TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

シェアするシェアする
報告する

「簡単?」

田島が聞き返すと、まどかは笑った。

「そう、簡単!」

その笑顔は、どこか懐かしくて、どこか儚かった。

「カメラ回して」

「そうか!」

田島は気づいた。まどかが何をしようとしているか。慌ててカメラを回す。

まどかは神妙な表情で語り始めた。

「私の名前は橋本奈央……UNDONEのメンバー……今、撮影の合間に緊急でカメラを回してる」

田島はうまい入りだ、と感心する。これならゾンビでもそれほどおかしくはない。

まどかは今までのことを丁寧に話す。

もし自分が殺されたら、佐々木由香とそのファンを疑ってほしいと。

生前に撮影している前提だから、「殺したやつは……」とは言えない。

その辺りもちゃんと心得ている。少なくとも死体の身元はすぐ判明するだろう。

それに二人は容疑者として扱われるはずだ。

ただ、まどかは由香を憎んでいるわけではない。

動画の最後に、殺人に駆り立ててしまった自分を責めるような言葉が添えられていたからだ。

「SDカードに入れておいて……これを持って……土の中に戻るから」

まどかは、証拠を抱いて二度目の死を覚悟しているんだ。

「……分かった」

「そんな顔しないで」

「……いつ戻る?」

「今から」

「今……もう夕方だよ?」

「分かってる……そんなに時間がないの」

田島は冷蔵庫から食材を詰め、キャンプ道具を確認する。

「最後の夜くらい、何か食べながら話したいしな」

まどかは静かに部屋の奥へと歩いていき、クローゼットを開けた。

しばらく迷うように服を見つめたあと、もともと着ていた白いワンピースを手に取る。

「やっぱり、これがいいかな」

そう呟いて、ゆっくりと着替え始めた。

田島は何も言わず、準備を続けた。

まどかが戻ってきたとき、彼女はそのワンピースを身にまとっていた。

少し汚れてはいたが、彼女らしい静かな美しさがあった。

「最後の夜を楽しみましょう!」

「……うん」

今はこれが精一杯の答えだった。

ふたりは車に乗り込み、山へ向かう。

道は妙に空いていて、まるで誰かが急かしているようだった。

山に着くと、空はすっかり暗くなっていた。

焚き火を起こし、缶詰を温めながら語り合う。

出会いのこと、ゾンビになったこと。

笑いながら、泣きながら、時間を忘れて話し続けた。

「……そろそろ、行こうか」

まどかが言う。

田島は頷き、スコップを手にあの場所へ向かう。

テントからそう遠くはない。ほんの数十歩の距離。

それなのに、田島の足は何度も止まった。

一歩進むたびに、胸の奥が重くなる。

そこに着いてしまえば、すべてが終わってしまう気がした。

田島が立ち止まるたび、まどかがそっと彼の腕をつかんだ。

腐敗した指先は冷たく、しかし確かな意志を宿していた。

「こうちゃん、行こう」

その声は震えていない。

田島が一歩踏み出そうとしたその瞬間──

まどかが急に田島に抱きついた。

腐敗した腕が、ぎこちなくも力強く田島の背中を包む。

これが映画なら、今まさにゾンビに食われようとしている瞬間だ。

悲鳴を上げる田島、スローモーションで振り返るカメラ、B級ホラーの効果音。

でも現実は、ただ静かに、まどかが田島を抱きしめているだけだった。

田島が驚いて身を引こうとしたとき、まどかがそっと彼の手を取った。

その手のひらに、小さな封筒を押し込む。

「事件が解決したら読んで」

まどかの声は、感情を抑えたように静かだった。

まるで、これがただの手続きであるかのように。

田島は何も言えなかった。

ただ、まどかの手のぬくもりが、いつまでも残っていた。

「ここだよね?」

「そうだよ」

まどかが埋められていた場所だ。

「悪いけど掘り返してくれる?」

「なぁ……生きるという選択肢はないの?」

「それは無理……このままじゃ、こうちゃんを食べちゃうよ?」

そんな気がさらさらないことは分かっている。

でも、そうでも言ってくれないと、押し寄せてくる涙を止められない。

それほど深くない穴を掘り、最後にもう一度確認する。

「いいんだね?」

「……」

声に出さずに小さくうなづく。

まどかは黙ったまま、穴の中に寝転ぶ。

「いいよ、土、掛けて」

「分かった」

田島は淡々と土を掛ける。

「この1回で最後になるな」

土の中から顔だけがちょこんと覗いている。

「手紙……約束守ってね。でなきゃ、出てきてこうちゃんを食べちゃうからね!」

「そうなの!」

声が弾む。

でも、すぐに静けさが戻ってくる。

まどかは、土の中から田島を見上げていた。

その目は、どこか遠くを見ているようで、でも確かに田島を捉えていた。

「……今までありがとう」

その言葉に、田島は思わずしゃがみ込む。

まどかの顔に手を伸ばしかけて、そっと引っ込める。

触れてしまったら、もう離れられない気がした。

「……うん」

田島は小さく頷き、震える手でまどかの顔に土を掛けた。

最後の一掬いは、手でそっとすくった。

その土は、田島の涙で湿っていた。

1週間後、死体が発見され、事件として発展した。

もちろん、田島が偶然見つけたことになっていた。

由香とファンの男は、身元が分かるようなものは処分して埋めたはずなのに……と困惑していた。

当初、黙秘を続けていた由香だったが、まどかの映像を見せられ、素直に罪を認めた。

後で聞いた話によると、ファンの男は田島のキャンプチャンネルの登録者で、田島の動画を見て、死体を遺棄する場所を決めたらしい。

田島は複雑な心境になる。

自分の動画が“参考資料”になったことに、嫌悪と皮肉が入り混じる。

だが、そうではなかったら、まどかに出会うこともなかったはずだ。

「落ち着いたら再開するか……」

そう呟いた。

犯人は捕まったけど、手紙はまだ封を切っていない。

読むなら“あの場所”だと決めているからだ。

その夜、田島はベランダに出て、缶ビールを開けた。

街の灯りが遠くに滲んでいる。

風が吹くたびに、まどかの声が耳に蘇る。

「最後の夜を楽しみましょう!」

あの言葉が、今も胸に残っている。

焚き火の炎、缶詰の匂い、彼女の笑顔。

全部、あの夜に置いてきた。

ちょっとだけ生きてみたゾンビと別れるまで

作品ページ作品ページ
次の話を読む

この作品はいかがでしたか?

31

コメント

0

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