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麗太
「……なんで私、こんな歩き方してるの」
暗い奈落の底を、私は猛スピードで進んでいました。
ただし、私の意志ではありません。
『……歩き方がなっていません。骨盤を立てて、もっと肩甲骨を寄せなさい』
「誰もいない暗闇で、なんでパリコレのモデルみたいな大股で歩かされてるの?恥ずかしい……」
私が少しでも猫背になろうとすると、イオナ(鎧の姉)がガシャコンッ!と強制的に背筋を伸ばしてきます。
おかげで、黒い装甲に身を包んだ私が、完璧な姿勢でランウェイを歩くように爆走しているという、めちゃくちゃシュールな状態になっていました。
『……カエデ。前方、八百メートルに敵影。モンスターです』
突然、イオナの声が一段低くなりました。
言われて目を凝らしてみましたが、はるか遠くの暗闇なんて、当然ですが一ミリも見えません。
『あれに見つかったら死にます。逃げなさい、カエデ』
「走るの、疲れるし」
『なにを言っているんです。死にますよ』
「大丈夫だよ。ウィルソンを投げるから」
私はジャージのポケットから、ウィルソン(石)を一つ取り出しました。
『……は?』
イオナから、完全に素っ頓狂な声が漏れました。
『投げる? その石をですか? 目視すら不可能な八百メートル先の標的に? ……カエデ、人間の筋力と視力では命中確率ゼロ──』
「いくよ。ウィルソン」
私はイオナの計算を無視して、暗闇に向かって適当に振りかぶりました。
そのまま、神レベルまで育ちきった私の『投擲スキル』で、ウィルソンを全力投球します。
ビュンッ!!
手元から放たれた石は、大砲のような衝撃波を残して、暗闇の彼方へ一直線に消えていき──。
パカーーーーンッ!!
遠くで、何かが綺麗に砕け散る、小気味いい音が響きました。
ドスゥン……。
「ね、倒した」
『…………は?』
千年を生き抜いたイオナが、完全にフリーズしていました。
【経験値の算定をします】
そこへ、システムの声が響きました。
【遠距離からの卑劣な不意打ちを確認。勇者として、いえ、人として褒められた行為ではありません】
【獲得経験値:0】
「このシステム、私になにか恨みでもあるの?」
私は静かに呟きました。
せっかく倒したのに。システムの倫理観が厳しすぎる。
「グォォォォォォッ!!」
「……あっ」
さっきの狙撃の音で、暗闇の奥から別のモンスターがニ体、駆けつけてきました。
「え、近接戦闘なんか絶対無理」
私は迷わず、腰を落としました。
そして、私の持つ唯一にして最大のアルティメットスキルを発動します。
「『スピリットコール:草』」
……しかし、ここは奈落の底。
当然、草なんて一本も生えていないのでスキルは不発。
「ダメだ……草がない。終わった。」
「食べられる……せめて美味しく食べて欲し──」
そんな私の目に、岩肌にびっしりと生えた『湿った苔』が飛び込んできました。
「あ、あった」
私は無言で苔をむしり取り、自分の顔や頭、黒い鎧にベチャベチャと塗りたくりました。
『……驚きました。現地の植物を体に塗って、匂いと輪郭を誤魔化すだなんて……。極めて実践的で、合理的なカモフラージュです』
「この苔、白米に合うかな?」
『カエデは人の話を聞かないタイプ。』
イオナの評価をよそに、私は苔まみれの岩石になりきり、モンスターの死角(真後ろ)へと回り込みました。
そしてウィルソン(石)を両手で握りしめ、無表情で後頭部をフルスイングします。
「ふん」
ゴガンッ!!
「グギャッ!?」
一体のモンスターが前のめりに倒れ、光の粒子となって消えました。
『……見事な闇討ちです。一切の迷い、無駄がない。あなたは、私が千年間待ち望んだ、最高の暗殺者(アサシン)です』
「やめて。私は暗闇で苔まみれになって石で後頭部を殴るような女子じゃない」
【経験値の算定をします】
再び、無慈悲な天の声が響きました。
【背後からの極めて卑劣な闇討ちを確認。勇者の──いえ、人の風上にも置けません。控えめに言ってクズです。よって獲得経験値:0】
「またゼロ……」
私が死んだような目で呟いていると、その声で居場所を察知した残りのモンスターが、激怒して襲いかかってきました。
「グルルォォォォッ!!」
「……ごめんなさい、許して」
私は頭を抱えて、その場にうずくまりました。
巨大な爪が、私の頭上から容赦なく振り下ろされます。
終わった。潰される。
そう思って目を閉じた、その瞬間。
ガキィィィィンッ!!
「……え」
痛くない。
恐る恐る目を開けると、私を殴ったはずのモンスターの腕が、根元から粉々に砕け散っていました。
「グギャァァァァッ!?」
『……私の妹に、野蛮な真似をしないでください』
イオナの静かで、それでいて底冷えするような声が響きます。
『受けた衝撃を四倍にしてお返ししただけです。当然の報いですね』
「四倍?……殴った方が木っ端微塵になってるんだけど」
驚く私をよそに、腕を失って踠いていたモンスターの口から巨大な黒い炎を吐き出してきました。
「今度は炎。ダメだ燃える」
『……はぁ。こんな程度の炎で、私の妹を焼こうだなんて』
シュンッ!
私の黒い鎧から展開された半透明の盾が、黒い炎をあっさりと掻き消しました。熱さすら感じません。ノーダメージです。
黒い炎が掻き消えた瞬間。
ボゴッ。
「……え?」
モンスターの喉の奥から、嫌な音が響きました。
次の瞬間、モンスターの口と鼻から黒煙が噴き出し、内側から焼け崩れるように倒れました。
『……ついでに、飛んできた炎の力を熱に変換しておきました。カエデ、朗報です』
「え?なに」
『ご褒美の完全栄養食(ブロック)が、ほんの少し温かくなりました』
「味を変えて」
「そこで焼けてるモンスター食べれない?」
『……お姉ちゃん、カエデの将来が心配になってきました。』
*
「ていうか、イオナお姉ちゃん……めちゃくちゃ強くない?」
私は改めて、自分が着ている黒い鎧のヤバさに気づきました。
打撃は反射して腕を砕き、炎は吸収してディストピア飯を温める。
強すぎる。
『当然です。私はあなたのお姉ちゃんですよ。……大切な妹に、かすり傷ひとつ負わせるもんですか』
「お姉ちゃん……」
私は少しだけ、感動しそうになりました。
こんなに頼もしい鎧が相棒なら、この奈落だって安全に踏破できるかもしれません。
これで経験値さえ入れば最高なのに。
『……ただ』
「え?」
『先ほどから動きすぎです。カロリーが足りていませんね』
ガシャコンッ!!
「痛い」
『姿勢を崩さない。温かいブロックを二つ出しますから、よく噛んで食べなさい』
「いらない。口の中の水分持っていかれるから」
奈落の底で出会った新しい相棒(姉)──彼女の私を守る力は間違いなく最強でした。
でも、食生活においては最大の天敵でした。
なお、温かくなった完全栄養食は、温かいダンボールの味がしました。
(つづく)
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