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■第11話「読まれなかった終章」
「終わらせられないんだ。どうしても、最後の一文が書けない」
レンは原稿ファイルを閉じたまま、ひとりの部屋で天井を見つめていた。
中断されたままの物語が、ノートの中にも、頭の中にも、彼の生活にも散らかっていた。
気がつくと、ペンを持つ手が冷たい。
ふと瞬きをした瞬間、そこはもう自室ではなかった。
目の前には、無数の階段と机が浮かぶ空間。
一つ一つの机には、書きかけの原稿が置かれている。
どれも終わりが抜け落ちていた。
ページをめくる風もないのに、紙が一枚ずつ静かに浮き上がっては、また沈んでいく。
夢のようで、夢とするには生々しい“筆の重み”が残っていた。
レンは三十代の男性。くすんだカーキのコートを羽織り、ストールを無造作に巻いている。
髪は肩まで伸びた黒。髭は剃らず、頬には青みが残る。細い縁の丸メガネをかけており、鋭さよりも疲れがにじむ目元。
喫茶店で話しかけづらい雰囲気を持ちながら、本に手を伸ばす姿には不思議と“待ち続けている人”のような印象があった。
「あなたが終わらせなかった物語。それもまた、誰かに届かぬまま、残されています」
声の主は、またしてもブックレイだった。
今回は、破れた原稿用紙を綴じたような外套をまとい、背には“読まれなかった言葉”の影が浮かんでいる。
彼の目の奥には、終章のない物語が静かに流れていた。
「あなたに足りないのは、“読まれたくない終わり”です」
ブックレイが渡したのは、何も書かれていない終章をもつ物語。
『この物語は、最後の一文を読者が選びます。どの終わりにも、始まりの気配が混じっています。』
「あなたは、この物語の登場人物のひとりとなり、“誰かが望まなかった結末”と向き合います。
その結末を、あなたは書き直すのか──それとも、受け入れるのか」
レンは無言で頷き、指をのばした。
本を開いた瞬間、頭上に光がさし、文字の粒が舞い上がった。
終わらなかった物語が、終わりを選ばれるときを待っていた。