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雫石しま
こたつでみかんを剥いていると、玄関先で「こんばんは!伊藤さん!」と低くて力強い声がした。慌ててみかんを口に頬張り、つっかけを履いて玄関の鍵を開ける。
そこには、頭に雪を被った、熊が立っていた。
正確には、夕暮れの、雪が青白く浮かぶ玄関先に、拓也さんと消防団員の羽織を着た若い男性が立っていた。
「伊藤さん、初めまして。青年団の北村です」
帽子の雪を軍手で払いながら、勢いよくお辞儀をする。
「北村さんとこの息子さんだよ、村の青年団の団長さんなんだ」
私はみかんを頰張ったまま、慌てて飲み込んで、声が詰まる。
「は、はじめまして……! 伊藤里奈です」
顔が熱くなって、雪の冷たさが逆に心地いい。拓也さんが隣でくすっと笑って、
「北村さんの息子、剛くんだ。今日は消防団の巡回で、里奈の家も雪の様子見に来てくれたんだ」
剛くんが軍手で雪を払いながら、にこっと笑う。背が高くて、肩幅広くて、熊みたいにどっしりしてるのに、笑顔は少年みたいに無邪気。
「伊藤さん、村に来られて初めての冬だって聞いて。雪かき大変だったでしょ? うちの父ちゃんが『あの娘は頑張り屋だから、放っておけない』って言ってて、青年団で回ってきました」
私は頰を赤くして、頭を下げる。
「ありがとうございます……! 朝の雪かきも、北村さんのおかげで助かりました」
剛くんが大きな手で頭を掻いて、照れくさそうに言う。
「いやいや、村の決まり事みたいなもんですよ。独り身の家はみんなで守るって」
拓也さんが私の肩に軽く手を置いて、
「里奈、風邪治ったばっかりだから、中で温まってる方がいいだろ。剛くん、ありがとうな。雪の様子は大丈夫だった?」
剛くんが胸を張って、
「はい! 伊藤さんの家の周りは、父ちゃんが朝にしっかり掻いてくれたんで、道は通れます。ただ、庭の井戸の蓋が雪で埋もれてるんで、後で一緒に確認しときましょうか?」
私は慌てて頷く。
「あ、はい! お願いします……貞子みたいで怖かったんですけど……」
剛くんが大笑いして、
「貞子は出てきませんよ! うちのじいちゃんが昔言ってたけど、この井戸は水が甘くて、縁起がいいんだそうです」
拓也さんが私の手を引いて、
「じゃあ、剛くん、ありがとう。里奈はまだ体調万全じゃないから、今日は俺が一緒に確認するよ」
剛くんが敬礼みたいに手を上げて、
「了解です! 伊藤さん、ゆっくり休んでくださいね。青年団のLINEグループに『里奈さん元気になった』って報告しときます!」
「ありがとうございます」
「あと、大晦日は村で鍋パーティーをするんで、よければ来てください」
「はい!ぜひ!」
剛くんが雪を踏んで去っていく後ろ姿を見送って、私は拓也さんの胸に寄りかかる。
「村の人たち、みんな優しい……」
拓也さんが私の頭を撫でて、
「里奈が優しいからだよ。みんな、里奈の笑顔が好きなんだ」
玄関を閉めて、こたつに戻る。みかんの皮が散らばったままのこたつに潜り込んで、拓也さんが隣に座る。
「剛くん、いい奴だろ。あいつ、消防団の団長やってるけど、子供たちに雪だるま作り教えてる姿とか、ほんとに熊みたいで可愛いんだ」
私は笑って、みかんを1つ剥いて拓也さんに差し出す。
「拓也さんも、熊みたいですよ。優しい熊」
拓也さんがみかんを受け取って、口に放り込んで、
「じゃあ、熊の看病続行だな。里奈、もっと温まるか?」
「えへへへ」
私は頷いて、拓也さんの胸に顔を埋める。雪の外で、シャンシャンシャンと除雪車の音が遠くに響く。青年団の剛くん、北村じいちゃん、北村おばちゃん、村のみんな……みんなが、私を温かく包んでくれる。雪の村で、優しい熊たちに囲まれて、みかんを食べながら幸せを噛みしめる――最高じゃん。
◇◇◇
クリニックからの帰り道、北村さん家の剛くんが、真っ白い雪に埋もれた田んぼで何かを作っている。雪に足を取られないように、長靴で雪を踏み締めながら畦道を進む。振り返れば、真っ直ぐの一本道……獣道みたいで笑ってしまう。
