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雫石しま
熱が完全に下がった朝、ようやく布団から抜け出せた。体が軽くて、鏡を見たら頰の赤みが引いて、いつもの顔に戻ってる。淡い桜色のリップを塗って、ニット帽をかぶって、長靴を履く。玄関を開けると、雪はまだ少し残ってるけど、拓也さんが朝イチで除雪車を回してくれたみたいで、道がきれいに開けてる。
「拓也さん……ありがとう」
心の中で呟いて、クリニックへ向かう。足取りが軽い。雪を踏む音がジャリジャリして、冷たい空気が頰を刺すけど、もう悪寒はない。
クリニックの玄関に着くと、待合室の灯りが温かく点いてる。患者さんたちが「里奈ちゃん、おかえり!」って笑顔で迎えてくれる。田上のおばあちゃんが飴玉を握らせて、「よかったね、元気になって」って目尻を下げてくれる。山下じいちゃんがスコップを置いて、「雪かきは俺が手伝うからな!」って笑う。
私はみんなに頭を下げて、
「みんな、ご心配おかけしました。おかげさまで、すっかり治りました!」
声が元気に返ってくる。
拓也さんが診察室から出てきて、私を見るなり目を細める。
「里奈、顔色いいな。熱は?」
「完全に平熱です!」
私は笑って、拓也さんの白衣の袖を軽く引く。
「今日はフルで働きます。ネットセラピストの予約も3件入ってるし、YouTubeの編集も溜まってるから」
拓也さんがくすっと笑って、私の額に手を当てる。
「うん、熱はない。よし、復帰許可」
「ありがとうございます、先生」
私は少し照れて、拓也さんの手を握る。患者さんたちが「ほらほら、二人ともラブラブだねえ」ってからかう声が聞こえて、頰が熱くなる。
午前中は受付とカルテ整理。
午後はネットセラピストの電話相談。声が少し掠れてたけど、今日はスムーズに話せる。相談者の「RINAさん、風邪、大丈夫ですか?RINAさんの声、癒されます」って言葉に、胸がじんわり温かくなる。
夕方、クリニックが終わって、拓也さんと一緒に家に帰る。雪の道を並んで歩いて、足跡が2つ並ぶ。
「里奈、今日は雪かきしなくていいぞ。北村のじいちゃんが全部やったから」
「え……そうなんですか?嬉しい!」
「里奈、ちょっと歩かないか?」
「……はい!」
オリオン座が煌めく冬の夜空を見上げながら、手を繋ぐ。手袋越しに伝わる体温に、微笑み合う。幸せだ。東京の空はネオンで星は見えなかった。夜空を見上げる余裕さえなかった。雪の道は凍ってて、足元が少し滑るけど、拓也さんの手がしっかり支えてくれる。手袋越しでも、拓也さんの指の形が伝わってきて、胸がきゅっと締まる。
「里奈、風邪治ってよかったな」
「はい……拓也さんが看病してくれたおかげです」
私は少し照れて、夜空を見上げる。オリオン座の三つ星が、キラキラと輝いてる。冬の空は澄んでて、星がこんなに近く感じるなんて、東京じゃ絶対なかった。
「拓也さん、星きれいですね」
「うん。ここは光害が少ないからな」
拓也さんが私の手を軽く引いて、立ち止まる。雪の積もった道の真ん中で、二人は夜空を見上げる。吐く息が白く混じって、星の光に溶けていく。
「里奈、東京の頃は、こんな夜空見たことなかった?」
「なかったです。終電で帰って、スマホ見て、寝て……星なんて、見上げる余裕もなかった」
私は小さく笑って、拓也さんの手を握り返す。
「今は、毎日こんなきれいな星が見られる。拓也さんと一緒に」
拓也さんが私の肩を抱き寄せて、耳元で囁く。
「俺も、里奈と一緒に見られてよかった」
声が少し低くて、温かくて、胸が熱くなる。手袋を外して、素手で繋ぐ。冷たい空気の中で、拓也さんの手の温もりが染みてくる。
「これからも、毎日一緒に星見よう」
「はい……ずっと」
オリオン座の下で、二人の足跡が並んで続く。雪の道は静かで、遠くでシャンシャンシャンと除雪車の鈴が響く。あの音は、もうサンタのトナカイじゃなくて、拓也さんが……誰かが村を守ってる音。
オリオン座の下で、雪の道を並んで歩きながら、拓也さんが突然立ち止まった。「里奈」低い声で呼ばれて、私は足を止める。繋がった手が、少し強く握られる。
夜空の星が、拓也さんの瞳に映ってキラキラしてる。息が白く混じって、冷たい空気に溶けていく。
「……どうしたんですか?」
拓也さんが私の顔をじっと見つめて、ゆっくり近づく。冷たい指先が私の頰に触れる。
「風邪、完全に治ったんだろ?」
「はい……もう熱もないです」
「じゃあ……いいよな」
