9月のスタートを告げるチャイムが鳴り響く。
誰もいない廊下。
誰もいない教室。
俺は彼の席に花瓶を置いた。
花瓶にそっと赤いアネモネをさす。
あの夏の終わり頃から、
俺の本性は狂い始めた。
赤いアネモネ『キミを愛す』
◇
Relu side -
「ゆうくんっ!!」
保健室の扉を開ける。
勢いがよすぎたのか、扉が壁と思いっきりぶつかったが、
幸い、保健室の先生は今は留守のようだった。
「れるち」
大きい音にびっくりしたゆうくんが
椅子から立ち上がってこちらを見た。
制服はジャージに着替えられており、
髪は少々濡れている。
「もうれるち、扉は優しく閉めないと。
また先生に怒られちゃうよ」
「そうやったわ、ごめんごめん。
…ンじゃなくて!! 」
そう叫んで、ゆうくんの両肩をガッと掴む。
「またバケツの水ひっくり返されたん!?
ほんとごめん、 間に合わへんくて!
というか殴り返せばよかったのに!」
やや発狂気味な俺に対して、
ゆうくんは、どうどう、と言った感じだ。
「れるちが謝んないでよ。
それに殴り返すなんて、ゆうさんには…」
あはは、と苦笑いするゆうくんの頬には
白い正方形の絆創膏が貼られていた。
その傷にまた胸が痛む。
ゆうくんは、“如月ゆう”という名前で、
俺のクラスメイトであり、 俺の大切な親友。
そんな彼はいつの日からか、クラスメイト全員に
いじめられるようになってしまった。
理由は明確で、彼の席に誰かしらが
花瓶を置いたから、それだけだ。
なぜ、席に花瓶を置かれた生徒が
いじめられるのか、それは知ったこっちゃない。
ていうか、ぶっちゃけ俺には関係ない。
ずっとそう思っていた。
でも、
「そういえば、上履き隠されちゃったんだよね。
探さなきゃ」
今、目の前の大好きな彼は、そのせいでいじめられてる。
机の上に花瓶が乗っていたあの日だって、
彼は逃げずに苦笑だけをして全てを受け入れた。
…なんで、頼んないの。
「あー、それやったらほら、見つけといたで。
あと、ゆうくんの鞄も持ってきたから、一緒に帰ろ」
「わあっ、ありがとうれるち!
うんっ、一緒に…あ、でも…」
ゆうくんが突如、顔を曇らせた。
かと思えば、
「ゆうさんと一緒にいたら、れるちもいじめられちゃうよ」
そんなことを言い出すから驚いた。
「うん、そらそうやろな 」
「えっ、なんでそんな当たり前みたいな…」
え、いや、それ君が言う?
いじめられるのが当たり前みたいな顔してる君が?
「…れるはゆうくんと一緒やったら、そんなの構わへんよ」
そうだよ、俺はゆうくんとだったら何だって構わない。
だから…
お願いだから、俺の手を掴めよ。
友達だろ、俺ら。
君は今、ひとりなんだよ。
平気そうな顔して、本当は、居場所がほしいんだろ。
手さえ取ってくれれば、
ふたりきりこのまま、愛し合えるのに。
もうわかっただろ。
そいつらは友達なんかじゃない。
君が悪かったんだよ。
俺だけを見ていればよかったのに。
君に花瓶が置かれたあの日から、 あいつらは、
自分の心を晴らす獣に成り代わったんだよ。
俺にはわかるよ、その苦しみ。
誰も味方がいない。
どこに行っても痛みが消えない。
助けがほしいだろ。
救いがほしいだろ。
「ねぇゆうくん、手ぇ貸してや」
「え?う、うん、いいけど…」
君は今、海の底にいるんだよ。
既にもう、溺れてんだよ。
差し出されたその白い手に、
そっとキスをした。
「へっ!?な、なに、して…?」
「んー、おまじない?
ゆうくんのいじめがなくなるように!」
そう無邪気に笑うと、
ゆうくんも何それ、と笑い返してくれた。
◇
…次の日、ゆうくんは学校に姿を見せなかった。
ゆうくんのいない教室の窓には青空が広がっていた。
コメント
2件
やっばいっ!!好きすぎますっ! 天才ですか!?!?