朱の光と蒼の静寂が、神域の空に交錯していた。
朱雀の挑発的な笑みを前に、青龍は静かに立ち上がる。
言葉こそ交わさないが、その場の空気は刃のように張り詰めていた。
「おいおい、そんな怖い顔をするなよ。」
朱雀はわざと肩をすくめ、炎の羽を広げる。
「俺はただ、この娘に興味があるだけさ。」
「……遊びで関わるな。これは“天の理”に触れることだ。」
「理? そんなもの、退屈の代名詞だろう?」
朱雀の笑みに、レイは戸惑いを隠せなかった。
その赤い瞳は、まるで心の奥まで見透かすようで――
けれど、どこか切なげな光も宿している。
その時、空気が変わった。
静かに、しかし圧倒的な気配が神域を満たしていく。
地を踏みしめる音が一つ。
現れたのは、白銀の髪に金の瞳を持つ男――白虎。
「……人の女を匿うとは、青龍。らしくないな。」
低く響く声に、青龍がわずかに眉を動かす。
白虎はまっすぐレイを見た。
その視線は鋭く、まるで敵を見定めるようだった。
「名を聞こう。」
「……レイ。」
「ふん。小さき者の名だ。」
一歩、白虎が近づく。
圧倒的な威圧感に、レイは息を詰める。
戦場に立つ者としての本能が、目の前の男を“危険”と告げていた。
「魔の気を纏いながらも、まだ生きている。なぜだ。」
「……死ぬのが怖くなった。それだけ。」
その答えに、白虎の瞳がかすかに揺れた。
次の瞬間、彼は口元に笑みを浮かべる。
「気に入った。」
「は?」
「弱い癖に、芯がある。……悪くない。」
レイが何かを返そうとしたその時、低い声がもう一つ響いた。
「白虎。お前の“気に入った”発言は、いつも騒動を呼ぶ。」
扉の奥から現れたのは、黒髪を結い上げた長身の青年――玄武。
静かな瞳に、深い湖のような冷ややかさが宿っている。
「玄武……お前も来たか。」
「神域が騒がしい。原因を確かめねばな。」
彼の目がレイをとらえる。
その視線は他の三神と違い、どこか穏やかで、少し哀しみを帯びていた。
「……人が、ここに?」
「青龍が拾った。」と朱雀が口を挟む。
玄武は一度、レイに歩み寄り、膝をついて目線を合わせた。
「恐れることはない。俺たちはお前を害さぬ。」
「……ありがとう。」
その優しい声に、レイは少しだけ安堵する。
けれど次の瞬間、白虎の声がその静けさを破った。
「だが、放っておくこともできん。この女の中には“穢れ”がある。」
「穢れ……?」
青龍が黙している間に、朱雀が笑みを深める。
「そうさ。人でも神でもない、どちらの力にも属さぬ闇――それが彼女の中で生きてる。」
「ならば尚更、監視が必要だな。」白虎が言う。
「監視など不要だ。」と青龍が低く返す。
「俺が保護する。」
その一言で、空気が再び張り詰めた。
朱雀は口元を歪め、白虎は挑むように笑い、玄武はただ静かに目を閉じた。
> ――その夜、神々の間で“人の女を巡る争い”が生まれたことを、
まだレイは知らなかった。
青龍は静かにレイの寝床を見つめる。
その横顔には、神には似つかわしくないほどの痛みが宿っていた。
「お前は、俺たちを揺るがす存在になるのかもしれんな……レイ。」
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