コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「もう一度だけ、問うてやろうかのぅ。処罰、されたいと申すのかぇ?」
「ハイモと申しますぅ! 御従者さまぁっ!」
「貴殿は?」
「き、きでん?」
「名、は?」
「えみゃ!」
そう。
貴殿の意味がわからなかったんだね?
しかも彩絲の声が怖くて緊張したから、正しい発音にならなかったんだね?
まだ二人とも気がつけてないけれど。
二人がしてるのは挨拶じゃなくて、自己紹介だから。
順番、違っているからね?
それも不敬だなんて、わかっているのかな。
いなさそうだなぁ……。
既に疲れそうになった。
しかし彩絲たちは威圧を解かないし、オットマーは悟りの表情で沈黙を守っている。
「はぁ……挨拶も満足にできぬ者を、これ以上我が主の目に入れるのも……」
「我が輩は、マルクと申します。最愛の御方様にお目通り叶いましたこと、まっこと! こうえいにございますっ!」
「私はヘルマと申しますわ。最愛の御方様は女性の接客をお望みとのこと……どうぞ、私、ヘルマを御指名くださいませ」
「いやー! フュルヒテゴット様に続き、高貴な御方の来店、大変光栄にございます。我が名はヴィム。最愛様にも是非、ヴィム特選性描写のぎりぎりを責める作品を、読んでいただきとうございますね!」
はい、アウトー!
どこかで聞いた言い回しが頭の中に浮かぶ。
微笑を保つのも難しいレベルの挨拶だった。
全員突っ込みどころが満載だ。
どうにか調教できそうなのは、脳筋の香りが強いマルクぐらいだろうか。
「貴様ら、何を売り込んでんだ! 順番は守れよ! えーっと? フェリシアちゃんには、その物騒なものを引っ込めていただきたいんですが、あと、御方には相談に乗ってほしい……」
「一度ならず、二度も! 何が、御方だ! 相談に乗ってほしいだ! 最愛様と呼ばぬか!
また、挨拶以外を許した覚えはないのだぞ!」
我が輩は……挨拶しかしておらぬぞ?
指名を望むくらいは……大丈夫よね?
本をオススメするのは……店員の鏡だよなぁ?
フェリシアの言葉に、三人がひそひそと囁いている。
えみゃ……エマ? は、挨拶を許すって?
挨拶って、許されて、するものなの?
とこれまた非常識な独り言を呟いている。
「フェリシアちゃん! 酷いよぉ、俺の髪! 自慢の髪! こんなに切っちゃうなんてさぁ! もう、責任取ってデートしてもらうしかないよねぇ? あ、え、んーと? フェリシアちゃんの責任を最愛様が取っても……」
ぞん! と今度は音を立ててハルバードが突き出される。
頭の天辺の髪が消えた。
トンスラを思い出して、吹き出しそうになるのを必死に堪える。
オットマーは唇をひくりとさせ、他の店員は笑い転げた。
彩絲たちの目は限界まで据わっていた。
「ハイモによる、度重なる主への不敬を許すほど、妾は寛容な守護獣ではないのじゃ……騎士団で預かりのち、断罪じゃな。よいのぅ、オットマーよ」
「はい。皆様方には大変申し訳なく……」
「はぁ? 兄貴、貴様、何を言っているんだ?」
ハイモの体が崩れ落ちる。
みるみるうちに全身が、真っ白い蜘蛛糸でぐるぐる巻きにされた。
これでは意識が戻っても、逃げることは叶わないだろう。
「貴殿らも、こうなりたくなくば、正しい店員の在り方で、主に接するのじゃぞ?」
「お、恐れながら守護獣殿!」
「なんじゃ?」
「我が輩は、高貴な御方への接客を許された身ではございません。此度は特別に挨拶をお許しいただいた次第でございます。我が輩では認識できぬ無礼を働いてしまう可能性が高いがゆえ、この場を辞します許可をいただきたく、お願い申し上げます!」
あら?
