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麗太
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「誰か止めて誰か止めて誰か止めて」
止まらない。
私は奈落の急斜面を、もはや制御不能なスピードで転がっていました。
ゴン! ガガン! ドゴッ!!
「……痛い」
あちこちの岩にぶつかるし、ていうか速いし怖い。
しかも斜面を転がるたびに、私の装備がどんどん壊れていきました。
バキッと肩当てが飛び、ガゴンと腰の装甲が外れます。
……ちょっと。下はジャージなんですけど。
このままじゃ擦れて穴が空いてしまう。
ガシャガシャと派手な音を立てて、私の装備が砕け散っていきます。
「あぁ、支給品の鎧が」
異世界転移の初日に貰った、初心者勇者応援スターターセットの鎧が。
タダでもらったやつだけど、地味に愛着あったのに。
そして次の瞬間。
「……うわ、なんかある」
暗闇の奥に、黒い影が見えました。
避けたいけど、止まらない。
「待って。無理」
そのまま私は──
ズガァァァンッ!!
「……ぐぇ」
──ものすごい勢いで、黒い影に正面衝突しました。
肺の空気が全部吹き飛びました。
……あ、これ死ぬ。
さらに勢いが殺しきれずに転がります。
ゴロゴロゴロゴロッ!!
「……いぃい」
ガンッ!!
壁にぶつかり、ようやく停止。
私は地面にべしゃっと倒れ込みました。
「はっ……はっ……」
「痛い。気持ち悪い。世界が回ってる……」
「死ぬかと思った……」
しばらくその場でピクピクしてから、ゆっくり起き上がりました。
「……いたた」
頭を押さえながら、ふと自分の体に視線を落とします。
「…………」
なんか、身体が黒い。
「…………え」
胸元が、黒い。
肩が、黒い。
脇腹が、黒い。
見覚えのない重厚な黒い装甲が、私の上半身をガッチリ覆っていました。
「……あれ」
一瞬、思考が止まります。
「……なんで私、黒い鎧着てるの」
さっきまで初心者勇者スターターセットだったのに。
いつの間に着替えたんだろう。
ぶつかって転がったせいで、全然記憶にありません。
慌てて胸元を叩いてみると、カンカンと硬い音が鳴りました。
黒い鎧がピッタリと体に密着しています。
「え、ちょっと待って。なにこれ怖い」
急いで脱ごうと肩のパーツを引っ張りました。
「……んぎぎぎ」
力んでもビクともしません。
「……え。なにこれ」
『…………』
「ひっ」
突然、低い女の人の声が響きました。
静かで、妙に落ち着いた声です。
『……適合確認。骨格一致率、九八・七%』
「なんの数字かわからないけど、高い」
『認証コード……一致』
「なにそれ怖い」
ガコン、と突然鎧が勝手に動きました。
胸元の装甲が、私の呼吸に合わせて微妙に変形します。
──まるで、私という存在を、抱きしめて確かめるように。
『……解析完了。第二位個体イオナ、起動』
「イオナ。誰?」
『……装着成功理由を確認。…………』
なぜか、イオナの声が不自然に止まりました。
「どうしたの?」
『や……っと……会え……嬉し──』
無機質だったはずの機械音声が。
この時だけ、まるで息を呑むように、微かに震えました。
『第七位個体。……カエデ』
「……え」
空気が止まりました。
「なんで私の名前を知ってるの」
『……妹、だから』
「は?」
『千年の間、私がこの暗闇で待ち続けた……大切な妹だから』
「待って、情報が多い。姉妹って誰が」
『私と、あなた』
「いや知らない。全然知らない」
『……装着者体型を調整。ふむ。不摂生。』
「なに勝手に話進めてるの。今ちょっと感動的だったじゃない」
『効率的な戦闘体型へ補正』
ギュウウウウウッ!!
「ぐぇ」
突然、鎧が勝手に収縮しました。
ウエストがコルセットみたいにギュウギュウに締め付けられ、どんどん細くされていきます。
「待って。返して、私のお腹」
完全に胃が圧迫されています。
これじゃ、おむすび2個しか入りません。
さらに──
ガシャコンッ!
背中の装甲が変形し、私の背筋が強制的にピーンと伸ばされました。
「痛い痛い」
『猫背は禁止。腰痛の原因になる』
「……禁止とかあるんだ。なにこれ生活指導」
私の姿勢は今、宝塚の男役みたいに完璧なシルエットになっています。
「……これ、脱げないの?」
私はパニックになりかけるのを必死に抑え、首元から鎧を引っ張りました。
するとガコンと音がして、肩の装甲がさらに分厚くなります。
『抵抗を確認。拘束強度を上昇』
「……なんで」
ギュウウウウ!
