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第237話 門の前
【現実世界・帰還した学園/仮設通信室・昼】
待機の時間は、長く感じた。
実際には、数分しか経っていない。
けれど、仮設通信室にいる全員にとって、その数分は一時間にも思えた。
机の上には、三つのスマホがある。
ハレルのスマホ。
リオのスマホ。
サキのスマホ。
ただし、クロスワールドゲートの画面は見ない。
リオのスマホは伏せられたままだ。
時々、机の上で小さく震える。
黒い光が、端からにじむ。
まるで、こちらを呼んでいるように。
だが、リオは見なかった。
サキも見ない。
ハレルも見ない。
見るべきものは、黒い門ではない。
サキのスマホの中にいる、reの白い光だった。
別端末では、城ヶ峰からの報告が続いている。
『消失者、確認済み二十一名』
『未確認通報、四十件超』
『クロスワールドゲートの起動端末は、現在も市内各所で発見されている』
ハレルは拳を握った。
数字が増えている。
一人ひとりに名前がある。
家族がいる。
戻りたい場所がある。
Cは、それを入口にしている。
日下部の声が、静かに入った。
『隔離端末、最終確認完了』
『クロスワールドゲート履歴なし』
『外部ネットワーク接続なし』
『匠さんの手順だけを保持しています』
ノノも続ける。
『異世界側、結界部準備完了』
『医療棟外縁、受け取り結界維持』
『オルタ・スパイア、記憶固定継続』
『石造建物、予備拒否点として待機』
城ヶ峰が言う。
『作戦目的を再確認する』
『一ノ瀬ユナを救出する』
『同時に、Cの門に人を奪わせないための安全線を確認する』
『これは突入ではない。救出だ』
リオは、短く答えた。
「分かっています」
その声は落ち着いていた。
だが、震えていないわけではない。
姉を助けに行く。
その事実だけで、胸の奥は今にも破裂しそうだった。
けれど、リオはもう黒い画面を見ていない。
後悔で飛び込むのではない。
選んで進む。
それが、匠の手順に必要なものだった。
◆ ◆ ◆
【異世界・王都イルダ/医療棟・昼】
ユナは眠っていた。
医療棟の治癒光が、彼女の周囲を柔らかく包んでいる。
イデールは寝台の横に立ち、何度も同じ言葉を繰り返していた。
「ここはイルダ医療棟」
「あなたは治療中」
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こはる
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#探偵
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上野文
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「今はまだ移動しない」
「戻る時は、自分で選ぶ」
ユナの指先が、小さく動く。
寝台の下には、薄い黒い影がまだ残っている。
針ではない。
門でもない。
だが、選択の近くに沈んでいる影。
イデールは、その影を見ないようにした。
見すぎれば、それも入口になる。
「偽物の声にはついて行かない」
「画面の中の名前にはついて行かない」
「戻る時は、あなたが選ぶ」
ユナの唇が、ほんの少しだけ動いた。
声にはならない。
けれど、イデールには分かった。
ユナは、まだこちら側にいる。
Cの黒い影に飲まれてはいない。
通信越しに、ノノの声がした。
『医療棟、状態は?』
「安定している」
「黒い影はあるけど、治癒結界の外で止まっている」
「ユナは……戻る方向へ反応してる」
『分かった』
『本番で、影が選択に混ざる可能性がある』
『イデールは、ユナさんの状態を固定して』
「分かった」
イデールは、ユナのそばに立ち続けた。
ここは門ではない。
ここは治療の場所。
その確認を、何度でも重ねるために。
◆ ◆ ◆
【異世界・オルタ・スパイア入口前・昼】
アデルは、扉の前で静かに立っていた。
左手首の副鍵は、冷たい。
だが、沈黙していない。
扉の表面には、古い入口の記憶。
その上に、ヴァルドの消失線。
さらにその上をなぞるCの針。
それらは、もう見慣れてしまった。
見慣れたからこそ、危険だった。
ヴェルニは少し離れた場所で、塔の外周を見張っている。
「なあ、アデル」
「何だ」
「本番で、ここが勝手に開いたらどうする」
「閉じる」
「簡単に言うな」
「簡単ではない」