意外に真っ当なのかしら。
駄目な脳筋認定してごめんなさい。
これは俗にいう、愛でるべき脳筋な気がしてきました。
「ふむ。本能で強者を理解する、か。悪くないのぅ。オットマーよ。こやつは再教育の余地あり、じゃ」
「仰せのままに」
「下がるがよい、マルクよ」
「はっ! 身に余る栄誉を賜りましたこと、終生忘れませぬ。また、最愛の御方様、その従者の皆様に意図せぬとはいえ、御無礼を働きましたこと、深くお詫び申し上げます!」
頭が床につきそうな程深く下げられる。
ここにきて、珍しい展開だった。
彩絲が再教育を許したのなら、彼は今後もこの店の戦力になり得るだろう。
オットマーも同じような感想を抱いたのか、驚きつつも嬉しそうな表情で小さく頷いている。
「……オットマー殿の指導の下に、励んでください」
「おぉ……お言葉、胸に!」
感極まったマルクは涙を浮かべながら下がっていった。
残された店員は気まずそうにしながらも、次の言葉を紡げないでいる。
「さぁ、他の者はどうするのじゃ? 挨拶は、終わったのぅ」
「あ、あのぅ……ハイモを許してあげて!」
「は、発言の許可をいただけますでしょうか!」
「最愛様を御案内したいのですが……」
エマ、ヘルマ、ヴィムがほぼ同時に口を開いた。
「発言を許可しよう」
彩絲はヘルマの言葉にのみ反応する。
「……私は最愛様方の接客員に選ばれたのだと思っていたのですが、間違っていたのでしょうか?」
「違うのぅ」
「そ、それでは、どういった理由で呼ばれましたのでしょうか?」
「健全な店の運営に妨げとなる人物を見極めるために、呼んだのじゃが」
「はぁ?」
反応したのはヘルマではなく、ヴィム。
何言ってんだこいつ! と副音声が聞こえてきそうな、彩絲の言葉へのよろしくない態度。
ヴィムの腕に嵌まっていた、接客するのに不要だろう豪奢すぎる腕輪が、かしゃーんと音を立てて床に落ちる。
ネイが腕輪の留め具を破壊したようだ。
「おまっ! この腕輪がいくらすると思って!」
「不敬を咎めた我が身内に暴力を振るおうとするなど……貴様も、転がるがいい!」
フェリシアのハルバードで足元を乱されたヴィムも床に転がる。
蜘蛛糸で口元まで巻き上げられた。
呼吸はできるようで、鼻息がうるさい。
結局、ネイが意識を狩ったので静かになった。
「な、なんで、こんな酷いこと、するんですか? 不敬って! そんなに、あなたたちは、えらいんですか!」
「偉いのぅ。最愛の称号を持つ御方様は、王族以上の存在じゃが」
「……へ?」
「この世界におって、そんな常識も知らぬとは、今までどんな生活をしてきたのじゃ? 貴殿」
「だから、きでん、って!」
「質問で返すでない! どんな生活をしていたのじゃ? と、聞いておる!」
「あ、あ、てんちょうぅ。たすけて、くださぁい」
オットマーはエマを完全に無視した。
「ヘ、ヘルマさぁん!」
「私を巻き込まないで! 質問に、さっさと答えればいいのよっ!」
「でもっ! でもっ!」
「もしっ! 私がイージドール様の御無体に屈したこと、お許しいただけるのであれば、以降はハイモに従わず、オットマーさんに従いますので、どうぞ、解雇は御勘弁いただきたくお願いいたします!」
ヘルマはエマを振り切って、オットマーに頭を下げる。
突っ込みどころ満載の謝罪だが、頭を下げられるだけマシだと思ってしまうのは、転がっている者たちがあんまりにも残念だったせいだ。
「……私より先に、謝罪すべき方がおられるでしょう?」
「はいっ! 最愛の御方様には、図々しくも自ら接客を名乗り出ましたこと、深くお詫び申し上げます。また従者の皆様には、最愛様に不敬を働きました旨、お許しいただきたくお願い申し上げます」
再教育も難しそうな謝罪もどきに、私は目を伏せる。
「不敬は許せぬなぁ。が、罰はオットマーにまかせるとしようかのぅ」
私に甘い彩絲は、私に対して的確な謝罪があった点を評価したようだ。
「……従者の皆様への謝罪がなかった点を考慮した上で、罰を与えましょう。下がりなさい、ヘルマ」
唇を噛み締めて、納得がいかないという表情を浮かべつつも、私たちへのみ頭を下げたヘルマが部屋を退出していく。
「さて、貴殿……はぁ、失神したふりとはのぅ……」
ヘルマが部屋を退出するのと同時に、エマの体が崩れ落ちる。
一人残される恐怖に耐えられず失神したのかと思ったら、そうではないらしい。
呆れた彩絲が糸で巻き上げれば、一瞬だけ悲鳴が上がった。
目を見開いてぶるぶると震えているが、うるさくはなかったので、フェリシアもネイもエマの意識を奪おうとはしなかった。
だからエマは聞いてしまっただろう。