「……ぐえ」
『呼吸が浅い。腹式呼吸を推奨』
「……お腹が潰れてるからできないんだけど」
『気が緩んでいます』
「……ブラック企業の研修みたい」
地獄です。
こんなの着てたら、おむすび問題どころか死活問題です。
「おむすび食べられないじゃん」
『……炭水化物に偏っている。栄養バランスを改善。』
「……なんで異世界で栄養指導されてるの」
涙が出てきました。誰なのこの小姑みたいな鎧。
『……再度、理解不能』
イオナが、突然ボソッと呟きました。
「……今度はなに」
『先ほど、最下層にて魔神王の封印が破壊され、奴が復活した』
「へえー。じゃあ誰か強い人呼ばないと」
『原因は、あなたが適当に投げた石です』
「……へ?」
私は全力で目を逸らしました。
知らない。
私そんなヤバいもの割ってない。
弁償できないし。
『通常、石の投擲で魔神王の封印は破壊できない。確率計算が成立しない。完全なバグ』
「ほら、じゃあ私じゃないじゃん」
『いえ、状況証拠から見て100%カエデ』
「ぇ……弁償なのかな? あやまりにいきたい……」
『……しかし、あの時の投擲フォームは理想的だった』
「そこ、褒めるとこなの?」
怖い。
脱げないし。胃が苦しいし。勝手に喋るし。
なにより、事実で殴ってくるから痛い。
「もう、帰りたい……」
私が弱音を吐いてその場にしゃがみ込もうとした、その時でした。
『……待ちなさい』
「え」
『……千年、だ』
無機質だったはずの声が、微かに震えていました。
『いつか、あなたがここへ落ちてくるかもしれない。その時のために、ただ己の機能を保ち……ずっと、ずっと待っていた』
「…………」
千、年──想像もつかないくらい、途方もない時間。
この人は──こんな場所で、ずっと一人で……。
『……カエデ』
──ギュッ、と。
さっきまでの、胃を圧迫するような苦しい締め付けじゃなくて。
まるで背中から、そっと抱きしめられるような。
そんな優しい力で、黒い装甲が私の体を包み込みました。
『……やっと、会えた』
それはただの機械音声ではなく、確かに感情の乗った『お姉ちゃん』の声でした。
冷たいはずの金属の鎧が、なぜか、とても温かく感じました。
「…………」
怖いとか、苦しいとか、そういうのが全部吹き飛んで。
私はただ、背中の温もりをじっと感じていました。
きゅるるるるる……。
あ。お腹鳴った。
……最悪だ。
感動的な空気を、私の空気が読めない胃袋がぶち壊しました。
「あ、ごめん……なんか、せっかくの空気を……」
『……妹の、心臓が動いている。お腹を、空かせている』
イオナの声が、ふっと柔らかくなりました。
『千年の静寂の中で……あなたの命の音が聞こえる。……それだけで、私は』
少しだけ、泣きそうな声でした。
『……妹が健康であることは、何よりも重要です』
ウィィィン、とイオナの胸元の装甲が開き、ポンッと小さな四角いブロックが出てきました。
『完全栄養食。千年間、保存状態を維持していた。……あなたたちに渡すため』
「……ありがとう。いただくね」
千年間、私のために。
……あれ?……あなた“たち”?
その重みに、私はなんだか胸がいっぱいになりながら、ブロックを口に放り込み、ゆっくりと噛み砕きました。
「…………」
モサァ……。
「……まずっ」
味が。味が完全にダンボール。
せっかくエモい気分で食べたのに、舌の上の現実が厳しすぎる。
……でも。
千年の間、この暗闇で私を待ってくれていた「お姉ちゃん?」の不器用な優しさを思うと。
……不味い。
でも、吐き出せなかった。
「ありがとう。お姉……ちゃん。
……ほんと、不味い」
『……たくさん食べなさい』
イオナの声は、すでにいつもの冷徹な機械音声に戻っていました。
『しかし現在、摂取カロリーが不足』
「……うん」
『二個目を射出する。よく噛んで飲み込みなさい』
「いや、いらない」
……奈落の底で出会った新しい相棒(姉)は。
私の食生活における、最大の天敵でした。
でも。
胃の苦しさよりも。口の中のダンボール味よりも。
背中の温かさの方が、今は少しだけ勝っていました。
(つづく)