アデルは言った。
「だから、今ここにいる」
ヴェルニは肩を回した。
「なるほどな」
ノノの声が通信に入る。
『アデル、そっちは本番中、通路にしないで』
『そこは記憶固定の支点』
『もしCが中枢の記憶を開こうとしたら、押さえて』
アデルは短く答えた。
「了解した」
そして、扉へ向かって静かに言う。
「ここは、過去の中枢」
「今は、通る門ではない」
「記憶は残す」
「だが、戻る場所にはしない」
ヴェルニも続ける。
「ここは終わった戦いの場所だ」
「今の道じゃねえ」
「勝手に開くな」
扉の黒い針が震えた。
だが、開かない。
アデルは左手首の副鍵に力を込める。
「本番まで持たせる」
◆ ◆ ◆
【異世界・旧石造建物跡/地上部・昼】
石造建物の壁の前では、ダミエが立っていた。
地下階段だった記憶は、白い輪郭として残っている。
ミレイは水晶板を持ち、その輪郭の揺れを見ていた。
「C反応、低いですが残っています」
王都軍の隊長が兵士たちへ告げる。
「壁を見るな」
「名前を呼ばれても返事をするな」
「足音が聞こえても近づくな」
兵士たちは固い表情で頷く。
ダミエは、白い階段の輪郭へ向かって言った。
「ここは、地下階段だった場所」
「今は開かない場所」
「記録は残す」
「入口にはしない」
白い輪郭が、わずかに落ち着く。
ミレイが息を吐いた。
「予備拒否点、安定」
ダミエは短く言う。
「本番、来る」
その声に、ミレイは水晶板を握り直した。
◆ ◆ ◆
【現実世界・帰還した学園/仮設通信室・昼】
その時だった。
サキのスマホの中で、reが強く光った。
白い点が、画面の中央からゆっくり動く。
前と同じではない。
オルタリンクタワーの点を避ける角度が変わっている。
オルタ・スパイアのそばを通る位置も違う。
石造建物には、前より少し近づいてから離れている。
毎回、違う線。
Cに読ませないための線。
ノノが声を上げる。
『re補助線、再表示!』
『前回と違う経路!』
『黒い点を避けてる!』
日下部も続ける。
『隔離端末、同期可能』
『ただし、安定時間は短いです』
『おそらく、十数秒』
城ヶ峰が即座に言った。
『作戦開始準備』
『全員、確認』
ハレルは主鍵のネックレスに触れた。
「雲賀ハレル」
「主鍵を持つ」
「現実世界の学園から、イルダ医療棟へ向かう」
「目的は、一ノ瀬ユナの救出」
リオも続けた。
「一ノ瀬涼」
「一ノ瀬ユナの弟」
「姉さんの名前に反応する」
「でも、名前だけでは進まない」
「ユナがいるのは、イルダ医療棟」
「画面の中じゃない」
サキはスマホを両手で持つ。
「雲賀サキ」
「reを持ってる」
「reは道じゃない」
「でも、危ないところを避ける印になる」
reが、サキのスマホで強く光った。
ノノの声が震える。
『三名確認』
『主鍵、名前反応、案内補助』
『匠手順、同期開始』
日下部が隔離端末に手を置く。
『現実側、接続拒否線を展開』
『Cの門を拒否』
『白峰の門を使用しない』
ノノが水晶板に手を置いた。
『異世界側、結界部展開』
『医療棟外縁へ受け取り線』
『人員通過を一時許可』
『ただし、記憶入口は閉鎖』
セラが静かに言う。
「案内人は、道を決めない」
「進む者が選ぶ」
ハレルは頷いた。
「俺たちが選ぶ」
◆ ◆ ◆
机の上で、伏せられていたリオのスマホが激しく震えた。
黒い光が強く漏れる。
クロスワールドゲートが、勝手に開こうとしている。
画面は見えない。
だが、声だけが聞こえた。
『一ノ瀬ユナが待っています』
リオの体が強張る。
ハレルがすぐに言う。
「見るな」
リオは目を閉じた。
声は続く。
『今なら接続できます』
『あなたが遅れた分を、取り戻せます』
『一ノ瀬ユナは、あなたを待っています』
リオの拳が震える。
後悔。
それが、胸の奥から伸びてくる。
助けられなかった。
置いてきた。
自分だけ戻った。
その全部が、黒い声に形を与えようとしている。
だが、リオは言った。
「違う」
声が止まる。
リオは、ゆっくり目を開けた。
スマホは見ない。
サキの画面のreを見る。
「姉さんは、俺を責めるために待ってるんじゃない」
「俺が後悔で飛び込むのを待ってるんじゃない」
「姉さんは、戻るって選ぶために、医療棟で頑張ってる」
黒い光が揺れた。
リオは続けた。
「俺は、遅れた分を取り戻すために行くんじゃない」
「姉さんを、本当に戻すために行く」
reの補助線が強くなった。
ノノが叫ぶ。
『今!』
『補助線、安定!』
日下部が端末を操作する。
『白峰の門、拒否』