「謝罪ができぬ者には、釈明の場など与える余地もありませんね」
そして、見てしまっただろう。
己を冷ややかな眼差しで睥睨する、オットマーの姿を。
「ヤスミーン! これらを仕置き部屋へ!」
「はい、店長。直ちに手配いたします」
ヤスミーンと呼ばれた今後副店長として働くであろう女性が、ベルを鳴らす。
失礼いたします! と洗練された動作で部屋へ入ってきた男性たちは、深々と私たちへ頭を下げたあとで、蜘蛛糸に巻かれた屑たちを抱えて部屋を出て行った。
くぐもった悲鳴を上げるエマの瞳からぼろぼろと涙が零れたが、誰一人として表情を変えないのが、なかなかに印象的だ。
「誠にありがとうございました! これで当店に巣くっていた汚物を駆除できます!」
汚物に、駆除。
真っ当な神経の持ち主にここまで言わせるのだ。
店長が手を汚すまでもなく、騎士団預かりでいいのかもしれない。
「それは良かったわ」
「うむ。まぁ、一人は再教育でどうにかなりそうで幸いじゃったのう」
「はい。彼の反応は自分も意外でした。嬉しい誤算です」
「ヘルマへの罰は、どう、お考えなのでしょうか?」
「……一年間在庫管理を。ただひたすら管理のみを」
「なるほど……店長殿は、再教育の価値がないと判断されたのですな?」
接客ばかりに拘っていたヘルマが、在庫の管理だけを一年間続けられるはずもない。
音を上げれば普通に退職。
文句を言った日には騎士団へ丸投げするのだろう。
納得のいく対処だ。
「イージードール家に対しては、こちらで手配するからのぅ。何か捻じ込まれそうになったら、最愛様のお言葉に従っておりますので……で通して構わぬ……よな? 主よ」
「ええ、それでいいわ。暴挙に出られても困るので、糸に巻かれた者たちを騎士団へ預ける際に、イージードール家の話もして見回りの強化をお願いしておいた方がいいと思うの」
「騎士団の方には以前より、心配りをいただいておりますが……最愛様の御名をお出ししてもよろしいでしょうか?」
「勿論。むしろ貴族絡みならば私の名前は必要でしょう?」
「ありがとう存じます。最愛様のお慈悲には、ただただ感謝に頭を垂れるのみでございます」
立ち上がったオットマーが深々と頭を下げるのを、掌でいなす。
私も血縁を切り捨てたオットマーがすがすがしい顔をするのに、心が和まされるのだ。 自分も何時か、同じ表情ができるかもしれない、と希望も抱ける。
「さて! それでは、当店お勧めの本を御用意したいと存じます。お求めのタイトルはございましょうか? もしくは読んでみたいジャンル等はございますか?」
「『勇者はアルビノアラクネの、心を狩った』を所望する!」
「おぉ。これはまた隠れた名作を……こちらの作品は女性にも人気が高いのです」
「恋愛要素が強いからのぅ……まぁ、それ以上に冒険要素が多いから少年向けなのじゃろうが」
「ええ、その通りでございます。他の皆様は如何でございましょう?」
「『男装令嬢の上手な馴らし方』を、読んでみたいです!」
ネイが挙手をしながらタイトルを上げる。
「ほほぅ。同族の方がそのぅ……いい感じに転がされるお話ですが、大丈夫でしょうか」
「転がされないために、読みたい!」
大きく頷くネイに、オットマーもまた、大きく頷いた。
「少年向けの作品からでも、そういった知識は十分に得られます。転がされ系はまだございますが、そちらもお持ちいたしましょうか? それともリス族の男児が大活躍する冒険作品や成り上がり作品もございますが」
「……転がされ系はリス族が絡むなら全部。冒険物と成り上がり物は一冊ずつお願いしたい」
「承りました」
転がされ系!
成り上がり系は知っていたけど、転がされ系は初めて知った。
そういえば、男女どちらが主人公でも時折見かけた気がする……。
本のジャンルわけは、あちらと同じ系統でレベルのようだ。
本好きとしては嬉しい限りだった。
「手前は……なかなかないとは思うが、天使族の忌み子が活躍する話があれば……」
「男児ともあれば『漆黒』には一度ならずとも、憧れるものです。当方も切実に憧れた時期がありましたので、とても充実しております。よろしければお勧め十冊を手配できますが……」
「そ! そんなにあるのか……何とも面映ゆい……」
「きっと皆も読みたいと思うから、是非十冊買い上げるといいわ」
「御主人様!」
この世界、漆黒は禁忌ではない。
天使族が頑なに漆黒を否定しているだけなのだ。
店に入ってから見かけた、陳列されている表紙に描かれている、主人公らしき男の子の色は、金色よりも真紅や漆黒が多かったように思う。
俗に分類されている強い色が好きなのだろう。