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大理石の床に、ギルド長・バルトスの傲慢な声が響き渡った。
周囲には、かつて俺が背中を預けた仲間たちが並んでいる。
だが、彼らの瞳にあるのは感謝ではなく、軽蔑とあざ笑いだった。
「……本気か? バルトス。俺がいなくなれば、この拠点(ギルドホーム)の維持はどうする」
「はっ! 脅しのつもりか? お前が毎日ちまちま魔方陣をなぞっている内職など、新入りの魔導師でも代わりが務まる。貴様の給料分を、前衛の特級ポーション代に回したほうがよほど『効率的』なんだよ」
バルトスが指を鳴らすと、取り巻きの女魔導師がクスクスと笑う。
「そうですよ、ゼノンさん。あなたの付与魔法、地味すぎて効いてるのか判らないんですもの。もっと派手な爆発魔法や、聖騎士様の剣を光らせる魔法が欲しいの」
……なるほどな。
俺がこの十年間、彼らの防具に『致死ダメージ無効』を重ねがけし
拠点の食料を『永久腐敗防止』で守り、下水に至るまで『自動浄化付与』を施していた恩恵を
彼らは「天然の環境」だとでも思っているらしい。
「わかった。そこまで言うなら今日限りで身を引こう。……だが、後悔するなよ?」
俺は腰に下げていたギルド証を、無造作に床へ投げ捨てた。
その瞬間、俺が十年間維持し続けていた『全付与魔法』を、遠隔ですべて強制解除(リリース)した。
「おい、急に部屋が暗くなったぞ!?」
「空気が……なんだか臭わないか?」
「お、俺の愛剣が! 輝きが消えてただの鉄屑みたいに重く……!」
騒ぎ始める無能どもを背に、俺は一度も振り返らずにギルドの門をくぐった。
自由だ。
これからは、誰かのためのメンテナンス人生じゃない。
俺の好きにさせてもらう。
◆◇◆◇
数日後
俺はあてもなく辺境の港町へと辿り着いた。
潮の香りと活気に紛れて、裏通りの奴隷市から異様な冷気が漂ってくる。
「……っ、近寄るな! 死にたいのか!」
野次馬の隙間から見えたのは、鉄格子の檻の中にうずくまる、一人の少女だった。
ボロボロの布を纏い、震えている。
その胸元には、禍々しくも美しい「青い薔薇」の紋章───呪印が刻まれていた。
彼女の感情が昂るたび、檻の周囲には鋭い氷の棘が突き出し、商人の男たちが悲鳴を上げて逃げ惑っている。
「化け物が! 誰がそんな呪われ子を買うか!」
石を投げようとした男の腕を、俺は無造作に掴んでひねり上げた。
「……あがっ!? な、何をする! 貴様、こいつが怖くないのか! 触れただけで凍死するんだぞ!」
「怖い? 何がだ。……ただの、制御しきれていない極上の魔法使いじゃないか」
俺は男をゴミのように放り出し、そのまま檻の前に立った。
少女は怯えた瞳で俺を見上げている。
その瞳は、深海のように澄んだ青色をしていた。
俺に向かって、本能的な防衛反応として無数の氷の刃が放たれる。
だが、俺が指先一つ鳴らすだけで、その冷気は春の霧のように霧散した。
「おい」
鉄格子の鍵を魔力で焼き切り、俺は中へと踏み込む。
少女は逃げようとしたが、背後の壁に追い詰められ、肩を震わせた。
俺は、無造作にその小さな頭へ手を置いた。
「……っ」
少女が短く息を呑む。
普通なら、俺の手は今頃氷像になっていただろう。
だが、俺は自分の圧倒的な魔力を彼女の呪印へと逆流させ、荒れ狂う冷気を力技で優しく、けれど完璧に調伏した。
「……あ、つい。急に触って悪かったな」
咄嗟に手を離し、謝ると
俺を見上げる彼女の瞳が、驚きと戸惑い、そして救いを求めるような色に染まっていく。
「呪いじゃない。これは、お前の才能だ。ただ、扱い方を知らないだけだな」
俺はもう一度、彼女の頭をゆっくりと撫でる。
警戒心を解くためだ。
柔らかい髪の感触。
少しずつ、彼女の強張っていた体が解けていくのがわかった。
「俺は隠居の身でな。……お前も居場所がないなら、俺と一緒に来るか?」
少女は、赤らめた頬を隠すように俯き、俺の服の裾をぎゅっと掴んだ。
その細い指先は、もう震えていなかった。
「……よし、決まりだ。お前の名前は?」
彼女は首を振る。名前すらないのか。
「なら、ルナだ。今日からお前は、俺の『影』になれ。お前を虐げるすべての敵から、俺が守ってやる。その代わり───」
俺はニヤリと笑い、もう一度彼女の頭を優しく、けれど支配的に撫で回した。
「俺の仲間になってくれ」
これが、俺と彼女。
世界から捨てられた二人による、復讐と育成の日々の始まりだった。