「北村さん!こんにちは!何してるんですか!」
遠くから声をかけると、熊の剛くんはやっぱり少年のような笑顔で両手を大きく振る。鼻先は冷えて真っ赤だ。剛くんの足元には、丸いものがゴロゴロと転がっている。彼が作った獣道を転ばないように歩く。そこにあったのは、大小の、雪だるまだった。
「伊藤さん! ちょうどよかった! 見て見て、これ全部今日作ったんだよ!」
剛くんが雪まみれの軍手を叩いて、誇らしげに胸を張る。田んぼの真ん中に、小さな雪だるまから大きな雪だるままで、10個以上並んでる。一番大きいのは剛くんくらいの高さで、枝でできた腕に赤いマフラーを巻いて、目玉は石ころ、鼻はニンジンじゃなくて、村の誰かが落とした赤い手袋の指先みたい。
「子供たちに雪遊び教えてたら、みんなで作ろうってなって……でも、子供たちはもう家に帰っちゃったから、俺が残り全部作っちゃった!」
剛くんが照れくさそうに頭を掻く。熊みたいな体格なのに、雪だるまの横に立つと、なんだか無邪気な子供みたい。 私は雪だるまの列を見ながら、胸がじんわり温かくなる。
「すごい……みんな可愛いですね。私も、作ってみたくなっちゃいました」
剛くんが目を輝かせて、
「じゃあ、一緒に作りましょうよ! 伊藤さん、雪だるま得意?」
「えっと……東京じゃ雪積もらなかったから、子供の頃以来かも」
「大丈夫、大丈夫! 俺がコツ教えますよ!」
剛くんが雪を掻き集めて、丸い玉を作り始める。私は長靴で雪を踏み固めて、剛くんの隣で真似する。雪は湿ってて、手に冷たいけど、握りやすい。
「こうやって、底を平らにしないと倒れちゃうんですよ。ほら、こう!」
剛くんが大きな手で雪を押さえて、形を整える。私は小さめの雪玉を転がして、胴体に載せる。少し傾いてるけど、剛くんが「かわいいじゃん!」って笑ってくれる。
「伊藤さん、目玉はこれどうです? 石ころより、村の誰かの忘れ物使ってみましょう!」
剛くんがポケットから小さな黒いボタンを出して、雪だるまの顔に付ける。
「これ、昨日消防団の訓練で落としたやつですけど……いいですよね?」
私は笑って頷く。
「いいですよ! ちょっとおしゃれな雪だるまになりましたね」
雪だるまが完成して、二人で並んで眺める。夢中になりすぎて、額に汗、息が上がっている。けれど、田んぼに雪だるまの家族ができたみたいで、なんだか心が軽い。剛くんが息を白く吐いて、少年のように笑う。
「これ、村の祭りの日に、胴体に穴を開けて、蝋燭を灯すんです」
「わぁ!素敵!雪だるまのイルミネーションですね!じゃあ、もっと作りましょうか?」
私はガッツポーズで、鼻息を荒くした。すると、剛ちゃんは照れくさそうに、雪の玉を作りながら、呟いた。
「伊藤さん、村に来てくれてよかったです。みんな、伊藤さんがいるだけで明るくなったって言ってますよ」
私は頰を赤くして、雪だるまの頭を軽く撫でる。
「私の方こそ……みんなに助けられてばっかりで、でも、毎日が楽しいんです」
遠くからシャンシャンシャンと除雪車の音が聞こえてくる。拓也さんが帰ってくる音だ。剛くんが手を振って、
「じゃあ、俺はこれで失礼します! 伊藤さん、また雪遊びしましょうね!」
剛くんが獣道を戻っていく。私は雪だるまの横に立って、夕暮れの空を見上げる。オリオン座はまだ出てないけど、雪の反射で空が淡く光ってる。 拓也さんが除雪車から降りてきて、私の隣に立つ。
「剛くんと雪だるま作ってたんだな。かわいいのできたじゃん」
私は拓也さんの手を握って、
「剛くんが教えてくれたんです。村の人たち、みんな優しくて……」
拓也さんが私の肩を抱き寄せて、
「里奈が優しいからだよ。みんな、里奈ちゃんの笑顔に癒されてる」
雪だるまの家族が、夕陽に赤く染まって、私たちを見守ってるみたい。伊藤里奈は、もう社畜じゃない。雪の田んぼで、青年団の熊くんと雪だるまを作って、恋人と手を繋いで帰れる里奈ちゃん。最高じゃん。