拓也さんの声が、少し掠れてる。私はドキンって心臓が鳴って、目が泳ぐ。でも、逃げたくない。逃げたくないから、そっと目を閉じる。次の瞬間、拓也さんの唇が、私の唇に触れた。柔らかくて、冷たい雪の匂いがして、でもすぐに拓也さんの温もりが広がる。
手袋を外した手が、私の背中に回って、ぎゅっと抱き寄せられる。雪の道の真ん中で、二人の息が混じって、白く昇っていく。キスは優しくて、でも少し強く、胸が熱くなる。拓也さんの唇が離れると、額をくっつけて、息を合わせる。「……里奈」「拓也さん……」名前を呼び合って、また唇が重なる。
今度は少し深くて、雪の冷たさを忘れるくらい熱い。手が絡まって、背中を撫でられて、震えが止まらない。オリオン座が、二人を見下ろしてる。星の光が、雪の結晶に反射して、キラキラ舞う。東京のネオンじゃ、こんな瞬間はなかった。
星を見上げる余裕すらなかった。
拓也さんが唇を離して、私の耳元で囁く。
「好きだよ、里奈」
「……私も、好きです。拓也さん」
もう一度、軽くキスを落として、二人で笑い合う。雪の道に、足跡が2つ並んで、でも今はもっと近くて、寄り添ってる。家に着くまで、手を離さなかった。
家に着いてからも、唇の感触がまだ残ってる。玄関でコートを脱ぐ拓也さんの背中を見ながら、私はそっと自分の唇に指を当てる。冷たい雪の匂いと、拓也さんの温もりが混じった味。忘れられそうにない。
「お風呂、先に入っていいよ。俺、ストーブつけてくる」
拓也さんが振り返って笑う。いつもの優しい目。でも今日は、少し違う。頰が赤くて、照れくさそうで……それがまた愛おしい。
「お風呂、一緒に……入らない?」私が小さな声で言うと、拓也さんは一瞬固まって、
「……里奈」
って、掠れた声で私の名前を呼ぶ。そのまま、私の手を引いて脱衣所へ。服を脱がせ合う手が震えてるのは、私だけじゃない。湯船に浸かると、拓也さんが後ろから抱きしめてくる。背中に当たる胸の鼓動が、どくどくと伝わって、涙が出そうになる。
「風邪、ひいてたから……我慢してたけど……もう我慢できない」
耳元で囁かれて、首筋にキスを落とされる。熱いお湯の中で、体が溶けそう。
「拓也さん……私も、ずっと触れたかった」
素直に言ったら、拓也さんがぎゅっと強く抱きしめて、「好きだよ、里奈。全部、好き」って、何度も繰り返す。お風呂から上がって、こたつに入る。二人で毛布にくるまって、こたつ布団の下で指を絡め合う。
テレビの音は小さくして、ただお互いの息遣いだけが聞こえる。
「里奈、クリニックの仕事、続けたい?」
突然の質問に、私は少し考えて、頷く。
「うん。みんなが優しくて……ここが、私の居場所だって思えたから。でも、ネットセラピストの仕事も好き。東京の頃みたいに無理はしないけど、続けたい」
拓也さんが私の髪を撫でながら、
「俺も、里奈が笑ってるの見てるのが一番好きだ。だから、無理しない範囲で、好きなことやってくれ。俺が、ずっとそばにいるから」
その言葉に、胸が熱くなって、私は拓也さんの胸に顔を埋める。
「拓也さん……結婚、しよう?」
自分でもびっくりするくらい自然に出た言葉。拓也さんが息を飲む音が聞こえて、「……里奈」って、震える声。そのまま、私の顔を両手で包んで、じっと見つめてくる。
「俺の方から、ちゃんとプロポーズしたかったのに……先に言われちゃった」
苦笑いしながら、拓也さんが立ち上がる。部屋の引き出しから、小さな箱を取り出して、私の前に跪く。
「里奈。俺と、ずっと一緒にいてくれ。この雪の村で、星を見ながら、毎日を一緒に生きてくれ」
箱を開けると、シンプルなシルバーのリング。内側に、小さく「Orion」と刻まれてる。
「オリオン座の下で、初めてキスした夜を、ずっと忘れないように」
涙がぽろぽろこぼれて、「はい……ずっと、一緒にいます」って、指を差し出す。リングがはまると、ぴったり。まるで、最初からここにあったみたい。
その夜、また雪の道に出る。今度は、コートの下で手をしっかり繋いで。オリオン座が、いつもより近くて明るく輝いてる気がする。
「これからも、毎年この星を見よう。二人で」
拓也さんが私の肩を抱き寄せて、また唇を重ねる。今度は、深くて、ゆっくりで、永遠を約束するようなキス。雪が静かに降り始めて、二人の肩に積もる。でも、冷たくない。
胸の中が、熱くて、温かくて、満ち足りてるから。オリオン座の下で、私たちはこれからも、ずっと、星のように寄り添って生きていく。
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