法、そして連綿と続く王家の血統──
彼は教師としても非の打ち所がなかった。
淀みなく流れるその低音は、子守唄のように心地よい旋律となって耳に届く。
しかし、その言葉の数々は、私の心という器に溜まることなく虚空へ消えていった。
彼が語る「私」のエピソードは、あまりに完璧で、美しすぎて、かえって現実味を欠いていた。
まるで、存在しない架空の聖女の伝記を聞かされているような、奇妙な疎外感だけが胸を支配する。
「……ねえ、ジェル。私たちが初めて会った時のことを教えて?」
ふと思いついて、彼の言葉を遮るように尋ねてみた。
ジェルの指先が、ぴたりと止まる。
背後にいる彼の表情は見えないが、周囲の空気が一瞬で氷点下まで下がったような錯覚を覚えた。
けれど、それもほんの瞬きの間。
彼はすぐに、彫刻のように美しく完成された微笑みを浮かべて私の隣に顔を寄せた。
「ああ、忘れもしない。初夏のバラ園だった。君は光を吸い込むような白いドレスを揺らして、迷い込んだ小さな蝶を無邪気に追いかけていたんだ」
「偶然僕と目が合った瞬間、君はひどく赤くなって、手に持っていた扇を落とした。……あの時の君の表情は、世界中のどんな宝物よりも可愛らしかったよ、シェリー」
流れるような説明。
一字一句の淀みもない、立て板に水のような語り口。
けれど、そのロマンチックな物語を聞いても私の心臓は一度たりとも跳ねなかった。
思い出そうとすればするほど、視界にノイズが走るような違和感が強くなる。
(この人は、誰のことを話しているの……?)