『Cの接続、遮断』
『匠手順、起動』
黒いスマホの光が、一瞬だけ跳ね上がった。
だが、その光は白い補助線に届かない。
机の上に、黒い門とは別の光が立ち上がった。
白でも青でもない。
透明に近い、細い輪。
それは、門というより、空気に入った切れ目だった。
ノノの声が響く。
『仮設門、開きます!』
『接続先、イルダ医療棟外縁!』
『人員通過、短時間だけ可能!』
城ヶ峰が言う。
『行け』
『ただし、救出が目的だ』
『戦闘を始めるな』
ハレルは頷いた。
「行くぞ」
サキがスマホを握る。
「うん」
リオは、最後に伏せたスマホを見た。
いや、見たのではない。
伏せられたままの黒い光へ、言った。
「お前の門は使わない」
黒い光が、ぎしりと歪んだ。
三人は、透明な輪の前に立つ。
◆ ◆ ◆
【異世界・王都イルダ/医療棟外縁・同時刻】
医療棟の外側に、細い光の輪が現れた。
イデールが息を呑む。
「来る……!」
ノノの声が通信で響く。
『医療棟、受け取り準備!』
『ユナさん本人には直接繋がない!』
『外縁で受ける!』
イデールは治癒結界を広げた。
「ここはイルダ医療棟」
「治療中の者を守る場所」
「受け入れるのは救出者」
「通すのは、正しい線だけ」
ユナの指先が動く。
寝台の下の黒い影が、濃くなった。
だが、まだ触れていない。
青い治癒光と黒い影の間に、細い白い補助線が入り込む。
まるで、踏み込む場所を教えるように。
◆ ◆ ◆
【どこでもない層/深層】
Cは、透明な輪を見ていた。
白峰の門ではない。
クロスワールドゲートでもない。
匠の手順。
日下部の隔離処理。
ノノの結界部。
セラの案内人の考え。
アデルとダミエが固定した記憶。
reの補助線。
主鍵と名前反応。
それらが重なって、細い門になっている。
Cは静かに言った。
「正しい門です」
ジャバが笑う。
「壊すか?」
Cは答えない。
奥で、カシウスが言った。
「まだだ」
その声は低く、はっきりしていた。
「開かせろ」
「中へ入った瞬間、ユナの選択に触れる」
Cの黒い線が、医療棟の青い点へ伸びる。
「では」
Cは、透明な輪を観測する。
「正しい門を、観測しましょう」
◆ ◆ ◆
【現実世界・帰還した学園/仮設通信室・昼】
透明な輪の向こうに、淡い青の光が見えた。
薬草の匂い。
医療棟の空気。
遠くで鳴る治癒具の音。
本当に繋がっている。
サキはreの映るスマホを胸に抱いた。
ハレルは、自分のスマホを机の上に置いた。
匠からの手順が届いた端末ではある。
だが、クロスワールドゲートの残骸が完全に消えたわけではない。
「これは持っていかない」
日下部がすぐに頷いた。
『こちらで隔離します』
『必要な通信は、仮設門側の回線で繋ぎます』
リオも、伏せたままのスマホを見下ろした。
黒い光は、まだ端からにじんでいる。
「俺も置いていく」
そう言って、リオはスマホから手を離した。
「姉さんのところへ行くのに、あの画面はいらない」
城ヶ峰が指示を出す。
『二台を隔離ケースへ』
『作戦中、誰も画面を見るな』
『サキの端末のみ同行。reの補助線を維持する』
サキはスマホを抱きしめる手に力を込めた。
「re、一緒に行こう」
reは、画面の中で小さく光った。
ハレルは一歩踏み出した。
主鍵が、胸元で熱を持つ。
リオは、息を吸った。
「姉さん」
今度は、名前だけを呼ばない。
「イルダ医療棟にいる姉さん」
「迎えに行く」
三人は、透明な輪へ向かって進んだ。
黒い門ではない。
白峰の門でもない。
匠の手順と、仲間たちの確認で開いた、細い救出の門。
その向こうで、ユナの選択が待っている。
そして、Cの影もまた、同じ瞬間を待っていた。
三人の足が、光の境目を越える。
第十六章 再起動する門編ーーー了
コメント
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うわっ……第237話、ついに動き出したな……! リオが「お前の門は使わない」って伏せたスマホに言い放ったシーン、めちゃくちゃ痺れた。後悔で飛び込むんじゃなくて、ちゃんと選んで進むんだって決めたんだなって伝わってきた。匠の手順と仲間たちの結界線とreの補助線、全部重なって細い救出の門が開いた瞬間は鳥肌立ったわ。 イデールがユナのそばで「戻る時は自分で選ぶ」って繰り返してるのも、優しくて泣ける。Cが観測してるってラストも、次どうなるか気になって仕方ない……! 橘さん、この最終盤の重厚な展開、めっちゃ刺さってる🔥