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協力するとは言ったものの、不在城から逃れるのは一筋縄ではいかない。
フェーデの部屋の外には使用人が待機しているだろうし。ここは上階だ、窓から飛び降りればガヌロンもフェーデも落下死してしまうだろう。
フェーデとしてはガヌロンが失敗したところで困らない。
アンナが不在城に残され、ガヌロンがヴィドール領に戻るならそれが一番いいのだ。
ガヌロンは几帳面に椅子を降ろすと、胸元から手紙を取り出し。机の上に置く。
そこには、フェーデが文字を書けない為ガヌロンが代筆したという体で別れの言葉が書かれていた。
アベルを傷つける為に勝手に罪を捏造して糾弾しているのだが、捏造が酷すぎて嘘がバレバレだ。アベルがフェーデを叩いたことなど一度もなかった。
「お父さん。わたし字が書けるようになっているので、代筆扱いだと嘘がばれます」
「何!? お前、いつの間に」
驚くガヌロンをよそにフェーデは紙を一枚用意し、さらさらと別れの手紙を書いた。
「これでいいでしょう」
それも、随分達筆になっている。
暗号が仕込まれていないか読み返してみたが、それらしいものは見当たらない。
手紙としてもかなり短いので、嘘を混ぜる余地もないだろう。
ガヌロンは代筆した手紙を懐に戻す。
フェーデは本当に協力する気があるようだった。
「ただ、わたしでもここから出ることはできません。どうやって出るつもりだったんですか?」
「ん? そんなことか、なにそう難しいことではない」
ガヌロンはそう言って、カーテンを外すとベルトの内側に隠していた小さなナイフで裁断し、紐を作っていく。音もなく触れたところが綺麗に切断される様をみる限り、何らかの魔法がかけられた道具なのだろう。
次は紐同士を結び合わせ、ロープのように長くした。先端は輪になっている。
これを窓の近くまで引いたベッドの足にくくりつけ窓から垂らし、ポケットの中に入れていた小瓶の中身を零す。
繊維質の強度を一時的に高める魔法薬らしい。
かなりの重量のベッドを軽々と移動した膂力といい、このガヌロンという男のことをまだ何も知らない。
「え、何? ちょ、わっ」
慌てるフェーデをガヌロンが抱きかかえ、そのまま窓から飛び降りる。
叫びそうになったフェーデを胸で押さえ込み。カーテンでつくったロープで減速しながら、あれよあれよといううちに着地してしまった。
茫然とするフェーデをよそに、ガヌロンは腰元のナイフを放り投げ、窓にかかるカーテンを切断する。あまりにも切れ味がいいので触れただけで切れるのだ。ここまでくると切れるというより、分解というべきかもしれない。
放られたナイフが落下する。
あんなものが当たったら大事だ。最悪死んでしまうかもしれない。
しかし、ガヌロンは動揺しなかった。まるで朝食のパンを掴むような自然さで落下するナイフの柄をとり、腰元に戻すとチンッと小気味のよい音がした。
「行くぞ、時間との勝負だ」
再びガヌロンに抱えられる。
フェーデはこの時点でガヌロンの評価を一変させていた。
この男が何もできないだなんてとんでもない。
ガヌロンの機転と行動力はむしろ英雄的だった。
伊達に戦場に生きてはいないのだろう。
治世においてこの能力がまるで意味をなさなかったことを考えると、少し気の毒になる。
不在城の第一城壁が近づいてきた。
ガヌロンがカーテンを放ると城壁の端、少しくぼんだ所に先端の輪が引っかかる。
ぐいと引いて強度を確かめると、ガヌロンはそのまま壁を登りだした。
左腕でフェーデを抱えたままである。
「え、これ。どうやってるの?」
片腕ではカーテンを手繰れないはずだ。でも、ぐいぐいと勢いよくガヌロンは壁を登っていく。どうにか顔を向けて見ると、ガヌロンは片腕の力だけでカーテンを勢いよく引き、上昇していた。そうして少し高い地点のカーテンを掴む、これを繰り返しているのだ。
「動くな、首を痛める」
怪我を案じられた?
あの父が?
父の腕に抱かれながら、フェーデは自分がガヌロンのほんの一側面しか見ていなかったのだということを思い知った。
それはここでフェーデに死なれるとガヌロンが困るからだったのかもしれないが、それでも動揺した。
フェーデは無言で父の脇腹をつねる。
なぜそんなことをしたのかは自分でもわからない。
これまでやられたことの仕返しのつもりか、この父を試しているのか、自分でもよくわからない複雑な感情が入り交じっていた。
「おい、何をしている。やめなさい、落ちたら死ぬ」
「やめろ、こら。やめろ。やめないか」
逃亡中の父は大きな声を出すことができない。
それでもフェーデを抱きしめたまま壁を登る。
なんだ、このやりとりは。
おかしい。こんな、こんなことになるなんて思ってもいなかった。
抗議する父の腕の中でフェーデはつねるのをやめなかった。